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【賢木】の巻 (6)
源氏はこの時とばかり、
五檀の御修法で帝が謹慎をしておられる隙を窺って、朧月夜の君付の女房中納言の手引きで、逢われます。
「女の御さまも、げにぞめでたき御盛りなる。重りかなる方はいかがあらむ、をかしうなまめき若びたる心地して、……」
――源氏は、朧月夜の君の魅力的で今が女盛りに、でもちょっと重々しさには欠けるものの、美しく若さの匂うさまを好ましくお思いになり、朧月夜の君は源氏の立派さに夢のような心地でした。――
程なく夜が明けるころに、すぐ傍で
「宿直(とのい)申し侍ふ、と声づくるなり……」
――宿直申しでございます、と、ことさら大声で言うようです。(どうも自分以外にもこの辺に隠れている近衛の者がいるのだろう。午前4時の交替をそれとなく知らせている。これに出会うとはなんと面倒な…)――
慌ただしく後朝(きぬぎぬ)のうたを交して、源氏は急ぎお帰りになります。籐少将という方が蔀(しとみ)の下で源氏のお姿をご覧になっていたことは、
「もどき聞ゆるやうもありなむかし」
――源氏のこの行動を誹謗申すこともきっとあるでしょう――
(物語の先を暗示させる作者の筆)
源氏はこのような朧月夜の君との逢瀬につけても、
「もて離れつれなき人の御心を、かつはめでたしと思ひ聞え給ふものから、わが心のひくかたにては、なほつらう心憂しと覚え給ふ折り多かり」
――私に取り合ってくださらない藤壺のお心を、一方ではご立派だと思うものの、やはり自分としてはつらく面白くないこととお悩みになることがおおいのでした――
藤壺中宮は御子の東宮のお力になってくださる方は、源氏をおいて他にないとは承知しているものの、源氏のお心が煩わしく世間に知られる恐ろしさに、思い止まられるようあれこれと悩まれておられましたのに、
「いかなる折りにかあらむ、あさましうて近づき参りたり。心深くたばかり給ひけむことを、知る人なかりければ、夢のやうにぞありける」
――どのような折りであったのでしょうか。源氏が思いがけなく寝所にお入りになりました。用意周到に計画されたようで、誰も気づかないことでしたので、藤壺はまるで夢のようにお思いになります――
◆五檀の御修法(ごだんのみずほう)=五大尊の御修法ともいい、帝または国の重大事のときにおこなう。
◆宿直申し(とのいもうし)=内裏に宿直する近衛の役人が、夜中の定刻に上官の人に対して、その由を名乗り、時刻を報告すること。
ではまた。