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【葵】の巻 (11)
六條御息所は源氏の文に
「ほのめかし給へる気色を、心の鬼にしるく見給ひて、さればよ、と思すもいといみじ。なほいと限りなき身の憂さなりけり……」
――手紙の中で、源氏がほのめかされた意味を、御息所は良心の呵責にはっきりと覚えられて、ああやはり、生霊のことをご存じだったのかと悲しく思い、これも皆自分の運命からだとさらに一層悲しいのでした。……(このようなことを桐壺院も聞かれてどう思われるでしょう。故前坊(夫)が亡くなりました折りには、小さき姫君の第二の父ともなって、お育てしましょう、あなたも内裏にお住みなさいと、度々仰いってくださいましたのに、そのようなことはとご辞退いたしたのでした。それなのに、思いがけずこんな気の若い苦労をして、挙げ句には悪名をとることになってしまってとお悩みがつきませんので、ご健康がすぐれません。)――
源氏も二条院へは渡らず、左大臣家でお籠もりになっています。やがて四九日の法要も済み、喪服の色も少し薄色に変えて、頭中将(葵の上の兄)としみじみ、亡き妻の思い出を語り合います。
夕霧(若児)は無邪気な笑顔をみせて可愛らしいものの、大宮にとっては、慰められるどころではなく、涙で袖の濡れないときとてありません。
さて、源氏は退屈なので、朝顔の君に、いつものように文を出されるのでした。朝顔の君の文は、「ほのかなる墨つきにて、思ひなし心にくし。……つれなながらさるべき折々のあはれを過ぐし給はぬ、これこそかたみに情けも見はつべきわざなれ」
――深みのある墨色で、気のせいか奥ゆかしい。うち解けないながらも、然るべき折々の趣を見過ごさないような仲でこそ、お互いに変わらぬ情愛を通すこともできるというものだ。――
「なほゆゑづきよしすぎて、人目に見ゆばかりなるは、あまりの難も出で来けり、
対の姫君を、さは生ふし立てじ、と思す。」
――あまり勿体ぶり気取りすぎて、人目に立ちすぎるのは、余計な欠点も出てくるというものだ。対の姫君(紫の上)をそんな風には教育すまい――
源氏は、紫の上を思い出され、今頃、淋しくしていて、自分を恋しいと思っていることだろうが、自分としては母親のいない子を置いている気持ちだから、逢わずにいる間も気楽ではある。(れっきとしたご婦人を放って置くのとは違って?)
ではまた。
【葵】の巻 (11)
六條御息所は源氏の文に
「ほのめかし給へる気色を、心の鬼にしるく見給ひて、さればよ、と思すもいといみじ。なほいと限りなき身の憂さなりけり……」
――手紙の中で、源氏がほのめかされた意味を、御息所は良心の呵責にはっきりと覚えられて、ああやはり、生霊のことをご存じだったのかと悲しく思い、これも皆自分の運命からだとさらに一層悲しいのでした。……(このようなことを桐壺院も聞かれてどう思われるでしょう。故前坊(夫)が亡くなりました折りには、小さき姫君の第二の父ともなって、お育てしましょう、あなたも内裏にお住みなさいと、度々仰いってくださいましたのに、そのようなことはとご辞退いたしたのでした。それなのに、思いがけずこんな気の若い苦労をして、挙げ句には悪名をとることになってしまってとお悩みがつきませんので、ご健康がすぐれません。)――
源氏も二条院へは渡らず、左大臣家でお籠もりになっています。やがて四九日の法要も済み、喪服の色も少し薄色に変えて、頭中将(葵の上の兄)としみじみ、亡き妻の思い出を語り合います。
夕霧(若児)は無邪気な笑顔をみせて可愛らしいものの、大宮にとっては、慰められるどころではなく、涙で袖の濡れないときとてありません。
さて、源氏は退屈なので、朝顔の君に、いつものように文を出されるのでした。朝顔の君の文は、「ほのかなる墨つきにて、思ひなし心にくし。……つれなながらさるべき折々のあはれを過ぐし給はぬ、これこそかたみに情けも見はつべきわざなれ」
――深みのある墨色で、気のせいか奥ゆかしい。うち解けないながらも、然るべき折々の趣を見過ごさないような仲でこそ、お互いに変わらぬ情愛を通すこともできるというものだ。――
「なほゆゑづきよしすぎて、人目に見ゆばかりなるは、あまりの難も出で来けり、
対の姫君を、さは生ふし立てじ、と思す。」
――あまり勿体ぶり気取りすぎて、人目に立ちすぎるのは、余計な欠点も出てくるというものだ。対の姫君(紫の上)をそんな風には教育すまい――
源氏は、紫の上を思い出され、今頃、淋しくしていて、自分を恋しいと思っていることだろうが、自分としては母親のいない子を置いている気持ちだから、逢わずにいる間も気楽ではある。(れっきとしたご婦人を放って置くのとは違って?)
ではまた。