雨宮日記 5月15日(水) 青緑の葉の初夏で、葵祭の日
則子さんは毎日、朝から午後4時まで障害者就労支援施設「どなるどの家」へ行って、今日は畑の大根抜き、今日は事務室の片付け、今日は銭湯での物資販売と、日替わりで労働(労働指導)をしています。
農作業が多いので、昨夜、則子さんは、カーマへ行って、ちょっとしゃれた水色の長靴と日よけの帽子を買って来ました。
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午後起きて、一人で車を運転して領家の栄秀寺へ行きました。1ヶ月ぶりに来たら、なんと大イチョウの巨木が緑色に萌えていました。昨年は台風の塩害で南側が痛め付けられたのですが、今年は全方向が青緑色の葉っぱで埋め尽くされています。
根元からは、周りにたくさんのひこばえが生えています。
イチョウの生命力ってすごいですね。いや、そうじゃない。生命の生命力ってすごいと言わないといけないですね。
樹齢数百年の、このイチョウは、1945年夏、6月18日の空からの浜松大空襲は直撃を逃れましたが、7月29日に、海からの艦砲射撃の直撃を受けました。
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今日5月15日は、京都の賀茂神社の葵祭りの日です。平安時代の古典文学で「祭り」といえば、この葵祭りのことだったようです。
賀茂神社のことは、別に調べたいと思いますが、この葵祭りの季節は、渡り鳥が南から割ってくる頃で、田植えが始まる季節です。とくにホトトギスが鳴き始める季節です。
清少納言さんの『枕草子』では「211段 賀茂へ参る道に」で、目撃した女たちが「ほととぎす おれ かやつよ おれ鳴きてこそ 我は田植うれ」と歌っています。
意味は「ホトトギスよ、お前が啼くから、私は田植えをしなきゃならない」ということです。
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浜松でも田んぼに水が張られて、夜は一面にアマガエルとトノサマガエルの鳴き声です。
いずみたくさん作曲の「筑波山麓男声合唱団」の歌を思い出しました。