南無煩悩大菩薩

今日是好日也

嘘への対峙

2018-12-20 | 古今北東西南の切抜
(picture/source)

・・たとえば、典型的なのが2016年に神奈川県相模原市で起きた障害者施設での事件です。障害があって働けず、人の世話になるだけの人に意味があるのかと犯人は言った。彼に一番欠けていたのは、人間としての謙虚さです。

山や川に行けば石がゴロゴロしていますが、そこにどういう意味があるのか考えたことがありますか。それは意味がないのではなく、自分には意味が解らないだけです。そのことがわかっていることを謙虚と言います。そうでないと傲慢の極致になる。

意味がないもの、つまり意識の中にないものをすべて排除してしまおうという考え方は非常に恐ろしい結果をもたらします。

僕がこうした考えを持つようになったきっかけは、小学校二年生の時に教科書に墨を塗らされたことでした。これはすごいことですよ。当時はお国が定めた国定教科書だから先生より教科書のほうが偉かった。それがある日突然、教科書に墨を塗って読めなくするんです。

これはもうフェイクがどうこうという話ではない。情報は情報なんです。嘘か真実かという判断を下しているのは受け手の意識です。そもそも、情報自体が実態を表しているかどうかも、よくわからないですからね。そこに気がつき、ともかく一呼吸置かなければいけないんです。


・・嘘であろうが真実であろうが、そんなことにこだわる必要はありません。

そもそも科学なんてフェイクの連続です。科学の歴史は嘘の歴史だという本を書いた人もいます。そこを隠して「科学的に証明された」などと言っている。

このようなことは科学に限りません。ウォール街での成功はたくさんあります。それを様々な例を挙げて、こう考えて、こうやったから儲かったなどと、ノウハウのように語ったりする。でも数学者に言わせると、そんなものは全部まぐれです。宝くじと同じで、ゲームだから誰かが当たる。そんなものです。

トランプ(合衆国大統領)のようにフェイクが大好きで、フェイクをどんどん利用しようとする人がいたとしても、受け取るほうが騙されなければいいんです。政治家からすると、そうした頭が冷えている人たちが一番扱いにくい。

フェイクを発信する人の意欲を削ごうなどと、そちらに目線を向けると同じ土俵に乗せられてしまいます。周りがそれを情報として受け入れなければ、広がることはありません。関係ないよと、そっぽを向いておくのが一番いいんです。

問題はあなたにあるでしょう、ということです。

-切抜/養老猛司「Don't Think About It. Sense It.意識は嘘を見抜けない」D.H.B.R Jan.2019より
コメント (2)
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