雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 2019年5月21日(火)の2 河岸清吉さん没する

2019年05月21日 17時47分47秒 | 雨宮日誌


雨宮日記 2019年5月21日(火)の2 河岸清吉さん没する

 浜松市は午前7時34分、芳川で午前8時06分「避難情報発令(馬込川)」をメールで出しました。これについてはまたどこかで触れます。

 午前中で雨があがったので、則子さんは午後、長女のところへ子守り(孫守り)に行きました。



 今日の『しんぶん赤旗』に元浜松市議の河岸清吉さんが亡くなったとの死亡記事が掲載されていました。

 則子さんの保母生活でも、平和運動でもいっしょにいろんな苦労をされた方です。87才ですからボクの20年年上になります。晩年は認知症だったようです。お疲れ様でした。

 


ことばと詩 10 闇と光③ 聖書・福音書より 20190521

2019年05月21日 11時47分14秒 | ことばと詩

ことばと詩 10 闇と光③ 聖書・福音書より 20190521

 『新約聖書』の『ヨハネ福音書』の冒頭に闇と光が出てきます。

 「世の始めに、すでに言葉(ロゴス)はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった。この方は世の始めに神とともにおられた。一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たものは、ただの一つもない。
 この方は命をもち、この命が人の光であった。この光はいつも暗闇の中に輝いている。しかし暗闇のこの世の人々は、これを理解しなかった。
 そこで一人の人がこの世にあらわれた。神から遣わされたのである。その人の名はヨハネ【『ヨハネ福音書』の「ヨハネ」とは別人。預言者ヨハネのこと】。この人は証(あか)しのため、すなわち光について証しをし、彼の証しによってすべての人を信仰にいれるために来たのであった。彼は光ではなかった。ただ光について証しをするために来たのである。」
 (塚本虎二訳、岩波文庫『新約聖書 福音書』p275)

 ここでは言葉(=ロゴス)がイエスと同一視され、光とされています。その解釈についてはキリスト教の解説書を参考にしてください。

 ここでは深入りしません。次へ行きます。

 ところで「ヨハネ」は英語では「ジョン」になります。おもしろいいですね(続く)

 

 


雨宮日記 2019年5月21日(火) いまは大雨

2019年05月21日 07時06分06秒 | 雨宮日誌


雨宮日記 2019年5月21日(火) いまは大雨

 夜からずっと雨。午前7時のいまもひどく降っている。則子さんは、朝8時に娘のところに行くよていだたったが、ずらすみたい。

 馬込川はかネットの「浜松市 土木防災情報システム 浜松市土木部」でリアルタイムにわかる。近くの上島7丁目の上島大橋のカメラで増水具合もリアルに見える。すこし増水してるのが見える。まだ水位2m上昇程度。危険水位は3~4m。これからかな。