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【乙女(おとめ)】の巻】 その(24)
夕霧は、それからは惟光の娘にお文をやることもできずにおりましたが、やはり以前からお心に深く思っている方の、五節よりもっと優れていらっしゃる雲井の雁のことばかりが気になって、もう一度逢わずにすませようものかと、そればかり思っておいでです。
源氏は、二条院の西の対にいらっしゃる花散里に、「大宮の御命もそう長くはないものと、思いますので、亡くなってからのことを思い、今からはこの若君をお世話ください。」と、夕霧をお預け申されます。花散里という御方は、ひたすら源氏の仰せのままになさる御気性ですので、仰せのままにやさしく、心を込めてお世話をして差し上げます。
ある日、夕霧が、この花散里をほのかにお見上げしますと、
「容貌のまほならずも、おはしけるかな、かかる人をも、人は思ひ棄て給はざりけり、など、(……)心ばへのかうやうに柔和ならむ人をこそ、あひ思はめ、と思ふ。また向ひて見るかひなからむも、いとほしげなり、(……)」
――花散里のご器量は、ほんとうに良くない。こんな人でも父上はお見捨てにならなかったのだなあ、などと思うにつけても、(自分は、あのつれない雲井の雁のご容貌をいつも忘れずに恋しいと思うのは、きっと、つまらないことだ。)心持がこのように素直で柔らかい人と愛し合いたいものだ、とお思いになります。また一方では、向かい合って見る気もしないような、不器量な女でも味気ないだろうし。(父上は、花散里のご器量、ご性格をご承知の上で、長年を連れ添っていらっしゃるのは、程よく几帳などを隔てて、あからさまにお顔を見ないようにして、なにかと紛らわしてお相手なさっていらっしゃるのももっともこと。――
などと、お考えになる夕霧の心のうちは、大人もはずかしいほどです。
さらに、夕霧は、
「大宮は、尼姿でいらっしゃるけれども、まだ大そう清らかにお見えになります。どちらでも女の人の器量の良いのばかりを見慣れていますのに、花散里はもともと大してお美しないご容貌が、少し盛りを過ぎた上に、どこも細々とお痩せになって、お髪も少なくなっていらっしゃるので、このように難癖をつけたい気分なのでした。」
ではまた。
【乙女(おとめ)】の巻】 その(24)
夕霧は、それからは惟光の娘にお文をやることもできずにおりましたが、やはり以前からお心に深く思っている方の、五節よりもっと優れていらっしゃる雲井の雁のことばかりが気になって、もう一度逢わずにすませようものかと、そればかり思っておいでです。
源氏は、二条院の西の対にいらっしゃる花散里に、「大宮の御命もそう長くはないものと、思いますので、亡くなってからのことを思い、今からはこの若君をお世話ください。」と、夕霧をお預け申されます。花散里という御方は、ひたすら源氏の仰せのままになさる御気性ですので、仰せのままにやさしく、心を込めてお世話をして差し上げます。
ある日、夕霧が、この花散里をほのかにお見上げしますと、
「容貌のまほならずも、おはしけるかな、かかる人をも、人は思ひ棄て給はざりけり、など、(……)心ばへのかうやうに柔和ならむ人をこそ、あひ思はめ、と思ふ。また向ひて見るかひなからむも、いとほしげなり、(……)」
――花散里のご器量は、ほんとうに良くない。こんな人でも父上はお見捨てにならなかったのだなあ、などと思うにつけても、(自分は、あのつれない雲井の雁のご容貌をいつも忘れずに恋しいと思うのは、きっと、つまらないことだ。)心持がこのように素直で柔らかい人と愛し合いたいものだ、とお思いになります。また一方では、向かい合って見る気もしないような、不器量な女でも味気ないだろうし。(父上は、花散里のご器量、ご性格をご承知の上で、長年を連れ添っていらっしゃるのは、程よく几帳などを隔てて、あからさまにお顔を見ないようにして、なにかと紛らわしてお相手なさっていらっしゃるのももっともこと。――
などと、お考えになる夕霧の心のうちは、大人もはずかしいほどです。
さらに、夕霧は、
「大宮は、尼姿でいらっしゃるけれども、まだ大そう清らかにお見えになります。どちらでも女の人の器量の良いのばかりを見慣れていますのに、花散里はもともと大してお美しないご容貌が、少し盛りを過ぎた上に、どこも細々とお痩せになって、お髪も少なくなっていらっしゃるので、このように難癖をつけたい気分なのでした。」
ではまた。