永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(702)

2010年04月10日 | Weblog
2010.4/10  702回

四十二帖 【匂宮(にほふのみや)の巻】 その(7)

さらに、薫のお心の内では、

「かの過ぎ給ひにけむも、安からぬ思ひに結ぼほれてや、などおしはかるに、世をかへても対面せまほしき心つきて、元服はもの憂がり給ひけれど、すまひはてず、おのづか
ら世の中にものなされて、まばゆきまではなやかなる御身の飾りも、心につかずのみ、思ひしづまり給へり」
――あの亡くなられた方(柏木)も、煩悩を断ち切れずに死なれたのではないだろうか、と思い巡らせていますと、あの世に行ってでも、父君にお逢いしたい気持ちでいっぱいになるのでした。元服の儀にも気がすすまれないのですが、そうかと言って断る事もできず、自然と世間からちやほやされているご生活の贅沢さにも落ち着かず、物憂くすごされておいでです――

 今帝も女三宮とご兄妹でいらっしゃるので(御父宮は朱雀院)、薫を大そう大切に思っておられ、明石中宮もまた、もともと薫が同じ六条院でご自分の御子たちと一緒に成長されていたあの頃と、少しも変わらぬお扱いをされていらっしゃるのでした。

 その昔、源氏が、

「末に生まれ給ひて、心苦しう、おとなしうもえ見おかぬこと」
――(この薫は)私の晩年にお生まれになって、可哀そうに、成人するまで私は見届けられないなあ――

 と、おっしゃっていらしたのを、思い出しては、殊に明石中宮はお心を込めてお世話なさっておいでです。夕霧も、ご自分のお子たちより濃やかに、大切に見守って何かにつけてお世話をしていらっしゃる。

「昔光る君と聞こえしは、さるまたなき御おぼえながら、そねみ給ふ人うち添ひ、母方の御後見なくなどありしに、御心ざまももの深く、世の中を思しなだらめし程に、ならびなき御光を、まばゆからずもてしづめ給ひ、(……)」
――昔、光る君とおっしゃる方は、桐壺帝のまたとないご寵愛を受けながら、妬む方が多かったりした上に、御母方に有力な御後ろ盾がないために、ご性質が考え深く、世の中に対して慎重なご態度で角のたつようなことはなさらなかったのでした。あれほどの並びないご威勢にも、目立たぬように控え目になさり、(明石須磨の大事件をも無事に凌ぎ通されて、来世のための修業も時期を誤らずにお勤めになられたのでした)――

 それに比べて、

「この君は、まだしきに世のおぼえいと過ぎて、思ひあがりたること、こよなくなどぞものし給ふ」
――この薫は、まだお若いうちから世の御声望がありすぎて、誇り高いことはたいへんなものでいらっしゃる――

◆すまひはてず=辞ひ果てず=辞退できず。断れず。

◆写真:女郎花(おみなえし)風俗博物館

ではまた。