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【葵】の巻 (12)
源氏はそろそろ左大臣家を出る時期と思われ、故葵の上付の女房たちと、思い出話をされます。その中の中納言の君という方は、源氏の思い人で、葵の上に遠慮のいらない今日ではありますが、源氏からはかえって浮気なお誘いもないことに、
「あはれなる御こころかなと見奉る」――奥方さまになんとお優しいお心づかいですこと、と、お見上げになります――
故葵の上が大層可愛がっている子で、親のない子を「今では、私が頼りになる人なのだ」と、(お連れになるのでしょうか)また、ある女房には、残って夕霧の成長を気長にお世話して欲しいなどと、お話になります。
左大臣は女房たち三十人ほどに、身分に応じて葵の上の形見になる記念の品々を、大仰でなくお配りになります。
◆ お役目のなくなった女房たちは、お暇を出されるということ?
源氏はいつまでもこうして籠もってばかりいられようかと、内裏と二条院に手はづを整えて、前駆に指示を出します。左大臣家ではいよいよ源氏との、婿としての別れがせまります。同じ嘆きを繰り返し繰り返し、左大臣も大宮も涙にくれるのでした。
源氏を見送って、源氏の部屋で書き散らされた手習いの一つを、左大臣が目をしょぼしょぼさせてごらんなります。
うた「なきたまぞいとど悲しき寝し床のあくがれがたきこころならひに」
――共寝の床が見捨てがたい私の心から推して、亡くなった魂もさぞや同じ思いであろうと思うのがひどく悲しい――
これきり、他人になられるのは本当に悲しいと思われるのでした。
「朝夕の光失ひては、いかでかながらふべからむ」
――朝夕の希望であった源氏を失っては、どうして長らえる理由があるだろうか――
形見の夕霧は、まだほんの頼りない年頃で、お側にいる年配の女房たちが悲しみにわっと泣き崩れましたのは、寒さの身に染みる夕暮れでございました。
ではまた。
【葵】の巻 (12)
源氏はそろそろ左大臣家を出る時期と思われ、故葵の上付の女房たちと、思い出話をされます。その中の中納言の君という方は、源氏の思い人で、葵の上に遠慮のいらない今日ではありますが、源氏からはかえって浮気なお誘いもないことに、
「あはれなる御こころかなと見奉る」――奥方さまになんとお優しいお心づかいですこと、と、お見上げになります――
故葵の上が大層可愛がっている子で、親のない子を「今では、私が頼りになる人なのだ」と、(お連れになるのでしょうか)また、ある女房には、残って夕霧の成長を気長にお世話して欲しいなどと、お話になります。
左大臣は女房たち三十人ほどに、身分に応じて葵の上の形見になる記念の品々を、大仰でなくお配りになります。
◆ お役目のなくなった女房たちは、お暇を出されるということ?
源氏はいつまでもこうして籠もってばかりいられようかと、内裏と二条院に手はづを整えて、前駆に指示を出します。左大臣家ではいよいよ源氏との、婿としての別れがせまります。同じ嘆きを繰り返し繰り返し、左大臣も大宮も涙にくれるのでした。
源氏を見送って、源氏の部屋で書き散らされた手習いの一つを、左大臣が目をしょぼしょぼさせてごらんなります。
うた「なきたまぞいとど悲しき寝し床のあくがれがたきこころならひに」
――共寝の床が見捨てがたい私の心から推して、亡くなった魂もさぞや同じ思いであろうと思うのがひどく悲しい――
これきり、他人になられるのは本当に悲しいと思われるのでした。
「朝夕の光失ひては、いかでかながらふべからむ」
――朝夕の希望であった源氏を失っては、どうして長らえる理由があるだろうか――
形見の夕霧は、まだほんの頼りない年頃で、お側にいる年配の女房たちが悲しみにわっと泣き崩れましたのは、寒さの身に染みる夕暮れでございました。
ではまた。