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【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(3)
少貮は、危篤の病中にも、玉鬘をこのような田舎にお置きしては、どのように流浪なさることか、ぜひ早く京にお連れして、しかるべき方々にもお知らせし、ご運次第のご出世ぶりを拝見いたしたいと思っていましたのに、このままここで命が尽きてしまおうとは残念でならないのでした。
そして、
「ただこの姫君、京に率て奉るべき事を思へ。わが身の孝をば、な思ひそ。」
――ただただこの姫君を京へお連れ申すことだけを考えよ。私への死後の追善供養など気に掛けるな。――
とばかり遺言したのでした。
少貮と乳母は、玉鬘が頭中将の姫君であることを、邸内の誰にも知らせず、ただ自分の孫で、大切にしなければならぬ訳がある人だと言っておいたので、少貮が急死してからは、少貮遺族たちはあれやこれやと周囲に恐れ憚っているうちに、心ならずも数年を過ごしてしまいました。この間に、姫君はたいそう美しい娘盛りを迎えてこられ、評判を聞きつけては、色好みの田舎者たちが懸想し言い寄ります。けれども邸内の人々はだれもかれも取り次ぐ人はいませんし、乳母は、
「容貌などはさてもありぬべけれど、いみじきかたはのあれば、人にも見せで尼になして、わが世の限りは持たらむ。」
――この娘は顔かたちなどは、十人並みかも知れませんが、実に困った片輪なところがありますので、人に嫁がせず尼にして、私の生きている限り手元に置くつもりです。――
と、言いふらしておりますので、
「故少貮の孫は、かたはなむあなる。あたらものを」
――故少貮の孫は、なんと片輪だそうな。美しいと聞いているが惜しいことだなあ――
と、言っているのを聞くのも忌々しく、早く都へお連れして父大臣にお知らせ申し上げたい。まさか粗略には思い捨てにはなるまい、と嘆く一方で、神仏に願を掛けて、姫君の御身の上の願いが成就しますようにと、お祈りをするのでした。
ではまた。
【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(3)
少貮は、危篤の病中にも、玉鬘をこのような田舎にお置きしては、どのように流浪なさることか、ぜひ早く京にお連れして、しかるべき方々にもお知らせし、ご運次第のご出世ぶりを拝見いたしたいと思っていましたのに、このままここで命が尽きてしまおうとは残念でならないのでした。
そして、
「ただこの姫君、京に率て奉るべき事を思へ。わが身の孝をば、な思ひそ。」
――ただただこの姫君を京へお連れ申すことだけを考えよ。私への死後の追善供養など気に掛けるな。――
とばかり遺言したのでした。
少貮と乳母は、玉鬘が頭中将の姫君であることを、邸内の誰にも知らせず、ただ自分の孫で、大切にしなければならぬ訳がある人だと言っておいたので、少貮が急死してからは、少貮遺族たちはあれやこれやと周囲に恐れ憚っているうちに、心ならずも数年を過ごしてしまいました。この間に、姫君はたいそう美しい娘盛りを迎えてこられ、評判を聞きつけては、色好みの田舎者たちが懸想し言い寄ります。けれども邸内の人々はだれもかれも取り次ぐ人はいませんし、乳母は、
「容貌などはさてもありぬべけれど、いみじきかたはのあれば、人にも見せで尼になして、わが世の限りは持たらむ。」
――この娘は顔かたちなどは、十人並みかも知れませんが、実に困った片輪なところがありますので、人に嫁がせず尼にして、私の生きている限り手元に置くつもりです。――
と、言いふらしておりますので、
「故少貮の孫は、かたはなむあなる。あたらものを」
――故少貮の孫は、なんと片輪だそうな。美しいと聞いているが惜しいことだなあ――
と、言っているのを聞くのも忌々しく、早く都へお連れして父大臣にお知らせ申し上げたい。まさか粗略には思い捨てにはなるまい、と嘆く一方で、神仏に願を掛けて、姫君の御身の上の願いが成就しますようにと、お祈りをするのでした。
ではまた。