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【花宴】の巻 (2)
と、「いと若うをかしげなる声の」「朧月夜に似るものぞなき」とうち誦して女が来ます。
――若く朗々とした声で――朧月夜の…と口ずさみながら女が来ます。
源氏は袖を捕らえ、わななく女に
「まろは、皆人にゆるされたれば、召し寄せたりとも、なでふことかあらむ。ただ忍びてこそ」
――私はだれにでも大目に見られているから、いくら人を呼んだとて、びくともしない
、ただじっといる方がね――
女は、この声に源氏の君だと知ります。
源氏の方は、誰とも分からないながら、弘徴殿辺りにいた女なので、右大臣の姫君で、弘徴殿女御の御妹ではあるだろうと察します。夜も明け初めたのであわただしく扇を取り交わし別れます。
桐壺では、(亡き母の更衣の部屋をそのまま源氏が内裏で使っている部屋)目を覚ましていた女房たちが、こうした源氏の様子をみて
「さもたゆみなき御忍びありきかな」
――さてさてご熱心なお出歩きですこと――
と互いに肘を突きあいながら寝たふりをしています。
源氏は寝入られず、こんなことを思っています。
「綺麗な女のようだったな。弘徴殿女御の妹だろう。まだ世慣れていない様子では、5番目か6番目か。四の君は頭の中将の北の方で、美貌だと聞いていたが、それだったらかえって面白かったろうに。六の君は近々東宮に差し上げられる方とか。ああ、詮索するのも煩わしい。しかし、文を交す方法も教えずに別れてきて残念……それにしても藤壺の辺りは近づきにくい重々しさがあったなあ」
藤壺も気になり、昨夜の有明の君(朧月夜)には、まして気になるものの、一方では左大臣宅の葵の上へも久しく尋ねていない。それよりも紫の上が可愛そうなので、二条院へお帰りになります。
「見るままに、いとうつくしげに生ひなりて、愛敬づき、らうらうしき心ばへいと殊なり」――見る度毎に大層愛らしげに成長して、利発な気立てが格別である――
源氏のこころ
「飽かぬ所なう、わが御心のままに教へなさむ、と思すにかなひぬべし……」
――不足なく、私の心に叶うようにお教えしようと思ってきたが、なるほどそのようになってきている。男の仕込みゆえ、多少は人ずれした点もあるが、日頃の物語、琴など教え暮らして、私の夜の外出ということになると、口惜しそうではあるものの、女は素直で我慢するようにと慣らしてきたので、私を無理に止めようとはしない――
ではまた。
【花宴】の巻 (2)
と、「いと若うをかしげなる声の」「朧月夜に似るものぞなき」とうち誦して女が来ます。
――若く朗々とした声で――朧月夜の…と口ずさみながら女が来ます。
源氏は袖を捕らえ、わななく女に
「まろは、皆人にゆるされたれば、召し寄せたりとも、なでふことかあらむ。ただ忍びてこそ」
――私はだれにでも大目に見られているから、いくら人を呼んだとて、びくともしない
、ただじっといる方がね――
女は、この声に源氏の君だと知ります。
源氏の方は、誰とも分からないながら、弘徴殿辺りにいた女なので、右大臣の姫君で、弘徴殿女御の御妹ではあるだろうと察します。夜も明け初めたのであわただしく扇を取り交わし別れます。
桐壺では、(亡き母の更衣の部屋をそのまま源氏が内裏で使っている部屋)目を覚ましていた女房たちが、こうした源氏の様子をみて
「さもたゆみなき御忍びありきかな」
――さてさてご熱心なお出歩きですこと――
と互いに肘を突きあいながら寝たふりをしています。
源氏は寝入られず、こんなことを思っています。
「綺麗な女のようだったな。弘徴殿女御の妹だろう。まだ世慣れていない様子では、5番目か6番目か。四の君は頭の中将の北の方で、美貌だと聞いていたが、それだったらかえって面白かったろうに。六の君は近々東宮に差し上げられる方とか。ああ、詮索するのも煩わしい。しかし、文を交す方法も教えずに別れてきて残念……それにしても藤壺の辺りは近づきにくい重々しさがあったなあ」
藤壺も気になり、昨夜の有明の君(朧月夜)には、まして気になるものの、一方では左大臣宅の葵の上へも久しく尋ねていない。それよりも紫の上が可愛そうなので、二条院へお帰りになります。
「見るままに、いとうつくしげに生ひなりて、愛敬づき、らうらうしき心ばへいと殊なり」――見る度毎に大層愛らしげに成長して、利発な気立てが格別である――
源氏のこころ
「飽かぬ所なう、わが御心のままに教へなさむ、と思すにかなひぬべし……」
――不足なく、私の心に叶うようにお教えしようと思ってきたが、なるほどそのようになってきている。男の仕込みゆえ、多少は人ずれした点もあるが、日頃の物語、琴など教え暮らして、私の夜の外出ということになると、口惜しそうではあるものの、女は素直で我慢するようにと慣らしてきたので、私を無理に止めようとはしない――
ではまた。