11/10 217回
【乙女(おとめ)】の巻】 その(27)
『春鶯囀(しゅんおうでん)』が始まりますと、昔の花の宴の頃を思い出されて、朱雀院は、
「またさばかりの事見てむや」
――あれほどの事をいつみることか。(もう二度とあれほどの見事な舞は見られないだろう)――
と、仰せられますにつけて、源氏もその時代のことがあわれ深く思いつづけられます。
舞が終わるころに、源氏は朱雀院へ盃を差し上げられます。
そして源氏の(歌)、
「鶯のさへづる声はむかしにてむつれし花のかげぞかはれる」
――春鶯囀の楽は昔のままですが、慣れ親しんだあの御代は変わってしまいました――
朱雀院の(歌)
「九重をかすみ隔つるすみかにも春とつげくるうぐいすの声」
――すでに退位して、霞が隔てるように宮中を離れた私の御所にも、今日は春鶯囀の楽が響いて、春になったことを思わせます――
冷泉帝の(歌)
「うぐいすの昔を恋ひてさへづるは木伝ふ花の色やあせたる」
――春鶯囀の楽につけて昔を慕うのは、今の花の色が薄いからでしょうか。(わが御代が昔に劣っているからでしょうか)――
と、詠われますご様子は、まことに奥ゆかしくていらっしゃいます。
この度は、内輪の催しですので、省略のことのあったのでしょうか、それとも記録漏らしだったでしょうか。(作者の弁)
奏楽所が遠くで音がよく聞こえませんので、帝は御前に楽器をお取り寄せになります。
兵部卿宮(昔、帥の宮と申し上げた、朱雀院の御弟宮)は琵琶、内大臣は和琴、十三弦の筝の琴は朱雀院、琴はいつものように太政大臣がお引受けになります。
この名手のお揃いになりました奏楽の見事さはたとえようもなく、趣深いものです。
「さるいみじき上手のすぐれたる御手づかひどもの、つくし給へる音はたとえむ方なし。唱歌の殿上人あまた侍ふ。『安名尊』遊びて、次に『桜人』、月朧ろにさし出でてをかしき程に、中島のわたりに、ここかしこ篝火どもともして、大御遊びはやみぬ。」
――歌を謡う役の殿上人が多く控えております。催馬楽の「安名尊(あなたふと)」を謡い、次に「桜人(さくらびと)」を謡います。月がおぼろに浮かび出て、いっそう趣を添える頃には、中島のあたりにあちこち篝火(かがりび)が焚かれて、この御遊びは終わりました。――
◆御遊び=合奏によりひと時を過ごすこと。
ではまた。
【乙女(おとめ)】の巻】 その(27)
『春鶯囀(しゅんおうでん)』が始まりますと、昔の花の宴の頃を思い出されて、朱雀院は、
「またさばかりの事見てむや」
――あれほどの事をいつみることか。(もう二度とあれほどの見事な舞は見られないだろう)――
と、仰せられますにつけて、源氏もその時代のことがあわれ深く思いつづけられます。
舞が終わるころに、源氏は朱雀院へ盃を差し上げられます。
そして源氏の(歌)、
「鶯のさへづる声はむかしにてむつれし花のかげぞかはれる」
――春鶯囀の楽は昔のままですが、慣れ親しんだあの御代は変わってしまいました――
朱雀院の(歌)
「九重をかすみ隔つるすみかにも春とつげくるうぐいすの声」
――すでに退位して、霞が隔てるように宮中を離れた私の御所にも、今日は春鶯囀の楽が響いて、春になったことを思わせます――
冷泉帝の(歌)
「うぐいすの昔を恋ひてさへづるは木伝ふ花の色やあせたる」
――春鶯囀の楽につけて昔を慕うのは、今の花の色が薄いからでしょうか。(わが御代が昔に劣っているからでしょうか)――
と、詠われますご様子は、まことに奥ゆかしくていらっしゃいます。
この度は、内輪の催しですので、省略のことのあったのでしょうか、それとも記録漏らしだったでしょうか。(作者の弁)
奏楽所が遠くで音がよく聞こえませんので、帝は御前に楽器をお取り寄せになります。
兵部卿宮(昔、帥の宮と申し上げた、朱雀院の御弟宮)は琵琶、内大臣は和琴、十三弦の筝の琴は朱雀院、琴はいつものように太政大臣がお引受けになります。
この名手のお揃いになりました奏楽の見事さはたとえようもなく、趣深いものです。
「さるいみじき上手のすぐれたる御手づかひどもの、つくし給へる音はたとえむ方なし。唱歌の殿上人あまた侍ふ。『安名尊』遊びて、次に『桜人』、月朧ろにさし出でてをかしき程に、中島のわたりに、ここかしこ篝火どもともして、大御遊びはやみぬ。」
――歌を謡う役の殿上人が多く控えております。催馬楽の「安名尊(あなたふと)」を謡い、次に「桜人(さくらびと)」を謡います。月がおぼろに浮かび出て、いっそう趣を添える頃には、中島のあたりにあちこち篝火(かがりび)が焚かれて、この御遊びは終わりました。――
◆御遊び=合奏によりひと時を過ごすこと。
ではまた。