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【賢木】の巻 (7)
「まねぶべきやうなく聞え続け給へど、宮いとこよなくもて離れ聞え給ひて、はてはては御胸をいたう悩み給へば……」
――ここに書きようもないぼどに源氏は巧みに申し上げなさいますが、中宮は決してお聞き入れなさらず、ついには胸痛を訴えられるので、(命婦や弁たちが、言いようもない気持ちで介抱されます)――
源氏の方も正気も失せてしまわれ、夜も明けきっていてお帰りにもなれず、中宮の御発病にお屋敷も人々が騒がしくなりましたので、急ぎ女房たちは源氏を塗籠(ぬりごめ)に押し込めて、この場を繕ったものの、大変なことになったと心配です。兄上の兵部卿宮や中宮大夫(ちゅうぐうだいぶ)、僧侶も駆けつけられて、夕方になってようやく快方に向われました。
中宮は、源氏がこのような所に隠れていらっしゃるとはつゆ知らず、女房たちも源氏がまだ、おいでになるとお伝えして又失神でもされたらと、申し上げることができません。
その後、中宮は少しご気分が良くなられたようで、昼の御座(ひのおまし)に膝行(しっこう=膝で進退する)でおいでになっています。
源氏はお近くには女房が少ないのを見計らって、
「君は、塗籠の戸の細めにあきたるを、やをらおしあけて、御屏風のはざまに伝ひ入り給ひぬ。めづらしくうれしきにも、涙はおちて見たてまつり給ふ」
――源氏は塗籠の戸が少し開いているのを、そろそろと押し開けて、屏風との間に御身を滑らせます。思いがけないうれしさに、涙がこぼれ落ち、じっと見入っていらっしゃいます。――
それと知らぬ藤壺は「なほ、いと苦しうこそあれ。世やつきぬらむ」
――ああ、とても苦しいこと、死んでしまうのかしら――
源氏のこころ
藤壺の、外を眺める横顔のなんとなまめかしいことよ。この上ないお顔のお美しいこと。かんざし、御髪のご様子、特にお顔はあの紫の上にそっくりだ。しばらくお逢いしていなかったが、このようなとんでもない形ででもお逢いできて気持ちが晴れるというものだ。紫の上とそっくりとはいうものの、やはり中宮を昔からお慕いしていたせいか、ご年齢とともにその美しさは、別格だ。
と、だんだん気持ちが高揚してきて我慢できなくなって、御帳台の中に紛れ入って、藤壺の衣の褄を引かれます。
藤壺は、衣裳の香で、すぐの源氏と察せられたので、なんとあさましいことと思われ、うつ伏してしまわれます。
ではまた。
【賢木】の巻 (7)
「まねぶべきやうなく聞え続け給へど、宮いとこよなくもて離れ聞え給ひて、はてはては御胸をいたう悩み給へば……」
――ここに書きようもないぼどに源氏は巧みに申し上げなさいますが、中宮は決してお聞き入れなさらず、ついには胸痛を訴えられるので、(命婦や弁たちが、言いようもない気持ちで介抱されます)――
源氏の方も正気も失せてしまわれ、夜も明けきっていてお帰りにもなれず、中宮の御発病にお屋敷も人々が騒がしくなりましたので、急ぎ女房たちは源氏を塗籠(ぬりごめ)に押し込めて、この場を繕ったものの、大変なことになったと心配です。兄上の兵部卿宮や中宮大夫(ちゅうぐうだいぶ)、僧侶も駆けつけられて、夕方になってようやく快方に向われました。
中宮は、源氏がこのような所に隠れていらっしゃるとはつゆ知らず、女房たちも源氏がまだ、おいでになるとお伝えして又失神でもされたらと、申し上げることができません。
その後、中宮は少しご気分が良くなられたようで、昼の御座(ひのおまし)に膝行(しっこう=膝で進退する)でおいでになっています。
源氏はお近くには女房が少ないのを見計らって、
「君は、塗籠の戸の細めにあきたるを、やをらおしあけて、御屏風のはざまに伝ひ入り給ひぬ。めづらしくうれしきにも、涙はおちて見たてまつり給ふ」
――源氏は塗籠の戸が少し開いているのを、そろそろと押し開けて、屏風との間に御身を滑らせます。思いがけないうれしさに、涙がこぼれ落ち、じっと見入っていらっしゃいます。――
それと知らぬ藤壺は「なほ、いと苦しうこそあれ。世やつきぬらむ」
――ああ、とても苦しいこと、死んでしまうのかしら――
源氏のこころ
藤壺の、外を眺める横顔のなんとなまめかしいことよ。この上ないお顔のお美しいこと。かんざし、御髪のご様子、特にお顔はあの紫の上にそっくりだ。しばらくお逢いしていなかったが、このようなとんでもない形ででもお逢いできて気持ちが晴れるというものだ。紫の上とそっくりとはいうものの、やはり中宮を昔からお慕いしていたせいか、ご年齢とともにその美しさは、別格だ。
と、だんだん気持ちが高揚してきて我慢できなくなって、御帳台の中に紛れ入って、藤壺の衣の褄を引かれます。
藤壺は、衣裳の香で、すぐの源氏と察せられたので、なんとあさましいことと思われ、うつ伏してしまわれます。
ではまた。