09.4/21 363回
三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(2)
お香の調合に、源氏は寝殿に一人籠られて、何やらの秘伝を試みておいでになり、紫の上は東の対の一所に御几帳をめぐらして、こちらも一心に試みていらっしゃる。御調度類も優雅の限りをつくして、香壺を入れる箱、壺の形、火取の意匠なども、立派にお作らせになって、女君たちの中で優れたものをお納めしようとのお考えです。
二月十日頃、六条院のお庭は紅梅の花盛りで、大そう美しいところに蛍兵部卿の宮がふらりとお出でになって、源氏と花を愛でておいでになりますと、「前斎院からです」と散り過ぎた梅の枝につけたお文が届きました。早速に薫物を合わせて寄こされたのでした。
「沈の箱に、瑠璃の坏(つき)二つすゑて、おほきにまろがしつつ入れ給へり。心葉(こころは)、紺瑠璃には五葉の枝、白きには梅を選りて、同じくひき結びたる糸のさまも、なよびかになまめかしうぞし給へる」
――沈香木で造りました箱に、瑠璃(硝子)の香壺を二つ置いて、薫物を大粒に丸めて入れてありました。心葉は、紺瑠璃(紺色の硝子)の方には五葉の松の枝、白瑠璃には、梅の枝を選んで、同じように引き結んだ糸の様子もしなやかになまめかしく見えます――
前斎院(朝顔の君)の添え文には、歌。
「花の香は散りにし枝にとまらねどうつらむ袖にあさくしまめや」
――花の散った枝のような私がお合わせしましたお香は、つまらないものですですが、薫きしめる姫君のお袖には深く匂うことでしょう――
蛍兵部卿の宮は、この薄墨で書かれたお文に目を留められて、大げさに取り立ててお読みになります。宰相の中将(夕霧)は、
「御使い尋ねとどめさせ給ひて、いたう酔はし給ふ。紅梅襲の唐の細長そへたる女の装束かづけ給ふ」
――(夕霧は)朝顔の君の使者をお引き留めになって、たっぷりとお酒をお振る舞いになった上に、紅梅襲(こうばいがさね)の細長を添えた女の装束をお与えになりました。―-
源氏からのお返事も同じ紅梅色の紙に、お庭の梅の花を折らせて文にお結びになります。蛍兵部卿の宮は妬ましがって、ひどく読みたがっておいでですが、
「『花の枝にいとど心をしむるかな人のとがめむ香をばつつめど』とやあるつらむ」
――「人に咎められてはと隠してはいますが、あなたの御手紙にはひとしお、心惹かれます」とでもお書きになったのでしょうか――
ではまた。
三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(2)
お香の調合に、源氏は寝殿に一人籠られて、何やらの秘伝を試みておいでになり、紫の上は東の対の一所に御几帳をめぐらして、こちらも一心に試みていらっしゃる。御調度類も優雅の限りをつくして、香壺を入れる箱、壺の形、火取の意匠なども、立派にお作らせになって、女君たちの中で優れたものをお納めしようとのお考えです。
二月十日頃、六条院のお庭は紅梅の花盛りで、大そう美しいところに蛍兵部卿の宮がふらりとお出でになって、源氏と花を愛でておいでになりますと、「前斎院からです」と散り過ぎた梅の枝につけたお文が届きました。早速に薫物を合わせて寄こされたのでした。
「沈の箱に、瑠璃の坏(つき)二つすゑて、おほきにまろがしつつ入れ給へり。心葉(こころは)、紺瑠璃には五葉の枝、白きには梅を選りて、同じくひき結びたる糸のさまも、なよびかになまめかしうぞし給へる」
――沈香木で造りました箱に、瑠璃(硝子)の香壺を二つ置いて、薫物を大粒に丸めて入れてありました。心葉は、紺瑠璃(紺色の硝子)の方には五葉の松の枝、白瑠璃には、梅の枝を選んで、同じように引き結んだ糸の様子もしなやかになまめかしく見えます――
前斎院(朝顔の君)の添え文には、歌。
「花の香は散りにし枝にとまらねどうつらむ袖にあさくしまめや」
――花の散った枝のような私がお合わせしましたお香は、つまらないものですですが、薫きしめる姫君のお袖には深く匂うことでしょう――
蛍兵部卿の宮は、この薄墨で書かれたお文に目を留められて、大げさに取り立ててお読みになります。宰相の中将(夕霧)は、
「御使い尋ねとどめさせ給ひて、いたう酔はし給ふ。紅梅襲の唐の細長そへたる女の装束かづけ給ふ」
――(夕霧は)朝顔の君の使者をお引き留めになって、たっぷりとお酒をお振る舞いになった上に、紅梅襲(こうばいがさね)の細長を添えた女の装束をお与えになりました。―-
源氏からのお返事も同じ紅梅色の紙に、お庭の梅の花を折らせて文にお結びになります。蛍兵部卿の宮は妬ましがって、ひどく読みたがっておいでですが、
「『花の枝にいとど心をしむるかな人のとがめむ香をばつつめど』とやあるつらむ」
――「人に咎められてはと隠してはいますが、あなたの御手紙にはひとしお、心惹かれます」とでもお書きになったのでしょうか――
ではまた。