忘れ人の独り言

明治生まれの両親がさりげなく生きていた姿が今,私に語りかけてくる。

全て「おまかせ」「おまかせ」と念じている私だった。

2024-11-09 | 日々の業

朝夕随分寒くなってきた。窓には結露がつく日もある。

圧迫骨折をしてから約4ケ月が過ぎた。先月から行き始めた鍼灸院の先生は圧迫骨折は結構長い期間完治するのにかかるよと言われた。

骨折以降 自分の体が本当に弱ってきてしまったなぁとつくづく思う。

目の方も片目が欠けて見えにくく、常に杖を持たないと不安な状態。そして

新聞の訃報欄を毎日のように見る自分。

先日も10日前に出会った方がお風呂で亡くなっていて2日間も誰にも気づかれなかったと聞いたときはショックだった。

こんな暗い事態が他でもあちこちで聞かれるなか

先日 常に忙しくバイクで走り回っている友人に「バイク危ないからくれぐれもきをつけてね 」と言うと「うん 大丈夫だよ 周りの人たちが正しく運転してくれるから僕もちゃんと運転できるし有難い。感謝だよ」いうようなことを言われた。このように感じられる友人にはっとさせられた。

それと同時に

親鸞聖人が言われた言葉を思い出していた。

親鸞聖人が最晩年に85歳の頃「目も見えず候。なにごともみな忘れ候」と言われるなか、仏にすべてまかせる、このことの大事だけはいよいよはっきりしてきたと言われていたそうだ。

皆一緒だと思っていた私だったが「親鸞コスモロジー」の著者の大峰先生は「私たちは余計なことは覚えていて一番大事なものを忘れている。親鸞さんは忘れるものが違いますね」と書かれていた。

全て「おまかせ」「おまかせ」と念じている私だった。

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