雨宮日記 5月5日(日) 「端午の節句」「薬狩」「子どもの日」でした
浜松まつりの最終日、今日もいい天気でした。浜松市では「浜松まつりの3日間のうち1日だけ必ず雨が降る」という「都市伝説」があるのですが、今年はノストラダムスの預言のようにハズレでした。
今日、次女のアイさんは、昨夜から実家に1人で行って、実家の一家(誰が行ったのかは不明)と則子さんの妹とその娘で、中田島の凧あげ会場に行きました。
夜は、中心街の今年初めて(今年限りか?)の「ディズニー」パレードと屋台を見たようです。
午後9時頃に帰って来て、則子さんに「凧は一度は見といたほうがいいよ」と言ってましたから、良かったのでしょう(2度は見なくてもいいという意味か?)。
ボクが「ディズニーは見えた?」と聞いたら、「ビルの谷間から一瞬見えた」と言ってました。「すごい人で動けなかった」そうです。
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全国的にいうと「子供の日」という祝日です。民俗学的にいうと「端午の節句」で、5月5日は、野に出て薬草を摘む「薬狩(くすりがり)」の日です。
『日本書紀』の推古天皇の19年に「夏五月五日、菟田野(うだの)に薬狩す」とあります。
「背比べ」は1919年に作られた、海野厚さん作詞、中山晋平さん作曲の童謡ですが「柱の傷はおととしの 五月五日の背比べ ちまき食べ食べ 兄さんが測ってくれた 背のたけ」と歌っています。
5月5日に「ちまき」や「柏餅」と食べるのは、「ちまき(茅巻)」の「ち」である茅(ちがや)の葉や柏の葉」が薬であり、霊力があるとされていたからです。
つまり「古代科学」であり、今でも東洋・中国の「漢方薬」になっています。
ボクの師匠の一人(逢ったこともないですが勝手に「師匠」とさせていただいてます)である加藤文三さんは、この叙述の種本である『民謡歳時記(上)』青木書店(今はもう倒産してないようです)、1980年、の中で「私たちが、なにげなく守ってきた古い行事には、昔からの人びとが病気とたたかうために見つけだしたクスリが、目に見えない形で生かされいるのがわかる」(「17 菖蒲湯」、p217)と書いています。同感です。
わが「師匠」の人たちについては、「雨宮自伝」のなかで書きたいと思っています。