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【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(8)
川尻(淀川の河口)に近づいたという声に、やっと生き返った心持がします。
豊後介は、思えば、よくも皆妻子を打ち捨ててここまで来てしまったことよ、役に立ちそうな家来を皆連れて来てしまい、逃げ去ったことを知った監の怒りが、妻子を追い散らしてどんな目に合わせるか、と思うと、年甲斐もなく彼らの身の上を顧みずに出てきてしまったと、心が落ち着くに従って、あまりにも無分別だった旅立ちを思い続けて心細く涙ぐまれるのでした。
「『胡の地の妻児をば空しくすてすてつ』と誦するを、兵部の君が聞いて、
――白氏文集の句を誦すのを、妹の兵部の君が聞いて――
本当に思えば不思議なことをしてしまったこと。年来従ってきた夫の心にも背いて逃げ出してきてしまいましたが、今頃何と思っていることでしょう、と、こちらも捨ててきた家族を思ってしみじみ思いめぐらしております。
京に行っても、定めた所があるわけでもなく、知りあいや頼もしい人も浮かばない。ただこの姫君をお守りするために来たものの、良い思案が浮かばない。
「あきれて覚ゆれど、いかがはせむとて、いそぎ入りぬ。」
――今さら呆然とするけれども、後に引き返せるものでもなし、ともかくも、急いで京に入りました。――
つてを探して、九条に宿を借りおいて、豊後介という、あちらでは頼もしき人も、京では慣れない生活の頼り無さにと、今さら筑紫に帰るのも具合悪く、従者たちも縁故を求めて出て行く者も、筑紫に戻っていく者もいて、散り散りの有様です。
乳母は豊後介を気の毒に思い嘆きますと、豊後介は、
「何か、この身はいとやすく侍り。人ひとりの御身にかへ奉りて、いづちもいづちも罷り失せなむに咎あるまじ。われらいみじき勢いになりても、若君をさるものの中にはふらかし奉りては、何心地かせまし。」
――なんの、私は気楽なものです。姫君お一人の御身に代わってどこへなりと放浪しましょうとも、誰が何をとがめましょうぞ。たとえ私どもが立派な権勢を持つ者になったとしましても、わが姫君を大夫の監のような中にお捨て置きしては、どんな気持ちでいられましょうか。――
神仏がきっとお導きくださるでしょう、と、近いところでは石清水八幡宮に、先ずは京に無事に着きましたことのお礼に行きましょう。と言って姫君を八幡宮に参詣おさせ申します。