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【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(6)
乳母は、以前と同じように繰り返し、「孫娘は、まことに運の悪い生まれなのでしょう、人聞きの悪いことがありまして、人の妻になれようかと、当人も嘆いておりますので、可哀そうで私も扱いかねております」と答えますと、
「天下に目つぶれ、足折れ給へりとも、なにがしは仕うまつり止めてむ。国のうちの仏神は、おのれになむ靡き給へる。」
――万一、目がつぶれ、足が折れていましょうとも、私が治して差し上げましょう。国中の神仏はみな私の味方をしてくれていますから――
と、何時いつに迎えに来ようと言って、さて、辞去しようとするときに、監は風流にも歌を詠みたくなったのでしょうか、ややしばらく思案して、
「君にもしこころたがはば松浦なるかがみの神をかけてちかはむ」
――姫君を万一疎んじるようなことがあれば、どんな神罰も受けますと、松浦の鏡の明神にかけて誓いましょう。――
監は自分で、この歌はうまく出来たと思います、などと言います。
乳母は、もう恐ろしくて返歌もできそうになく、困りはてて、やっとのこと、心に浮かんだままの歌、
「年を経ていのる心のたがひなばかがみの神をつらしとや見む」
――年来の宿願が叶わないようでしたら、鏡の神をお恨みしましょうー―
と、わなわな震えながらお返事したのを、相手は、ちょっと首をかしげて、
「まてや、こはいかに仰せらるる」
――いや待てよ、これはどういうお心なのですか――
と不意に詰めよってきましたので、乳母は怯えて顔も青ざめて居りますと、とっさに乳母の娘が、出てきて、若いだけに気強く笑って、「姫君が片輪でいらっしゃるので、ご幸運を願っても甲斐がなければ辛く思いますと、神様を引き合いに出して言い損ねたのです。なにしろ母は少し呆けていますので」と歌の意味を何とかこじつけて、解釈して聞かせますと、
「おい、さりさり。(……)」
――おお、そうですか、そうですか。立派なお歌です。――
と言って、自分ももう一首詠もうと思いますが、出来ずにそのまま帰ったのでした。
(仏神への願いとして乳母は、玉鬘が上京して宿願が叶うようにとの意味を歌に込めたのですが、監の方は神仏に結婚を願う歌。監も乳母の歌を少し変だと思いながらも、機転を利かせた娘に言いくるめられたのでした。)
ではまた。
【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(6)
乳母は、以前と同じように繰り返し、「孫娘は、まことに運の悪い生まれなのでしょう、人聞きの悪いことがありまして、人の妻になれようかと、当人も嘆いておりますので、可哀そうで私も扱いかねております」と答えますと、
「天下に目つぶれ、足折れ給へりとも、なにがしは仕うまつり止めてむ。国のうちの仏神は、おのれになむ靡き給へる。」
――万一、目がつぶれ、足が折れていましょうとも、私が治して差し上げましょう。国中の神仏はみな私の味方をしてくれていますから――
と、何時いつに迎えに来ようと言って、さて、辞去しようとするときに、監は風流にも歌を詠みたくなったのでしょうか、ややしばらく思案して、
「君にもしこころたがはば松浦なるかがみの神をかけてちかはむ」
――姫君を万一疎んじるようなことがあれば、どんな神罰も受けますと、松浦の鏡の明神にかけて誓いましょう。――
監は自分で、この歌はうまく出来たと思います、などと言います。
乳母は、もう恐ろしくて返歌もできそうになく、困りはてて、やっとのこと、心に浮かんだままの歌、
「年を経ていのる心のたがひなばかがみの神をつらしとや見む」
――年来の宿願が叶わないようでしたら、鏡の神をお恨みしましょうー―
と、わなわな震えながらお返事したのを、相手は、ちょっと首をかしげて、
「まてや、こはいかに仰せらるる」
――いや待てよ、これはどういうお心なのですか――
と不意に詰めよってきましたので、乳母は怯えて顔も青ざめて居りますと、とっさに乳母の娘が、出てきて、若いだけに気強く笑って、「姫君が片輪でいらっしゃるので、ご幸運を願っても甲斐がなければ辛く思いますと、神様を引き合いに出して言い損ねたのです。なにしろ母は少し呆けていますので」と歌の意味を何とかこじつけて、解釈して聞かせますと、
「おい、さりさり。(……)」
――おお、そうですか、そうですか。立派なお歌です。――
と言って、自分ももう一首詠もうと思いますが、出来ずにそのまま帰ったのでした。
(仏神への願いとして乳母は、玉鬘が上京して宿願が叶うようにとの意味を歌に込めたのですが、監の方は神仏に結婚を願う歌。監も乳母の歌を少し変だと思いながらも、機転を利かせた娘に言いくるめられたのでした。)
ではまた。