09.4/19 361回
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(32)
その年の十一月に、
「いとをかしき児をさへ抱き出で給へれば、大将も、思ふやうにめでたし、と、もてかしづき給ふこと限りなし。その程の有様、言はずとも思ひやりつべき事ぞかし」
――(玉鬘が)たいそう可愛い男の子さえお産みになりましたので、大将も今は思いどおりになって仕合せだと、いっそう尚侍の君(玉鬘)を大切になさる。その時分のご様子がどのようであったかは、言わずともご想像できるでしょう――
父の内大臣も、これが自然な願いどおりの玉鬘のご運であると納得なさっておられます。頭の中将(柏木)などは、冷泉帝にはまだ皇子がいらっしゃらず、そのことをお嘆きのご様子ですので、玉鬘が宮仕えでもなさっていらしたら、どんなに名誉なことがあったであろう、などと、虫のよいことを言われます。
「公時はあるべきさまに知りなどしつつ、参り給ふことぞ、やがてかくてやみぬべかめる。さてもありぬべき事なりかし」
――(玉鬘は)尚侍の公務は、里邸で規定通りのお勤めをなさりながら、参内なさることは、あの時だけになりそうです。それも尤もなことですね――
「まことや、かの内の大殿の御娘の、尚侍のぞみし君も、さる者のくせなれば、色めかしうさまよふ心さへ添ひて、もてわづらひ給ふ。(……)」
――そういえば、かの内大臣の娘で、尚侍のお役を望んでいました近江の君も、あのような気立ての人の癖で、この頃は妙に色めかしくそわそわし始めて、父君も持て余していらっしゃる。(弘徽殿女御も、そのうちきっと軽はずみなことを仕出かさないかと、はらはらしていらっしゃる。父大臣も「もう人中に出るのではない」と制しなさるのも聞かず、あちこちに出て行かれるようで)――
どのような折でしたか、夕霧が内大臣家にいらっしゃるときに、女房たちが「宰相の中将(夕霧)は、やはり、他の方とは違っていらっしゃる」とほめているところへ、この近江の君が押し分けて出てきて、「この方だわ、この方だわ」と褒めそやし大騒ぎしています。不躾にも歌を差し上げます。その歌はこのようなものでした。
「北の方がお決まりでないなら、私が行って上げますから、お住いを教えてください」
夕霧は、ああ、あの評判の今姫君かと可笑しくなって、返歌に、
「よるべなみ風のさわがす船人もおもはぬかたにいそづたひせず」
――妻が決まっていなくても、気の向かない所へはいきません――
女はさぞ気まり悪い思いをしたことやら。
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】おわり。
ではまた。
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(32)
その年の十一月に、
「いとをかしき児をさへ抱き出で給へれば、大将も、思ふやうにめでたし、と、もてかしづき給ふこと限りなし。その程の有様、言はずとも思ひやりつべき事ぞかし」
――(玉鬘が)たいそう可愛い男の子さえお産みになりましたので、大将も今は思いどおりになって仕合せだと、いっそう尚侍の君(玉鬘)を大切になさる。その時分のご様子がどのようであったかは、言わずともご想像できるでしょう――
父の内大臣も、これが自然な願いどおりの玉鬘のご運であると納得なさっておられます。頭の中将(柏木)などは、冷泉帝にはまだ皇子がいらっしゃらず、そのことをお嘆きのご様子ですので、玉鬘が宮仕えでもなさっていらしたら、どんなに名誉なことがあったであろう、などと、虫のよいことを言われます。
「公時はあるべきさまに知りなどしつつ、参り給ふことぞ、やがてかくてやみぬべかめる。さてもありぬべき事なりかし」
――(玉鬘は)尚侍の公務は、里邸で規定通りのお勤めをなさりながら、参内なさることは、あの時だけになりそうです。それも尤もなことですね――
「まことや、かの内の大殿の御娘の、尚侍のぞみし君も、さる者のくせなれば、色めかしうさまよふ心さへ添ひて、もてわづらひ給ふ。(……)」
――そういえば、かの内大臣の娘で、尚侍のお役を望んでいました近江の君も、あのような気立ての人の癖で、この頃は妙に色めかしくそわそわし始めて、父君も持て余していらっしゃる。(弘徽殿女御も、そのうちきっと軽はずみなことを仕出かさないかと、はらはらしていらっしゃる。父大臣も「もう人中に出るのではない」と制しなさるのも聞かず、あちこちに出て行かれるようで)――
どのような折でしたか、夕霧が内大臣家にいらっしゃるときに、女房たちが「宰相の中将(夕霧)は、やはり、他の方とは違っていらっしゃる」とほめているところへ、この近江の君が押し分けて出てきて、「この方だわ、この方だわ」と褒めそやし大騒ぎしています。不躾にも歌を差し上げます。その歌はこのようなものでした。
「北の方がお決まりでないなら、私が行って上げますから、お住いを教えてください」
夕霧は、ああ、あの評判の今姫君かと可笑しくなって、返歌に、
「よるべなみ風のさわがす船人もおもはぬかたにいそづたひせず」
――妻が決まっていなくても、気の向かない所へはいきません――
女はさぞ気まり悪い思いをしたことやら。
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】おわり。
ではまた。