エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

本物と偽物の差

2016-01-03 10:50:24 | アイデンティティの根源

 

 

 

 
お役所仕事という狂気 再改訂版
  さあ、本日のテーマはお役所仕事です。 お役人のお仕事はいったいどういうものなんでしょうか? 私は簡単に申し上げると、お役人のお仕事は、「狂気」だ、というこ...
 

 神様を日々冒涜している人の、つづき。闇が病みになってますよね。

 Young Man Luther 『青年ルター』p.249の、6行目途中から。

 

 

 

 

 

ルターは、心が千々に乱れると、「悪魔の仕業だなぁ」と思って納得して、悪魔をばかにして、寝ちゃう場合が多かった。いつの時代にあっても、自分らがやろうとしていることに、心の中で邪魔が入ったり、自分の自尊感情を心の中で引き下げようとする者に対して、その時代時代の解釈があるものですね。

 

 

 

 

 

 確かにそうですね、時代によって、その解釈に違いがあります。中世ヨーロッパでしたら、悪魔の仕業と思っていたことが、20世紀になれば、無意識の悪戯ということもあったでしょう。

 でも、キリスト者であれば、自分がやろうとしていることよりも、御言葉を大事にすることが大事になる所です。いや、むしろ、御言葉に従う中から、自分がやろうとしていることが出てくるはずです。

 本物は、御言葉から、自分がすべきことが自ずから生まれてきます

 偽物は、自分がやりたいことを、御言葉で正当化、粉飾します。

 神は、そのいずれも救い給います。

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すべて人は兄弟であるのを、みんなが思い出しますように

2016-01-03 08:17:53 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
今の日本の、偶像崇拝は、信念を失って不安になってること、モノ以上の目的を失くしちゃうことに出てる
  人を大事にしていることの証拠は、関係の深さと、関わるものがイキイキしてしなやかになること。 p96の第2パラグラフ。  &...
 

 本物のセラピストは、因果関係や数量よりも、「人間って、何者?」に応え得るだけの人生哲学が大事ですね。

 The lie cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』の第4章、「自我と人品 : 結びの覚書」p103の、下から10行目途中から。

 

 

 

 

 

とにかく、明らかなのは、人間関係を心理的に見る視点から見たら見えてくる、心の深みにある向き・指針は、発達上の見通しばかりか、歴史上の見通しと重なってくるのも当然だ、ということです。あるいは、明らかなのは、臨床場面を観察をしていくと、様々な年齢の、世界中の様々な国や地域の、クライアントを治療する時に、このような気付きが与えられて、科学技術や歴史的条件が変化しても変わらない、根源的な人間力と、芯になりやすい、心の乱れを、ハッキリ示すことに役立つ、ということです。このようにして、臨床心理の仕事は、歴史を変革していこう、「人類皆兄弟」という意識に皆がなるようにしていこう、という、皆の心にある鼓動をいろんな形で慮るようにしてくれるものです。

 

 

 

 

 

 不思議ですね。昨日、NHKの「100分de平和論」で、高橋源一郎さんが紹介していた、ボルテール『寛容論』のことば

「…神であるあなた…、すべて人は兄弟であるのを、みんなが思い出さんことを」

とエリクソンが教えている、セラピーの目的が、完全に一致しているのですから。

 

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アメ横を散歩する高田元社長の3つの視点

2016-01-03 02:40:06 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
臨床では、倫理の力が決定的
野村 實 先生 「気質、知性、倫理がある程度一つになっているんですね。この3つが一つになることこそが、本当に偉い医者の特色です」と言われてもピンとこない、という人もあるかも...
 

 

 昨年末に、アメ横を、爆笑問題の2人と、サヘル・ローズさんと、ジャパネットたかたの元社長高田明さんが散歩する番組を見ました。サヘル・ローズさんが、子どもの頃の貧しい暮らしの中で、アメ横のお店の人達と関わり、助けられて生きてきたことを楽しそうに紹介する番組に、好感を感じましたね。

 同じ番組の中で、サヘル・ローズさんが「アメ横のお父さん」と呼ぶ方のお店の姿勢が、ジャパネットたかたの高田明さんが、「お客様本位」の店であると述べていましたね。その時に、高田明さんは、世阿弥の、我見、離見について、ビジネスでも、学ぶところがある、という趣旨のことをおっしゃっていたことに、やはり、ビジネスでも、単なる金儲けでない、お客さん本位の視点、離見が必要だと、述べていることに、感心しました。

 アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちはじめ、東電、東芝、東洋ゴム、西武学園、三井不動産レジデンシャル、化血研(化学及血清療法研究所)…、キリがありませんけど、ウソとゴマカシだらけ、自分と自分の組織の利益のためには、お客を騙しても平気の平左、我利我利亡者だらけですからね。商売の基本の「お客様本位」を大事にする商売人をもう一人見つけることが出来て、なんだか嬉しい気持ちになりました。

 ちなみに、世阿弥は、3つの視点があると、舞台は良いものになると言っているとか。それは、役者の眼=我見、お客様の眼=離見、それに、舞台全体を俯瞰する目=離見の見、の3つです。これは、舞台だけではなくて、高田明さんのような商売でも、私ども、クリニカルサイコロジストでも、大事な3つの視点です。

 同じ、あきらさんでも、同じ、散歩でも、国会周辺の朝散歩が好きな方の朗さんは、我見ばかりで無意識のルサンチマンに踊らされているとも知らない(まあ、知っているでしょうけれども)で、そののんきさ、図々しさとは、雲泥の差だと感じた次第です。この人は、キリストの仲間ではなくて、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちのお仲間です。またこの話でゴメンナサイね。

 

 私どもも、高田明さんに学んで、我見だけじゃぁなくて、「離見」と「離見の見」も大事にして、日々を暮らして生きたいものですね。

 

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情緒的に敏感でいたい

2016-01-03 01:12:17 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 
臨床では、倫理の力が決定的
野村 實 先生 「気質、知性、倫理がある程度一つになっているんですね。この3つが一つになることこそが、本当に偉い医者の特色です」と言われてもピンとこない、という人もあるかも...
 

 脱感作も、目的が大事になります。

 ヴァン・デ・コーク教授のThe body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』の第13章 Healing from trauma : Owing your self 「トラウマから癒されること :本当の自分を生きること」p.224の、脱感作の第2パラグラフ、下から6行目途中から。

 

 

 

 

 

そうです、私どもも薬を飲むことが出来ますね。そうすれば、自分の感情を鈍らせることもできますし、自分自身の脱感作が出来ます。医学部の学生として、私どもが分析的であり続けるようになるのは、私どもが3度の火傷の子どもたちの治療をしなければならない時です。でもね、シカゴ大学の神経科学者、ジィーン・ディセティーが教えてくれているように、自分自身の痛みや他の人達の痛みを脱感作してしまうと、情緒的な敏感さが、全体的になくなってしまいます。

 

 

 

 

 痛みの脱感作は、情緒的な人を鈍感にしてしまうらしい。痛みは嫌なものですが、大事な意味がある、ということかもしれませんね。

 

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