先日ですが、いすみ鉄道のキハ52が国鉄一般色に塗装変更となりました。
キハ28の塗装と相まっていい感じを醸し出しております。
その前は国鉄首都圏色、そう、いわゆるタラコ色です。
私のような小学生時代を国鉄末期からJRに変わる時代を経験した世代(30代後半から40代前半)はこの「タラコ色」がまさに国鉄の色と感じてますが、それ以前はこの朱色とクリーム色のツートンが国鉄のカラー。
特急などでは見てましたが、一般のローカル線でもこの色とはいすみ鉄道で知るまでは知らないことでした(笑)
なにしろ、クリーム色と朱色のツートンなら大多喜や市原なら小湊鉄道ですから(笑)
そっか、元々国鉄の色だったのか!?と理解するまではなかなか気づきませんよ。物心ついた時にはタラコ色が基本なわけですからね。
でまぁ、キハを眺めながら感じるのは、この車両も立派な文化財になってるんだと思うことです。
昭和30年代から40年代の製造なわけですよ、とっくに50年くらいは経過しているわけです。
これがいまだに現役で走ってる。
かつ、現在は国吉で静態保存しているキハ30形だって車籍復活さえすれば現役で走行できるわけです。
私の世代ではこのキハ30形でタラコ色ってのがまさに『国鉄木原線』なわけですから。
これで上総中野駅での小湊鉄道キハ200形との並びなら往年の木原線時代を蘇りますし、もはやイベントになります。
これにね、腕木信号などがあれば昭和末期の木原線時代の再現なんですが、なかなかそこまでは難しいでしょうねぇ。
でも、それに近いことができればイベントになりますし、人集めやら便乗してのノベルティグッズやら観光ツアーなども企画すると面白いと思います。
昔は夏には養老渓谷で花火大会もありましたからね、イベントとして一時的に復活させても面白いじゃないですか。
冬でもいいわけですし。
冬に夜行列車をやって、上総中野駅で小湊鉄道に乗り換えるなりバスに乗り換えての養老渓谷での花火大会も面白いかもしれませんね。
元国鉄というだけでこれだけイメージとかつてのイベントと絡めて愉しめますから、まだまだ観光なり地域振興としてやりようはあると思うんですけどねぇ。
さて、本日もいい夢を見ながら明日の稼ぎを頑張りたいと思います。
キハ28の塗装と相まっていい感じを醸し出しております。
その前は国鉄首都圏色、そう、いわゆるタラコ色です。
私のような小学生時代を国鉄末期からJRに変わる時代を経験した世代(30代後半から40代前半)はこの「タラコ色」がまさに国鉄の色と感じてますが、それ以前はこの朱色とクリーム色のツートンが国鉄のカラー。
特急などでは見てましたが、一般のローカル線でもこの色とはいすみ鉄道で知るまでは知らないことでした(笑)
なにしろ、クリーム色と朱色のツートンなら大多喜や市原なら小湊鉄道ですから(笑)
そっか、元々国鉄の色だったのか!?と理解するまではなかなか気づきませんよ。物心ついた時にはタラコ色が基本なわけですからね。
でまぁ、キハを眺めながら感じるのは、この車両も立派な文化財になってるんだと思うことです。
昭和30年代から40年代の製造なわけですよ、とっくに50年くらいは経過しているわけです。
これがいまだに現役で走ってる。
かつ、現在は国吉で静態保存しているキハ30形だって車籍復活さえすれば現役で走行できるわけです。
私の世代ではこのキハ30形でタラコ色ってのがまさに『国鉄木原線』なわけですから。
これで上総中野駅での小湊鉄道キハ200形との並びなら往年の木原線時代を蘇りますし、もはやイベントになります。
これにね、腕木信号などがあれば昭和末期の木原線時代の再現なんですが、なかなかそこまでは難しいでしょうねぇ。
でも、それに近いことができればイベントになりますし、人集めやら便乗してのノベルティグッズやら観光ツアーなども企画すると面白いと思います。
昔は夏には養老渓谷で花火大会もありましたからね、イベントとして一時的に復活させても面白いじゃないですか。
冬でもいいわけですし。
冬に夜行列車をやって、上総中野駅で小湊鉄道に乗り換えるなりバスに乗り換えての養老渓谷での花火大会も面白いかもしれませんね。
元国鉄というだけでこれだけイメージとかつてのイベントと絡めて愉しめますから、まだまだ観光なり地域振興としてやりようはあると思うんですけどねぇ。
さて、本日もいい夢を見ながら明日の稼ぎを頑張りたいと思います。
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