2010.4/26 716回
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(3)
冷泉院からのお手紙は、たいそうご熱心で、玉鬘は思案にくれながらも、あの時の事を思い出して、恥ずかしくも、申し訳なくも考えておりますうちに、
「この世の末にやご覧じ直されまし」
――この生涯の終り近くになって、娘を差し上げることで、院のご機嫌をお直しいただこうかしら――
などと、いよいよどうしたものかと迷っておられます。
「容貌いとようあはする聞こえありて、心かけ申し給ふ人多かり。右の大殿の蔵人の少将とか言ひしは、三條殿の御腹にげ、兄君達よりもひきこし、いみじうかしづき給ひ、人柄もいとをかしかりし君、いとねんごろに申し給ふ」
――玉鬘のご長女の大君(おおいぎみ)はたいそうご器量も優れていらっしゃるとの評判で、心を寄せ、お申込みをなさる方々がたくさんいらっしゃいます。右大臣(夕霧)の六男で、蔵人の少将とおっしゃる方は、三條殿(雲井の雁)腹で、兄君達より官位も上で、大切にされている方ですが、この方が熱心に大君をご所望になっていらっしゃいます。――
雲居の雁も息子のために玉鬘にお文を差し上げておられますし、夕霧も、
「いと軽びたる程に侍るめれど、思しゆるす方もや」
――(蔵人の少将は)今はまだごく軽い身分ですが、大目に見てご承諾くださるお気持はございませんか――
とお口を添えられます。が、玉鬘は、
「姫君をば、さらにただのさまにも思し掟て給はず、中の君をなむ、今少し世の聞こえ軽々しからぬ程に、なずらひならば、然もや」
――大君には、全く普通の結婚(臣下)などさせるお積りはなく、次女の中の君ならば、少将がもう少し世評も軽くないほどに釣り合うようになった頃に、許しても良い――
と、心の中では思っております。
「ゆるし給はずば、盗みも取りつべく、むくつけきまで思へり。こよなき言とは思さねど、女方の心ゆるし給はぬ事の紛れあるは、音聞きもあはつけきわざなれば、聞こえつぐ人をも、『あなかしこ、過ち引き出づな』など宣ふに朽たされてなむ、わづらはしがりける」
――(少将は)お許しがなければ姫君を盗み出してでも……と、外目にも不気味なほど思いつめている様子も見えます。玉鬘は、この御縁をまんざら悪いとは思っておりませんが、女の側で承知せぬうちに間違いでも起こっては、世間でも軽々しく取り沙汰されて困ったことになりますので、少将のお文を取り次ぐ女房たちにも、「気をつけて、間違いを引き起こしてはならぬ」と厳しくおっしゃるので、女房達は気が重くなって、お取り次ぎも迷惑がるのでした――
◆ただのさま=詰まらない臣下などに
ではまた。
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(3)
冷泉院からのお手紙は、たいそうご熱心で、玉鬘は思案にくれながらも、あの時の事を思い出して、恥ずかしくも、申し訳なくも考えておりますうちに、
「この世の末にやご覧じ直されまし」
――この生涯の終り近くになって、娘を差し上げることで、院のご機嫌をお直しいただこうかしら――
などと、いよいよどうしたものかと迷っておられます。
「容貌いとようあはする聞こえありて、心かけ申し給ふ人多かり。右の大殿の蔵人の少将とか言ひしは、三條殿の御腹にげ、兄君達よりもひきこし、いみじうかしづき給ひ、人柄もいとをかしかりし君、いとねんごろに申し給ふ」
――玉鬘のご長女の大君(おおいぎみ)はたいそうご器量も優れていらっしゃるとの評判で、心を寄せ、お申込みをなさる方々がたくさんいらっしゃいます。右大臣(夕霧)の六男で、蔵人の少将とおっしゃる方は、三條殿(雲井の雁)腹で、兄君達より官位も上で、大切にされている方ですが、この方が熱心に大君をご所望になっていらっしゃいます。――
雲居の雁も息子のために玉鬘にお文を差し上げておられますし、夕霧も、
「いと軽びたる程に侍るめれど、思しゆるす方もや」
――(蔵人の少将は)今はまだごく軽い身分ですが、大目に見てご承諾くださるお気持はございませんか――
とお口を添えられます。が、玉鬘は、
「姫君をば、さらにただのさまにも思し掟て給はず、中の君をなむ、今少し世の聞こえ軽々しからぬ程に、なずらひならば、然もや」
――大君には、全く普通の結婚(臣下)などさせるお積りはなく、次女の中の君ならば、少将がもう少し世評も軽くないほどに釣り合うようになった頃に、許しても良い――
と、心の中では思っております。
「ゆるし給はずば、盗みも取りつべく、むくつけきまで思へり。こよなき言とは思さねど、女方の心ゆるし給はぬ事の紛れあるは、音聞きもあはつけきわざなれば、聞こえつぐ人をも、『あなかしこ、過ち引き出づな』など宣ふに朽たされてなむ、わづらはしがりける」
――(少将は)お許しがなければ姫君を盗み出してでも……と、外目にも不気味なほど思いつめている様子も見えます。玉鬘は、この御縁をまんざら悪いとは思っておりませんが、女の側で承知せぬうちに間違いでも起こっては、世間でも軽々しく取り沙汰されて困ったことになりますので、少将のお文を取り次ぐ女房たちにも、「気をつけて、間違いを引き起こしてはならぬ」と厳しくおっしゃるので、女房達は気が重くなって、お取り次ぎも迷惑がるのでした――
◆ただのさま=詰まらない臣下などに
ではまた。