(西原村から阿蘇方面を望む。いたるところに震災の爪痕が残っている)
6月11日(土)朝5時10分、災害支援ボランティアメンバーを乗せたバスが宮崎県庁を出発した。この企画は、宮崎県と県社会福祉協議会、NPOの協働によるもので5月より毎週継続しているとのこと。参加費は無料。震災直後から、関係スタッフが現地に入り準備を重ねてきたものだと聞いた。午前7時30分、残りのメンバー2名と運搬用のトラックが合流。一路、西原村へ向かった。
午前9時15分薄曇りの空、西原村ボランティアセンターに到着した。西原村は、熊本市から一番近い村であり、南阿蘇観光の玄関口でもある。益城町に隣接し、人口は約7,000名。
私達は、受付、オリエンテーション後、指定された家屋の片付け現場に向かった。
指定されたAさん宅に着くと、コーディネーターのIさん(福島県から参加)の指示のもと、2つの倉庫のがれきを分別し、トラックにて配送した。
午前中約2時間、午後3時間の作業で、2トン車5台分、軽トラック5台分のがれきを処理を行った。コーディネーターや監督役のメンバーのお蔭で大量のがれきやその他の作業が効率よく進んだ。
しかし1日かけて支援できたのは、この家の全体の30%程度(私の感覚)であり、このような民家は無数ある。まだ復興までは数年かかるだろう。
(災害ボランティアセンターの様子)
一方、長期的な支援をされている方のひとり、埼玉から来られたKさんは65歳で定年したばかり。先月からこの活動で参加しており、テントで自炊をしながらめどがつくまで(7月または9月)ボランティアを続けるとのこと。
振り返ってみると、西原村の災害ボランティアセンターには、被災した方のニーズと支援したい災害ボランティアをつなぐ場所でもある。
全体がシステマティックに運営されている。奥のプレハブはさまざまなニーズやこれまで参加された方の経験や活動内容などを統括している場所。
手前のテントが、日々の活動状況をすべて把握する場所のようである。テントには、全国から来たボランティアがマッピングされた地図が掲載させており、西原村には、ほぼ全国からボランティアが参加していることを知った。
ボランティアに参加された方がメッセージを寄せている。会場のスタッフに聞いたところ、参加している方の約6割が女性、残りが男性とのこと。
今回は、レンタカーの手配からボランティアの申込みまですべてメンバーで実施予定だったが、急遽今回の企画に相乗りすることとなった。お蔭で交通費の出費もなく、運転からも開放された。帰りのバスの中、朝が早かったせいか、疲れと睡眠不足できつかった。新ためて今回の企画に感謝したい。「自分たちだけで自己完結型支援は難しい」と改めて感じた。自治体を巻き込んで、互いに得意な分野で支援しあう体制作りが必要である。
今回、災害現場に行って感じたこと、気づいたことなどたくさんあった。機会をみつけて、また参加したい。