大阪に住む母に新聞をつくり、プレゼントを添えて送った。
母とは、3歳のころ両親の離婚で、私は父親と祖母に引き取られて、宮崎で育った。
その後、父は倒産した会社の負債を15年にわたり支払い続けたこともあり、苦しい生活をした時期があった。しかし両親は必死に、それぞれの場所で頑張ってきたことをみてきた。
私自身も苦しい出来事も何度か経験したけれど、乗り越えられたのは両親からの愛情だったと思う。改めて感謝したい。
母とは、3歳のころ両親の離婚で、私は父親と祖母に引き取られて、宮崎で育った。
その後、父は倒産した会社の負債を15年にわたり支払い続けたこともあり、苦しい生活をした時期があった。しかし両親は必死に、それぞれの場所で頑張ってきたことをみてきた。
私自身も苦しい出来事も何度か経験したけれど、乗り越えられたのは両親からの愛情だったと思う。改めて感謝したい。
自分自身こどもができて、親の愛を「恩送り」するつもりで子育てにかかわってきた。嫁もひとり親家庭で育ったこともあり、気持ちは同じだ。
エピソードをひとつ。娘の結婚式前日「両親からの手紙」を渡した。両親への手紙の逆バージョンで、ちょっと笑える内容ながらも、どれだけ大切に思っているか、一緒に過ごした思い出などをしたためた。そして、娘からはとても喜んでもらえた。
苦しいことは人生にはつきもの。しかし、愛情を確かめあうことで乗り越えていけることも多いと思う。普段、そんなことをすると「どうしたの?なにかあったの?」となるけれど、こんな機会にのっかって愛情を表現するって大切だと改めて思った母の日。
エピソードをひとつ。娘の結婚式前日「両親からの手紙」を渡した。両親への手紙の逆バージョンで、ちょっと笑える内容ながらも、どれだけ大切に思っているか、一緒に過ごした思い出などをしたためた。そして、娘からはとても喜んでもらえた。
苦しいことは人生にはつきもの。しかし、愛情を確かめあうことで乗り越えていけることも多いと思う。普段、そんなことをすると「どうしたの?なにかあったの?」となるけれど、こんな機会にのっかって愛情を表現するって大切だと改めて思った母の日。
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