永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(61)

2008年05月29日 | Weblog
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【賢木】の巻 (9)

しかし、故桐壺院の東宮への並々ならぬご遺言を思い出されるにつけても、東宮にお会いにならぬうちに、形を変えることが寂びしまれますので、目立たぬように参内されます。
(実の御子でも、東宮という立場の養育は内裏でなされます)

 東宮(6歳)は、大層可愛らしくご立派になられ、藤壺はご自分の出家は難しいとも思われますが、内裏もかつてと違って居心地が悪いのもお辛いようです。

 母藤壺が「御覧ぜで久しからむ程に、容貌の異ざまにてうたてげに変わりて侍らば、いかが思さるべき」と申し上げますと、
――しばらくお会いしないうちに、私の姿が嫌な風に変わりましたら、どうお思いになるでしょう、と、申し上げますと――

東宮は「式部がやうにや。いかでか然(さ)はなり給はむ」と笑みて宣ふ。
――この式部のように醜くくか?(東宮に奉仕する老女房か?)、どうしてそうなりましょう、と、ほほえみながらおっしゃいます――

藤壺「それは、老いて侍れば醜きぞ。然はあらで、髪はそれよりも短くて、黒き衣などを着て、夜居の僧のやうになり侍らむとすれば、見奉らむ事もいとど久かるべきぞ」とて、泣き給へば……
――それは、老いれば醜くなりますよ。そうではなくて、髪を短くして、黒い衣を着て、僧のようになりましたら、お逢いすることもまれになるということですよ、と、お泣きになりましたので…――

 東宮は、急に真面目になられて、久しくお会いできないのは悲しい、と涙をこぼされます。その横顔が源氏のお顔とそっくりで、女にしてお見上げしたいほど清らかでお綺麗です。源氏に似ておられるのが、この場合は玉に疵と、世間のうるささが空恐ろしく思われます。

 さて、源氏はと申しますと、もちろんのこと東宮を大切にお思いではありますが、
「あさましき御心の程を、時々は思ひ知るさまにも見せ奉らむと念じつつ過ぐし給ふに……」
――あきれるほどの藤壺の無情さを、時には反省なさるような目にお合わせしようと、東宮に参るのを我慢しておいでですが、(どうも人聞き悪く、わびしいので、秋の野を見がてら雨林院に詣でられます。故母の御兄の律師が籠もっておられる坊で、教典を読み、行いをするべく、二、三日滞在しようかと。紅葉して秋の野の趣深い景色をしみじみご覧になりますと、なじみの女の所も忘れてしまいそうに思われます。


◆律師(りっし)=りしともいう。僧網(そうごう)の一つ。
   
 僧網とは、僧尼を取り締まったり、法務を処理したりする僧官。僧正、僧都、律師の三階級がある。律師は官吏の五位に準ぜられた。

ではまた。


源氏物語を読んできて(雨林院)

2008年05月29日 | Weblog
雨林院(うりんいん) 
 
 元は、淳和天皇が紫野に建立された離宮でした。その後、常康親王が当地で出家されて、離宮を寺とし、貞観11年(869)に千手観音をお祀りして、雲林院と号しました。
 
 源氏物語などの書物に登場する、当時は閑静な寺院だったようです。現・北区紫野雲林院町