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【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(10)
右近は、豊後介がお食事をさし出していますのを、物陰から見て、この男をどこかで見たような気がします。また、豊後介が、
「三條、ここに、召す」
――三條、姫君がお呼びですよ――
などと言っていて、呼ばれた女を見ますと、これまた見たことのある人です。
「故御方に、下人なれど、久しく仕うまつりなれて、かの隠れ給へりし御住処までありしものなりけり、と見なして、いみじく夢のやうなり。」
――亡き夕顔に、下女ではありますが、久しく仕えていて、あの隠れ住んでいました夕顔の宿までお供した者であったと気づいたときは、何とも夢のような心地がしました。――
お仕えしている方を知りたいけれど、とにかくその女に訊ねてみます、
「覚えずこそ侍れ。(……)人違いにや侍らむ。」
――思いがけませんことで。筑紫の国に二十年ばかりも暮らしました、賤しい私を知っておいでの方とは、……お人違いではございませんか。――
右近は、
「なほさしのぞけ。われをば見知りたりや」
――もっとよく覗いてごらんなさい。私が分からないかしら――
三條は、差し出た顔を右近と知って、すっかり喜んで、夕顔の消息を尋ねながら、大声に泣きだします。
長い年月を経て、この上なくあわれに右近も涙にくれながら、
「『先づおとどはおはすや。若君はいかがなり給ひにし。あてきを聞こえしは』とて、君の御ことは、言い出でず。」
――「まず、お乳母殿はおいでになるの。姫君はどうおなりになったのでしょう。あのとき‘あてき’といった女童は」といって、夕顔のことは言いだせないのでした。
ではまた。
【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(10)
右近は、豊後介がお食事をさし出していますのを、物陰から見て、この男をどこかで見たような気がします。また、豊後介が、
「三條、ここに、召す」
――三條、姫君がお呼びですよ――
などと言っていて、呼ばれた女を見ますと、これまた見たことのある人です。
「故御方に、下人なれど、久しく仕うまつりなれて、かの隠れ給へりし御住処までありしものなりけり、と見なして、いみじく夢のやうなり。」
――亡き夕顔に、下女ではありますが、久しく仕えていて、あの隠れ住んでいました夕顔の宿までお供した者であったと気づいたときは、何とも夢のような心地がしました。――
お仕えしている方を知りたいけれど、とにかくその女に訊ねてみます、
「覚えずこそ侍れ。(……)人違いにや侍らむ。」
――思いがけませんことで。筑紫の国に二十年ばかりも暮らしました、賤しい私を知っておいでの方とは、……お人違いではございませんか。――
右近は、
「なほさしのぞけ。われをば見知りたりや」
――もっとよく覗いてごらんなさい。私が分からないかしら――
三條は、差し出た顔を右近と知って、すっかり喜んで、夕顔の消息を尋ねながら、大声に泣きだします。
長い年月を経て、この上なくあわれに右近も涙にくれながら、
「『先づおとどはおはすや。若君はいかがなり給ひにし。あてきを聞こえしは』とて、君の御ことは、言い出でず。」
――「まず、お乳母殿はおいでになるの。姫君はどうおなりになったのでしょう。あのとき‘あてき’といった女童は」といって、夕顔のことは言いだせないのでした。
ではまた。