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【乙女(おとめ)】の巻】 その(25)
年の暮には、正月のご装束などと、大宮はただこの夕霧にだけ、かかりっきりになっていらっしゃいます。幾組もまことにお見事に御仕立てになりましたが、それが皆、六位の官服ですので、夕霧にはもの憂くて、
「朔日などには、必ずしも内裏へ参るまじう思ひ給ふるに、何にかく急がせ給ふらむ」
――元旦などには、とても参内するつもりはございませんのに、どうしてこうも沢山ご用意なさるのでしょうか。――
大宮は、「どうしてそんなことがありましょう。男というものは、卑しい分際の者でさえ、気位だけは高く持つと言います。あまり沈み込んでいるのは、良くないですよ。縁起でもないこと。」
夕霧は、
「何かは。六位など人のあなづり侍るめれば、しばしの事とは思う給ふれど、内裏は参るももの憂くてなむ。(……)対の御方こそあはれにものし給へ。親今一所おはしまさましかば、何事を思ひ侍らまし」
――いいえ、そんなことではないのです。六位などと人が蔑んでいるようですが、それも当分のこととは思いますが、参内するのは気が進まないのです。(父君は、遠慮のないはずの実の親ですが、私を無愛想に遠ざけておられ、ご座所近くには、たやすく伺えません。花散里のところへいらした時だけ、お側に伺えます。)花散里という御方は、優しくしてくださいますが、母上(葵の上)が生きておいででしたら、このようにくよくよすることもなかったでしょうと思いますと…。――
と言って、涙の落ちるのを何とか紛らわしていらっしゃるのをご覧になるにつけ、大宮も一緒にほろほろと涙を流されて、
「母に後るる人は、程々につけて、さのみこそあはれなれど、自ずから宿世宿世に、人と成りたちぬれば、おろかに思ふ人もなきわざなるを、思ひ入れぬさまにてをものし給へ。(……)」
――母親に先立たれた人は、どのような身分でもそれぞれに辛い思いをするものですが、自然に宿縁のおもむくままに成人さえなされば、軽んずる人もいないでしょう。くよくよしないでいらっしゃいね。(故太政大臣が生きていましたら、あなたの良い後ろ盾になれたでしょうに。内大臣のご気性も、世間では褒めてくださいますが、私へのご態度も以前とは違って、長生していることも悔やまれます。若いあなたが、世をはかなんでいらっしゃるのを見ますと、本当に何もかも嫌な世の中ですこと。――
と、仰っては泣いておられます。
ではまた。
【乙女(おとめ)】の巻】 その(25)
年の暮には、正月のご装束などと、大宮はただこの夕霧にだけ、かかりっきりになっていらっしゃいます。幾組もまことにお見事に御仕立てになりましたが、それが皆、六位の官服ですので、夕霧にはもの憂くて、
「朔日などには、必ずしも内裏へ参るまじう思ひ給ふるに、何にかく急がせ給ふらむ」
――元旦などには、とても参内するつもりはございませんのに、どうしてこうも沢山ご用意なさるのでしょうか。――
大宮は、「どうしてそんなことがありましょう。男というものは、卑しい分際の者でさえ、気位だけは高く持つと言います。あまり沈み込んでいるのは、良くないですよ。縁起でもないこと。」
夕霧は、
「何かは。六位など人のあなづり侍るめれば、しばしの事とは思う給ふれど、内裏は参るももの憂くてなむ。(……)対の御方こそあはれにものし給へ。親今一所おはしまさましかば、何事を思ひ侍らまし」
――いいえ、そんなことではないのです。六位などと人が蔑んでいるようですが、それも当分のこととは思いますが、参内するのは気が進まないのです。(父君は、遠慮のないはずの実の親ですが、私を無愛想に遠ざけておられ、ご座所近くには、たやすく伺えません。花散里のところへいらした時だけ、お側に伺えます。)花散里という御方は、優しくしてくださいますが、母上(葵の上)が生きておいででしたら、このようにくよくよすることもなかったでしょうと思いますと…。――
と言って、涙の落ちるのを何とか紛らわしていらっしゃるのをご覧になるにつけ、大宮も一緒にほろほろと涙を流されて、
「母に後るる人は、程々につけて、さのみこそあはれなれど、自ずから宿世宿世に、人と成りたちぬれば、おろかに思ふ人もなきわざなるを、思ひ入れぬさまにてをものし給へ。(……)」
――母親に先立たれた人は、どのような身分でもそれぞれに辛い思いをするものですが、自然に宿縁のおもむくままに成人さえなされば、軽んずる人もいないでしょう。くよくよしないでいらっしゃいね。(故太政大臣が生きていましたら、あなたの良い後ろ盾になれたでしょうに。内大臣のご気性も、世間では褒めてくださいますが、私へのご態度も以前とは違って、長生していることも悔やまれます。若いあなたが、世をはかなんでいらっしゃるのを見ますと、本当に何もかも嫌な世の中ですこと。――
と、仰っては泣いておられます。
ではまた。