人生黄昏時

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尚氏第二王統【5】

2020年06月01日 00時00分18秒 | 日記

  尚真王は政治を中央集権体制化し

祭祀制度を階層化し、祭政一致を行い

 

王権を不動のものにし権力基盤を安定させた

 

1479年に朝貢関係にある、明国皇帝の冊封の儀式を受け

尚真王の地位は内外国の認知を得

 

外交関係を前提に

明国、日本、高麗、東南アジア諸国と貿易を行った

 

この海外交易は国の経済強化に繋がり

国の財源の元と成った

 

首里城の改築、増築、首里から那覇港に至る道路の整備

また地方制度の改革し地域を間切りにし、シマ(あざ)とした

 

尚真王は臨済宗を琉球に始めて伝えた

介隱承琥僧侶教えに深く尊信し自ら仏教の教えに

帰依し仏教の普及に最も尽力した王とされている

 

そして菩提寺として円覚寺の創建

琉球最大の破風墓(世界遺産に登録)

歴代の王と王妃が葬られている墓陵

 

1500年に八重山で起きたオヤケ アカハチの乱

1522年には与那国の鬼虎の乱など平定した

 

北は奄美群島から、南は宮古、八重山諸島まで支配した

 

尚真王は多くの業績を残し、琉球国を繁栄させ

王制を盤石の体制にした

 

尚真王は1527年、六十二歳の時薨去、在位五十年だった

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