09.4/22 364回
三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(3)
源氏は蛍兵部卿の宮に、
「まめやかにはすきずきしきやうなれど、またもなかめる人のうへにて、これこそは道理のいとなみなめれと、思ひ給へなしてなむ。(……)」
――実は香合わせなどを方々にお頼みして、大騒ぎしますのも物好きなようですが、何分一人しかいない娘のことですので、これくらいは当然と思いまして、(腰結の折には、秋好中宮に宮中からご退出頂いて、お願いしたいと思っております)――
蛍兵部卿の宮は、
「あえものも、げに必ず思しよるべき事なりけり」
――それは中宮の御幸におあやかりになります為にも、成るほどそうでなければならぬお思いつきですね――
と、源氏のお考えに賛成なさる。
このついでに、他の女君たちにお使いをお出しになって、調合された薫物などを、「この夕暮れのしっとりした折に試みてみましょう」と言われますと、どなたも様々に趣向を凝らしてさし上げられます。源氏は、蛍兵部卿の宮に、
「これわかせ給へ。誰にか見せむ」
――どうぞ、優劣を判定してください。あなた以外に見ていただく方はおりません――
と、おっしゃって早速火取などをご用意させます。宮は謙遜なさいますが、退出なさるのも冴えないことと思われます。
源氏自ら調合なさた二種の香を今はじめてお取り出しになります。御所内で右近の御溝水のあたりにお埋めになるのに準えて、西の渡殿の下を流れる遣水の汀近くに埋められてありましたのを、惟光の宰相の子の兵衛の尉(ひょうえのじょう)が掘って参りました。それを宰相の中将(夕霧)が取り次いで、お前に差し出します。
「いと苦しき判者にもあたりて侍るかな。いとけぶたしや」
――これは何と辛い判者になってしまったことです。まことに煙たいこと――
調合の方法はどこにも普及しているようですが、人々がそれぞれに工夫された薫物の優劣をかき合わせられるのは、たいそう面白いことが多いのでした。
◆わかせ給へ=優劣を判定してください
◆御所内で右近の御溝水のあたりにお埋めになるのに準えて=土中に香を埋めるのは匂いを良くするための言い伝え。
◆写真:香合わせ 風俗博物館
ではまた。
三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(3)
源氏は蛍兵部卿の宮に、
「まめやかにはすきずきしきやうなれど、またもなかめる人のうへにて、これこそは道理のいとなみなめれと、思ひ給へなしてなむ。(……)」
――実は香合わせなどを方々にお頼みして、大騒ぎしますのも物好きなようですが、何分一人しかいない娘のことですので、これくらいは当然と思いまして、(腰結の折には、秋好中宮に宮中からご退出頂いて、お願いしたいと思っております)――
蛍兵部卿の宮は、
「あえものも、げに必ず思しよるべき事なりけり」
――それは中宮の御幸におあやかりになります為にも、成るほどそうでなければならぬお思いつきですね――
と、源氏のお考えに賛成なさる。
このついでに、他の女君たちにお使いをお出しになって、調合された薫物などを、「この夕暮れのしっとりした折に試みてみましょう」と言われますと、どなたも様々に趣向を凝らしてさし上げられます。源氏は、蛍兵部卿の宮に、
「これわかせ給へ。誰にか見せむ」
――どうぞ、優劣を判定してください。あなた以外に見ていただく方はおりません――
と、おっしゃって早速火取などをご用意させます。宮は謙遜なさいますが、退出なさるのも冴えないことと思われます。
源氏自ら調合なさた二種の香を今はじめてお取り出しになります。御所内で右近の御溝水のあたりにお埋めになるのに準えて、西の渡殿の下を流れる遣水の汀近くに埋められてありましたのを、惟光の宰相の子の兵衛の尉(ひょうえのじょう)が掘って参りました。それを宰相の中将(夕霧)が取り次いで、お前に差し出します。
「いと苦しき判者にもあたりて侍るかな。いとけぶたしや」
――これは何と辛い判者になってしまったことです。まことに煙たいこと――
調合の方法はどこにも普及しているようですが、人々がそれぞれに工夫された薫物の優劣をかき合わせられるのは、たいそう面白いことが多いのでした。
◆わかせ給へ=優劣を判定してください
◆御所内で右近の御溝水のあたりにお埋めになるのに準えて=土中に香を埋めるのは匂いを良くするための言い伝え。
◆写真:香合わせ 風俗博物館
ではまた。