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2016.6.27 思い出

 今年も早いもので夏至が過ぎ、6月も終わろうとしているが、私にとって6月は特別な月であり、毎年同じことを思い出す。

それは当『ミニ山の会』におけるToshiとHiromiとの出会いだ。

Toshiと出会ったのが9年前の6月16日。

Hiromiと出会ったのは、それより6年あとの同じく6月15日だった。

そしてこの二人は年の差が6歳。

私にしてみると、長男が生まれた6年後に長女が誕生したような思いだ。

 

 Toshiとは2007年の6月16日、金山コースから登った『夕張岳』の頂上で出会った。

当日登山口に着いてみると、先行者の車が1台だけ。

それがToshiであり、頂上で追いついた時に誰もいなかったこともあり、会話にった。

Toshiが「来るときクマに遭いませんでしたか?」と聞いてきた。

「いや」と答えると、「ボク遭っちゃったんですよね」と。

それでその時の会話は終了し、昼食準備の私から離れてToshiが下山を開始した。

頂上から金山コースを下って行く姿が見える。

と、そのとき一瞬「ハッ」とした。

 

見るからに初心者であるToshiが登路でヒグマに遭遇し、普通ならそこで引き返すものをそのまま進んだその勇気、

「これはモノになるぞ!」との思いが湧き上がり、後を追って下山開始。

ただ追いつくのはたやすい。

しかし、登山道脇には遅い雪解け地からギョウジャニンニクが無数に生えている。

それも採らなきゃならないので、まあまあ忙しかった。

ザックの空きスペースを満杯にして走った。

 

Toshiには登山口近くになって追いつき、会話をしながら下山。

そして良い性格を確信して「一緒にやってみないか?」と誘った。

Toshiは「いいですねえ」とのってきて入会。

 

ただ、このときのToshiはまだカヌーが中心で、「山登りは月に一回のお付き合いですよ」程度だった。

それが2012年のブログ『坂の上の雲』開設以来変わった。

ブログアップというゼンマイに巻かれ、毎週1回は登るようになった。

それに比例し、カヌーからはしだいに離れ、最近になってとうとう売却してしまった。

 Hiromiとは2013年6月15日、『神居尻山』のBコースを下山中、一人で登ってくるところで出会った。

トレランシューズにコンパクトザック。

しかし、女性が単身入山してくる勇気を買って話しかけた。

 

「いつも一人で登るの?」、

「あ、いえ、あ、今は一人です」。

この答えが気に入った。

独身のHiromi、以前は一緒に登る男性がいたのだが、今は一人ですよと言っているのがありあり。

正直者と直感し、「これはつかえるぞ」、と思い、

「一緒にやってみないか? 私と一緒に登ると素晴らしい体験ができる、それだけは約束する」。

と口説いて別れた。

それから二週間を経て教えておいたパソコンアドレスにメールが入った。

このときのHiromiはToshiよりも素人っぽく、「私登るのが遅いんですぅ~」と、

まるでやる気がなさそうな口ぶりだった。

山行予定を組むにもいついつと連絡すると、「その日は体育館仲間との飲み会があるかもしれないのでいけないですぅ~」

などと山なんかそっちのけ!

このときは正直「こいつもダメかぁ・・・」とあきらめかけた。

また、登山靴が20年前に買ったとかで足にあっておらず、靴紐を全てのフックにかけていない。

致命的なので、「まず靴を買え」と言うと、「今年は車を買い換えちゃったんで、来年靴を買いますぅ~」

こりゃホントにダメだと思った。

 

ところが、同行登山で登山靴の重要性をすぐに理解して購入。

出会いから二ヶ月後の盆休み4連休登山で、意識が全く変わった。

あっと合う間にのめり込み、私が持論とする「山登りの一番のトレーニングは、やはり山登り」を実践し、

翌年は年間165回の山登りをこなした。

従ってグングン心肺機能と筋力が強化され、昨夏天人峡温泉から『トムラウシ山』を日帰りで踏破!

もはや普通の男性ではかなわぬほどの健脚者となった。

 先日Hiromiとどのくらい一緒に登ったか、自身の記録から拾ってみた。

すると3年間で299回の同行登山を重ねていた。

 私の長い山登り人生の中で、この二人との出会いはひじょうに大きい。

この二人、特に今はほとんど一緒に登っているHiromiと出会うまでは、山行の殆どが単独行だった。

この二人との山行は楽しく、日をまたいでの連登の際は、夜のバカっ話しに花が咲く。

毎回毎回大笑いをして涙を流す。

人生たった一度きり、日々笑って暮らさなきゃ損!

山登りも同じく楽しく行こうぜ~っ!

 

 

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2016.6.26 乃々と過ごす日曜日

 今日は月に一度乃々と過ごす日で、いつものように朝乃々を迎えに行った。

するといつもは外に出ておらず、しばらく待たされるのに、今朝は既に外に出ていた。

どうしたんだろうと思って車外に出ると、乃々が「ジジの日、ジジの日」と言ってこっちに来いという。

首をかしげながら乃々とママがいる方に近付くと、車のボンネットに「のどごし生」が置かれていた。

それでようやく事を飲み込めた。

一週間遅れの父の日のプレゼントだったのだ。

乃々、「ジジの日」じゃなく、「父の日」だからぁ~

私はこの「のどごし生」のプレゼントが一番嬉しい。

好きなのよねえ発泡酒が。

そして「のどごし生」が一番!

Ryo、Satomi、乃々、ありがとね~

 

 昨日の明け方から続く雨が降り止まぬ。

今日は一日曇り予報だったのに、昼を過ぎても一向に止む気配がなかった。

そんな雨を見越したかのように、作業が入った。

乃々が我が家に着くなり、「ババ、リカちゃんのおうち作ってえ」。

更に「会社も作ってえ」。

驚いてしまったババだが・・・

うちのババは実にえらい!

「できない」、「嫌だ」とは決して言わない。

難しそうな顔をしながらもクローゼットからダンボールを引っ張り出してきて、カッターでカットを始めた。

そうなるともう止まらないババ!

細かい仕事は自分が納得いくまでとことんやり遂げる。

ただ、ババがひとりで作り上げたのでは乃々のためにならない。

ババが形を作り、乃々が絵の具で着色をすることに決めて作業を進めた。

作業は一進一退を繰り返しながら、いやいや乃々が飽きるのをなだめながら進んだ。

そんな一直線に突き進むババには申し訳ないので、私が昼食のそばをゆでて用意した。

昼は天ぷらそばにし、その後も作業は進む。

そして3時半を過ぎて、ババと乃々の共同作品が出来上がった。

時を同じくして雨も上がったが、もうそろそろ乃々を送って行く時間になった。

出来上がったリカちゃんの家と、ババのビーズ細工作品からネックレスを20数本バッグに詰めて車に乗り込んだ。

せっかく雨が上がったので、途中の公園で少し遊んでから送っていった。

別れ際、「ジジ、チューっ!」と言って頬を舐められたが、めんこいなあ・・・

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2016.6.25 雨中トレーニング

 この週末は、またどこもここも雨予報で逃れられそうにない。

そんなときは遠くへ出かけず、札幌の山でトレーニングと割り切る。

  昨夕仕事を終えてそのまま銭湯に寄って『手稲山』麓へ。

車中でひとり飲んでいると、9時半ころになって助手席の窓ガラス越しに覗き込む者がいる。

後部座席で足を伸ばしていた私は、スライトドアを開けて言った、

「どうした?」

すると、そこにいた男がこう言った。

「最近すぐそこで練炭を炊いて自殺した人がいるもんですから。練炭炊いてませんよね?」。

(この夏にそんなもの炊くやついるかよ)

そしてそのまま行こうとするから、

「いったい何者なんだ?」と問うと、

「あっ、この先の(ゴルフ場)従業員です」。

こんな自殺に関わる話しは以前にもあったが、それはまた別の機会に話そう。

 

 今朝予報通り明け方から雨が降り出した。

5時に起きて目の前の『千尺高地』(492m)に登った。

雨はそれほど強くない。

ピークから下山し始めると、間もなく下から赤いものが上がってくる。

よく見るとHiromiだ。

Hiromiは今日仕事がらみで恵庭へ出かける予定だった。

しかしその前に時間があるのでトレーニングとのこと。

思えばこの『千尺高地』は3年前私が教えたもので、以来時間ができるとここに登ってきたHiromiだ。

いつも私と歩いているHiromiもまた広いところ、『千尺』が大好きになったというわけだ。

またHiromiは4月に異動となってから仕事が忙しく、今朝聞いた話だと、最近は5時間の睡眠時間を確保するのがやっと、

とのこと。

なんか見るからに余裕なさそうで気の毒になる。

そこへ行くと、オラぁ気楽なもんだ~

  Hiromiとはそのまま別れて、私は『三角山』(311m)へ。

人の多い『三角山』も、さすがに雨が降りしきる中では誰もおらず、と思いきや下山の登山口近くになって男性一人とすれ違った。

この男性、私と同じくビニール傘を差していた。

それから移動して『奥三角山』(354m)に登るも、いよいよ風雨が強くなってきたので下山後帰途に着いた。

  

 こんな日は『サイゼリヤ』で一杯やるのが一番!

この後『ミニ山の会』のメンバーでまた一杯やるのさぁ~

 

 

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2016.6.19 『岩内岳』(1,086m)~『雷電山』(1,212m)

  昨日の夜は『岩内岳』麓で車中泊。

夕方4時前から飲み、早い夕食後すぐ寝入ってしまうHiromiに対し、

一人日の長い夕暮れを楽しんだ。

 

 今朝6時10分、登山口をスタート。

昨日とは空気が違っていた。

暑くなる予感。

Hiromiが快調に歩を進める。

私は着いて行くのが大変。

5合目を過ぎて傾斜が増すと、Hiromiとの差はだんだん広がって行く。

そして9合目でようやく森林限界となり展望が一気に開ける。

7時40分、『岩内岳』頂上。

暑いので頂上直下の片隅で衣替え。

このシーズンはやはり短パンだ。

 

 『岩内岳』頂上でゆっくり休んだ後、『雷電山』を目指す。

『雷電山』には10数年前、一度だけ『目黒内岳』経由で登ったことがある。

しかし、その時の記憶がまるでない。

原因はその頂上のつまらなさにある。

広い笹原の中に突然現れる頂上は全く展望がきかず、なんの感動もない。

そんな頂上の記憶が、その道筋の記憶まで消し去ってしまったようだ。

従って今日は実に新鮮な気持ちで楽しく歩いた。

ちなみに『雷電山』頂上は、私の「嫌な頂上」ワーストⅡ!

ワーストⅠは『大平山』(島牧村)、Ⅲは『標津岳』(道東)。

いずれも展望が利かない。

展望が利かない山ならたくさんあるのだが、この三山は展望を期待して登ってしまったため、

その反動が大きくて嫌な印象が残ってしまったのだろう。

 

 『岩内岳』を下ってからは『目黒内岳』への分岐を過ぎてアップダウンを繰り返しながら進む。

所要時間からして『岩内岳』~『雷電山』間は、約4kmの行程と思われる。

しかし見通しが効くものだから、やけに遠く感じる。

登山道は中間点の『幌別岳』(1,174m)脇をかすめて笹の大草原へと下る。

この笹だが、約3mの幅で入念に刈り取りがされている。

従って、延々と明るい登山道が確保され、展望も効く。

このひじょうに長い登山道を維持管理されておられる当該関係機関の方々には、心よりお礼を申し上げたい。

 明るく気持ちの良い笹の回廊を歩いていると、突然沼が現れた。

美しい沼で、「五つ沼」と立札があった。

 

そんな美しい沼のことも記憶にないのだから、驚いて首をかしげてしまう。

「五つ沼」を過ぎると道は緩やかに登り始め、左手(南)に崖状のお花畑が現れると、間もなく頂上となる。

  9時30分、『雷電山』。

この行程の記憶を全てなくしてしまったが、頂上だけは覚えていた。

何も変わることなくつまらない頂上。

すぐあとにした。

 

 復路に入り、下半身の疲労が蓄積してきた。

登りでは全くHiromiについて行けず、しかしながら下山は私の方が速い。

そこで登りではHiromiが先に立ち、下降は私が先に立つというパターンが、

知らず知らず出来上がり、アップダウンを繰り返して進んだ。

 

 10時50分、再び『岩内岳』頂上。

この登り返しも辛かった~

スタスタ登るHiromiにおいてかれた~

このブログのタイム、以前は遅れて着いてくるHiromiのタイムを記載していたが、

今は遅れて着いていく私のタイムを載せている。

う~ん、環境の変化が大きすぎたか、歳なのかぁ・・・?

Hiromiに言ってみた。

「登りはもう速く登れないわぁ・・・」

すると、「いやぁ、Amigoさんはなんも遅くないですよ~ 私が速くなったと思います」

こらーっ!!

 

 『岩内岳』に登ると思い出すことがある。

今からちょうど10年前の5月、まだ雪が多く残っている頃だった。

4人パーティーで登った折、下山を開始して間もなくの9合目で女性の一人がスリップして左脚を骨折してしまった。

通常なら救助のヘリコプターを依頼するところだが、この女性は配偶者に登山を反対されていたため、

ことを大げさにしくない様子。

そこで私が背負って麓のロッジ横に止めてあった車まで運んだ。

体重60kgの女性を背負って標高差800mの下りだ。

何度も休みながらだったが辛かった。

そして翌朝、下半身に人生の中で最も激しい筋肉痛が残っており、歩くのも大変だった。

登山は自己責任

それを家族もきっちり理解している者のみに許されるスポーツだと痛感した。

そんな嫌な思いが残る『岩内岳』には、今日その時以来10年ぶりに登った。

 

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2016.6.18 『両古美山』(806m)

 この週末は特に日曜日、珍しく後志地方が好天との予報を受け、

土曜の朝Hiromiを拾い、積丹半島を目指して車を走らせた。

ただ、土曜の予報は曇りのため、山行予定を標高1,000m未満の山と決めていた。

あとはガスの高さを見ながら出たとこ勝負。

しかし、どこもここも山裾まで覆い尽くした低いガスから逃れることはできなかった。

 

10時ちょうど、未踏の『両古美山』登山口をスタート。

この登山口が面白い。

道々を覆うシェルターの上を渡る人専用の鉄橋を渡って階段を降り、地面に足を下ろす。

そして登山口。

辺りは低いガスの中で、霧雨状態。

行程が短いものだから、雨具を着用していなかった。

従って登山道脇の草にパンツが擦れる度に水分が付着し、それがソックスを伝い、

やがて靴中をベチャベチャに濡らしてしまった。

スタートが標高約600mの当丸峠頂上から始まるため、獲得標高差がわずか200mしかない。

しかるに楽な行程ではあるのだが、とにかくガスで何も見えないのは、つまんね~

ハイマツ帯に出ると、晴れていたなら明らかに素晴らしい眺望が広がるであろうと感じさせてくれるロケーションだ。

何の感動もない頂上を踏んだ後は、600m先の「展望台」まで足を伸ばしたが、

やはり何も見えない展望台をすぐあとにし、下山開始。

登路で目にしたタケノコを採りながらの下山が、この山のささやかな収穫であった。

下山後隣りの『当丸山』にも登る予定でいたが、

一旦車に戻ってしまうと、もうその気がなくなり、グッチョグチョの登山靴を脱いで「ホッ…」

今度は晴れたときに再び登ってみよう。

 

 

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2016.6.12 『美唄山』(987m)

 

 昨夜の宴を受けて、今朝は少々二日酔い。

多少クラつく頭で7時過ぎに家を出た。

Hiromiを拾って美唄へ。

いつも遅い時期に登る山なので、美唄ダム横に施設されている頑強なゲートが閉じられている。

従って、そこから登山口までの約5kmの車道を歩いてきた。

そこで今回は念のためMTBを積んで出た。

 

そして正解!

美唄ダム横のゲートは開放されていたが、そこから約1km走ったところに工事用のゲートが施設されており、施錠されていた。

車はそこまで。

この工事とは道々美唄~富良野線の開削工事だ。

もう随分年月を重ねて行われているが、あまり進んでいるようには見えない。

 

 9時20分、工事用ゲートをMTBでスタート。

最初はアスファルト路面で快適だ。

車なんか来る心配はないのに、Hiromiはきっちり左端を走行する。

車道はやがて砂利道となり、登りがほとんどなのできつい。

 

 9時40分、登山口。

昔はこの登山口まで車で入ることができたものだ。

登山口からは林道が続くので、そのままMTBで入山したが、汚い水溜りが次が次へと出てきて、

いくらも進まないうちに徒歩に切り替えた。

緩やかに登り続ける林道は、ほとんどの部分が日陰になっているので、歩いていても涼しい。

やがて林道は終点となり、水量の少ない沢を渡渉して登山道となる。

登山道とは言っても、古い林道を利用したものらしく、道幅が広い。

 

 10時35分、古い林道終点。

ここから急登となり、一気に斜面を駆け上がって尾根上を目指す。

昨日仕事で登れなかったHiromiはうっぷんを晴らすかのようにガンガン登る。

それに対し、昨日山ほどのウドを担ぎ下ろした私は下半身が筋肉痛で、だるくてだるくてついて行けない。

尾根上に上がったあとは、一旦下って前峰を目指して登り返すが、この登りがきつい。

斜度がきつい上に滑る。

しかし、うっそうとした熊笹の回廊はタケノコだらけ。

にょきにょきとそこら中に生えている。

下山時には採って帰ろうと決め、Hiromiの後を追う。

そんな中、頬に違和感を感じ、手で触れてみると何かがくっついている。

なかなか取れないが力を込めて取ってみると、ダニだ!

その後今度は耳の後ろあたりがモゾモゾするので触れてみると、またダニだ!

これは大変とばかり下に目をやると、右大腿にダニ! 左大腿にもダニ!

「コノヤローっ!」と思いつつ、振り返るとふくらはぎにもダニ!

その他シャツにダニ! 短パンにダニ! タオルにもダニ!

もう、ダニ、ダニ、ダニ!!

ひどいもんだ。

こんなに次から次へとまとわりつかれたのは初めてだ。

そしてそれはどうやらあの笹の回廊の中のことだけらしい。

 

 11時30分、頂上着。

頂上にもダニを運んだようで、何匹も見つけては潰した。

ラーメンを食べて下山に入り、笹の回廊では予定通りタケノコを収穫。

そんなものには目もくれず、どんどん下りていくHiromiだが、あとで追いついてみると、

ちゃっかりザックにタケノコがくくりつけられていた。

笹の回廊から離れるに従って、ダニは現れなくなった。

しかし、そんな嫌われ者のダニも、私にとってはたいして気になる存在ではなく、そんな中でも短パン着用。

  途中でMTBを回収し、スイスイ下って、

13時35分、登山口。

更にビュービュー車道を下って、

13時50分、ゲート着。

ああ、今日も楽しかったぁ~

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2016.6.11 歓迎会

 昨日の夜、Mocchanの歓迎会を開いた。

仕事の関係でなかなか一緒には登れそうもないが、それは多忙を極めるAotaも同じこと。

そのAotaは先月不整脈を取り除く手術を受け、目下単独でトレーニングを再開したところ。

まあみんな元気で楽しくやろうや!

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2016.6.11 『神居尻山』(947m)

 

 昨夕終業後、『神居尻山』へ向かった。

今回はHiromiが土曜出勤のため、ひとりである。

日が長いというのはこんなにも気持ちが良いものか、

と思わずにはいられない貴重な夕暮れを『神居尻山』麓で楽しんだ。

 

 今早朝道民の森に入っていくと、何やら見たことのある看板が・・・

登山者に対する駐車場を指示する案内板だ。

「これは・・・」と思った通り、昨年に続く工事のため、宿泊施設「せせらぎ棟」横で通行止め。

そして工事内容は昨年同様道路脇斜面の法面工事。

期間は9月20日まで。

  指定された臨時駐車場を6時前にスタートしてBコース登山口へと向かった。

今回は鬼の、いやHiromiが居ぬ間の山菜採りが目的だ。

ちょうど3年前の6月、Hiromiとこの『神居尻山』で知り合うまのでは、

この時期けっこう山菜採りに時間を費やしていた。

しかし、Hiromiが同行するようになると、

山菜には全く興味を示さないものだから、採る時間がなくなってしまった。

従って、今日はチャンス!

 

 登路より望む『神居尻山』頂上付近はガスに包まれていたが、私が頂上に立つ頃に晴れてくれた。

雲海の向こうに白く輝く増毛山地が実に美しい。

花々も今が見ごろと咲き誇っている。

そんな風景をゆっくり楽しみながら下山を開始し、途中で私のウド畑に入る。

手頃なウドを次から次へと収穫し、たちまち空にして背負った45ℓのザックが満杯になった。

ずっしりとした重みを背に受け、膝をいたわりつつゆっくり下山。

下山後は移動してフキ採りだ。

太くて長いフキが生えている場所がある。

それもすぐにいっぱいになり、

11時、帰途に着いた。

これで今シーズンの山菜採りは終わり。

私は食べることより採るのが好きなのだ。

 

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2016.6.7~8 トレーニング登山

 「山登りの一番のトレーニングは山登り」

これが私の持論である。

  3月から職場が変わり、環境の変化でトレーニング不足となり、体重が増えて体力も明らかに低下した。

それで週の中、水曜日の終業後、銭湯に寄って札幌の何処かの山の麓で車中泊。

翌朝登って出勤することをしてきた。

今週は水曜日が雨予報であったため、昨日それを実施することにした。

すると運良く昨日は仕事が暇で午後3時上がり。

会社を出てそのまま盤渓市民の森へと向かった。

そして『三菱山』(482m)に登った。

札幌の山も緑が大変美しい季節だ。

下山して直近の『奥三角山』(354m)へ。

ここの緑もみごと!

頂上から190万都市札幌の街をしばし眺めて下山。

日が長いのでもう一つ、移動して『三角山』(311m)に登った。

『三角山』は前二山と比較し、人が押し寄せる山。

前二山では人に会うことはなかったが、この『三角山』は、もう6時近くに下山して行くと、まだ3組の登行者とすれ違った。

いずれも仕事が終わってトレーニングとして登っているのだろう。

  『三角山』から下山していつもの「湯屋サーモン」へ。

大急ぎで汗を洗い流し、浴槽には入らず出て『手稲山』麓へ。

ゆったりと車中泊ができる場所だ。

そしてカラカラの喉に、一気に「のどごし生」(50ml)を流し込んだ。

「う、うめぇーっ!!」

それからはラジオから流れる日ハムの試合を肴に飲むのだが、昨日は負けてしまいガックリ・・・

早めに就寝。

 

 今朝5時に起床して、目の前の『千尺高地』(492m)に登った。

明け方から車の屋根をパラパラと打つ雨音が聞こえたものの、起床時には上がっていた。

曇り空ながら気温が高い。

無理せず淡々と登下降し、移動。

続いて前日登った『奥三角山』へ。

『三角山』と違ってこの『奥三角山』は本当に人がいない。

人と出会ったことが数える程しかない。

静かな山だ。

  下山して着替え、片付けをすませて7時半、いざ出勤!

 

 

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2016.6.5 『浦臼山』(718m)~『樺戸山』(890m)

 

 今朝『浦臼山』の麓で目覚めた。

昨日一日中降り続いた雨は、夜になって上がった。

Hiromiはいつものように夕食後横になるとすぐに眠り込んでしまい、それがまた深そうなのよ、眠りが。

早い夕食だったので、5時過ぎには眠り込んでしまった。

そして夜遅くになって目を覚まし、歯磨きをしてまた寝る。

本当によく眠るやつで、結局今朝までに12時間眠ったことになる。

このところ仕事が忙しく、身体が眠ることを欲しているのだろう。

 

 7時10分、『浦臼山』登山口をスタートして『隈根尻山』を目指した。

このコースも過去に随分回を重ねて歩いた。

12年前に足を骨折して山登りをやめてしまった我が女房が、最も好きなコースだつた。

しかし、20年ほど前に『隈根尻山』一番川コースが開削されてからは、楽に登れるそちら側ばかりが利用されるようになり、

年々笹が繁殖して登山道を覆い、近年『樺戸山』~『隈根尻山』間が廃道となってしまった。

ところが1ヶ月前、札的沢から入山し、樺戸山頂上に立ったとき、笹を刈ったあとを発見。

その時はまだ積雪状態だったので、どこまで刈られているのかを確認せずに歩を進めた。

それで今回それを検証すべく入山した。

 

 昨日降り続いた雨が空気中のチリやホコリを洗い流し、澄んだ空気が新緑の美しさを際立たせる。

美しい、実に美しい緑だ。

スタートしてすぐに連なるうまそうなフキ、フキ、フキ・・・

しかし、それらを横目に黙々と登る。

直射日光が照りつけるものの、それほど暑くはない。

淡々と登って、

8時10分、『浦臼山』頂上。

ここまではかつてしっかりした林道があり、車で乗り入れられた。

そしてそれはまだしばらく続き、このシーズンは多くのタケノコ採りが車で上がってきていたものだ。

そんな林道はやがて終点に至り、いよいよ登山道の始まりだ。

しかしこの登山道、1年前に歩いた時より更に笹が勢力を増大していた。

もう笹、笹、笹の海で、足元が全く見えず、当然速くは歩けない。

しかもHiromiどころか私の背丈より高い部分があり、トンネル状態に。

ほとんど笹をかき分けての行軍だ。

ただ、ところどころで笹やブッシュを切り落とした跡が見受けられる。

明らかにどなたかが登山道維持のために手を入れてくださっている。

そんなことに感謝しながら、

9時30分、『樺戸山』頂上。

さて、『隈根尻山』への登山道は?

入口は笹刈りがされているものの、『隈根尻山』に目をやると、その山肌に笹を刈ったあとは見受けられない。

こりゃあ途中までだな、と判断して笹のトンネルに入る。

そしてアウト!

やはり廃道だ。

『隈根尻山』とのコルに向かって30mも下ると笹刈りの終点。

そのあとは屈強な笹の下に登山道が続いているのだから、強引に進めなくはない。

しかし帰路でその笹は逆目となり、『樺戸山』まで戻るのに大変な労力を強いられる。

迷わず引き返した。

 

また笹をかき分けながらアップダウンを繰り返して、

11時5分、再び『浦臼山』。

そこで昼食とした。

 
 
このとき一人の年配者とすれ違った。
 
その方はタチバサミを片手に、登山道脇のブッシュをパチンパチンと切りながら去って行った。

心の中で「ありがとうごさいます」と感謝申し上げた。 

登山口が近くになった頃、登路で美味そうに見えたフキを収穫。

フキはいくらでもあるので、すぐいっぱいになる。

 

 

 

 12時20分、登山口着。

登山者名簿に下山時刻を記入したHiromiが、「あの人笹刈りの人だわ」と言う。

「なにぃ~っ!?」と、私。

そして登山者名簿を見ると、名前を「石岡」さんという。

住所は私が住む江別市で、登山日程を5~7日と記してあり、入山目的を見て驚いた!

ただ「笹刈り」とある。

 

登山道で目にした笹やブッシュを切り落として下さっていたのは、この石岡さんだったのだ。

思えば下山の『浦臼山』頂上に、テントが一張り張られていた。

石岡さんは山中二泊で登山道の笹刈りをして下さるというのだ。

いやあ、頭が下がる。

本当にありがとうございます。

この場ではあるが、深く感謝申し上げたい。

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