09.4/2 344回
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(15)
北の方のご様子と髭黒大将のことをお聞きになった式部卿の宮(北の方の父宮)は、
「今は、然かけ離れて、もて出で給ふらむに、さて心強くものし給ふ、いと面無う人笑へなる事なり。」
――今はもう、そのように見放した仕打ちをされるからには、貴女がそうして頑張って居座っておいでなのは、不面目な物笑いの種というものです――
私の生きている限りは、髭黒にそう一途に従い抜いている必要はないと、おっしゃって、急に北の方を自邸にお迎えになります。あれからの北の方は少し正気に戻って、夫婦仲を歎いておられましたが、
「しひて立ちとまりて、人の絶えはてむさまを見はてて、思ひとぢめむも、今少し人笑へにことあらめ、など思したつ」
――無理にここに留まって、髭黒の大将から捨てられるのを見届けてから諦めるのも、なおさら物笑いとなりましょう、とお思いになって心を決められました――
北の方のご兄弟の中でも、兵衛の督は上達部で目立ち過ぎるであろうと、弟たちの中将、侍従、民部の大輔などが、お車を三輌ほど連ねてお迎えにいらっしゃいました。女房たちもいつかこのようなことになりはしないかと、思っていたことではありましたが、今日がいよいよ最後かと思うと、みな、ほろほろと涙をこぼして泣いています。北の方付きの女房たちは、
「年頃ならひ給はぬ旅住みに、狭くはしたなくては、いかでかあまたは侍らはむ。かたへはおのおの里に罷でて、しづまらせ給ひなむに」
――長らくお帰りにならなかったご実家に仮住まいなさることになりまして、手狭でもあり、ご不自由も多いでしょうから、とても大勢でお供はできないでしょう。何人かはそれぞれ実家に帰って、北の方が落ち着かれましたらまた参りましょう――
こう、囁き合って、女房たちはちょっとした自分の持ち物を実家に運び出したりしています。北の方のお道具類の相当な物は、取り纏めなどしつつ、上も下も泣き騒ぐ様子は、たいそう不吉な有様です。
◆病気と物の怪
病気の原因の多くは「物の怪」と考えられ、祈祷という精神療法によって治療を施している。物の怪は精神の衰弱に付け入ると思われ、出産のときが危ないとされた。
ではまた。
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(15)
北の方のご様子と髭黒大将のことをお聞きになった式部卿の宮(北の方の父宮)は、
「今は、然かけ離れて、もて出で給ふらむに、さて心強くものし給ふ、いと面無う人笑へなる事なり。」
――今はもう、そのように見放した仕打ちをされるからには、貴女がそうして頑張って居座っておいでなのは、不面目な物笑いの種というものです――
私の生きている限りは、髭黒にそう一途に従い抜いている必要はないと、おっしゃって、急に北の方を自邸にお迎えになります。あれからの北の方は少し正気に戻って、夫婦仲を歎いておられましたが、
「しひて立ちとまりて、人の絶えはてむさまを見はてて、思ひとぢめむも、今少し人笑へにことあらめ、など思したつ」
――無理にここに留まって、髭黒の大将から捨てられるのを見届けてから諦めるのも、なおさら物笑いとなりましょう、とお思いになって心を決められました――
北の方のご兄弟の中でも、兵衛の督は上達部で目立ち過ぎるであろうと、弟たちの中将、侍従、民部の大輔などが、お車を三輌ほど連ねてお迎えにいらっしゃいました。女房たちもいつかこのようなことになりはしないかと、思っていたことではありましたが、今日がいよいよ最後かと思うと、みな、ほろほろと涙をこぼして泣いています。北の方付きの女房たちは、
「年頃ならひ給はぬ旅住みに、狭くはしたなくては、いかでかあまたは侍らはむ。かたへはおのおの里に罷でて、しづまらせ給ひなむに」
――長らくお帰りにならなかったご実家に仮住まいなさることになりまして、手狭でもあり、ご不自由も多いでしょうから、とても大勢でお供はできないでしょう。何人かはそれぞれ実家に帰って、北の方が落ち着かれましたらまた参りましょう――
こう、囁き合って、女房たちはちょっとした自分の持ち物を実家に運び出したりしています。北の方のお道具類の相当な物は、取り纏めなどしつつ、上も下も泣き騒ぐ様子は、たいそう不吉な有様です。
◆病気と物の怪
病気の原因の多くは「物の怪」と考えられ、祈祷という精神療法によって治療を施している。物の怪は精神の衰弱に付け入ると思われ、出産のときが危ないとされた。
ではまた。