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世界的なブームとなった「ポケモンGO」は、単なる娯楽のゲームではない。ショシャナ・ズボフ氏によれば、「監視資本主義のゲーム」だ。ユーザーは個人データを抜き取られ、それが新たな資本を生み出している。デジタル産業は利益を増やそうと、莫大な行動データから“予測”を商品化している。しかし、もはや予測だけでは十分ではない。“予測”を“確信”に変えるため、人間の行動を操作することを彼らは狙っている。
切抜/ル・モンド・ディプロマティーク
1999年にグーグルはワンクリックで参照できるウェブページを備え、自社の情報能力を高めていたが、その新たな世界の輝かしさにもかかわらず、名高い投資家たちから得た資金で収益を上げるための戦略をまったく持っていなかった。
ユーザーは行動データという形で原材料を提供していた。それらのデータは検索結果の速度、精度、を改善するために集められていた。また、翻訳のような付属商品を考案するためでもあった。グーグルとユーザーの当時のパワーバランスを考えると、検索エンジンをユーザーにとって有料にしていたならば、収益面でリスクを被ったか、さらには逆効果となっていたかもしれない。また、対価を支払わずにグーグルボットがユーザーから取得していた情報に値段をつけて検索結果を販売していたら、この多国籍企業にとって危険な前例にもなっていただろう。デジタル形式の歌が聴けるアップルのiPodのような製品がグーグルにはなかったため、利潤もなければ利ざやもなく、収益に変わるものは何もなかった。
当時、グーグルは広告を重要視していなかった。グーグルの広告事業を担当していたアドワーズのチームは7人しかいなかったし、その多くが広告に対する創業者の反感を共有していた。しかし、2000年4月にはかの「ニューエコノミー」が急に後退し、金融の激震がシリコンバレーのこの“エデンの園”を揺るがした。その時のグーグルの対応は、決定的な変化を生じさせた。その変化により、アドワーズ、グーグル、インターネット、そして情報資本主義の性質そのものが、莫大な利益を生む監視プロジェクトへと変貌したのだ。
グーグルの成功を確かなものにした蓄積の論理は、「ターゲット広告を目的としたユーザー情報の生成」と題された特許の中にはっきりと現れている。その特許は、グーグルの最も優秀なコンピュータ専門家たちのうち3名によって2003年に出願された。その発明は「宣伝広告を配信するために、ユーザーのプロファイル情報を確立し、それらの情報を活用することを主眼としている」と彼らは説明する。言い換えれば、グーグルはサービス全体の改善のために行動データを抜き出すだけではもはや満足していなかった。今や、広告をユーザーの関心に合わせるために、彼らの頭の中を読み解くことが重要となったのだ。ユーザーの関心は、ネットワーク上での彼らの何気ない行動の痕跡から導き出されることになった。(“user profile information”という英語から)「ユーザープロファイル」と呼ばれる新たな一連のデータを収集することにより、こうした予測の正確性は著しく改善した。
これらの情報はどこからやって来るのだろうか? この特許の保有者たちの言葉を用いるなら、それらは「導き出されうる」。彼らの新しいツールにより、プロファイルを作り出すことができるのだ。インターネットユーザーが情報を直接提供しなくとも、そのユーザーの検索習慣、ユーザーが欲しがる資料、オンライン上での膨大な数の他の行動シグナルを統合し、分析することによってプロファイルの作成は可能となる。「そのシステムに明確な情報がまったく与えられなくとも」、プロファイルは「作られ、(アップデートされ、拡張され)うる」と考案者たちは注意している。したがって、ユーザーが持つ様々な決定権に関わって生じうる摩擦を乗り越える意欲を彼らは見せている。また、それは可能だとしている。検索の改善の観点からはその価値が「使い尽くされた」行動データは、今やインターネット上の動的な広告市場の構築に必須な原材料 —— それはグーグルによって独占的に所有されている —— となった。様々なサービスの改善を目的としないで収集されたこれらの情報はデータの“余剰”となっている。この歴史の浅い企業が存続し続けるために必要な「持続的かつ指数関数的に増加する」利益を手にしているベースには、この行動データの余剰がある。
グーグルのこの発案は、個人とグループの考えや感覚、意図、関心を導き出す新たな可能性を見出した。その際にはマジックミラーの如く機能する自動化された抽出構造が使用され、対象者の意識や同意はないがしろにされる。データ抽出の必要性により、個人の行動に関する予測が売買される価値となる市場において、世界で比類のない競争上のアドバンテージをもたらす“規模の経済”を実現できる。しかし中でも、このマジックミラーは監視の社会的関係性を象徴する。その特殊な関係性は、知と権力の極めて大きな非対称性に基づいている。
突然であったと同時に反響も呼んだアドワーズの成功は、商業目的の監視の論理の著しい発展をもたらした。広告主がクリック回数の増加を求めるのに応えて、グーグルはインターネット全体をターゲット広告のための巨大な媒体へと変えるために、そのモデルを自社の検索エンジン以外にも展開することから始めた。グーグルのチーフエコノミスト、ハル・ヴァリアンの言葉によれば、このカリフォルニア州の巨大企業にとって、「抽出と分析」に関わる彼らの新しい能力をあらゆるウェブページ、そしてユーザーのあらゆる動作に適用することが肝心だった。その際には、意味解析と、意味を抽出することができる人工知能(AI)の技術が用いられた。こうしてグーグルは、あるウェブページの内容と、そのページへのユーザーの反応の仕方を評価することができるようになった。グーグルが特許を取得した様々な方法に基づくこの「関心の的にターゲットを絞る広告」は、ついにはアドセンスと命名された。2004年にこの子会社は日商100万ドルを生み出していた。2010年には、日商はその25倍以上になった。
利益を生む計画のすべての要素が揃っていた —— 行動情報の余剰、データ科学、物質的インフラ、強力な計算能力、アルゴリズム、自動化されたプラットフォーム。未だかつてないほどの広告の「適合性[ユーザーがどの程度その商品やサービスを求めているかの度合い]」と数え切れないほどの広告オークションを生み出すことに、それらのすべてが収斂していた。クリック率が急上昇した。アドワーズやアドセンスの開発は、今や検索エンジンの開発と同じぐらい重要だった。広告の適合性はクリック率によって測られていたことから、行動データの余剰はインターネット上の大規模な監視に依存する新たなビジネス形態の根幹となっていた。
監視の経済は、従属とヒエラルキーの原理に基づいている。企業とユーザーの間にかつて存在した相互性は、他者のために考え出された目的 —— 広告の販売 —— のために、我々の行動から利益を得ようとする計画の背後に消えてしまっている。我々はもはや価値を作る主体ではない。我々は、一部の人が述べているように、グーグルが売り出す「製品」でもない。我々は、その材料が抜き出され、収用され、それからグーグルの人工知能工場に投入されことになる対象なのだ。その工場は、実際の顧客に販売される“予測を可能にする商品”を製造する。実際の顧客とは、行動データの新たな市場に賭ける企業のことだ。
「グーグルとは何か?」について2001年、グーグルの共同創設者ラリー・ペイジ氏は次のように思いを巡らしていた。「私たちに1つのカテゴリーがあるとすれば、それは個人情報でしょう(……)。私たちが見た場所、私たちのコミュニケーション(……)。センサーはコストがかかりません(……)。データ保存もノーコスト。カメラもノーコスト。人々は莫大な量のデータを生み出します(……)。あなたが聞いたこと、見たこと、体験したことはすべて検索可能となるでしょう。あなたの人生すべてが参照可能になるのです」。
ペイジ氏の見方は資本主義 —— 市場の外部にある様々なものを入手し、商品に変える —— の歴史を忠実に反映している。今、監視資本を持つ者たちは擬制商品を創り出した。それは人間の実際の行動から搾り取られたものだ。市場に吸収される前の自然は手付かずで清らかな草原や森で満ち溢れていた。人間の体、思考、感情は今はまだそうした状態ではあるが、こうした論理に従い、人間の経験のほうはすでに監視資本主義によって商品化されて「行動」という形で生まれ変わり始めている。データに変換された「行動」は、果てしないデータの列の中に収まる。それらのデータは、売買される予測を「行動」から生産するために考案された機械の燃料となっている。
この新たな市場の形態は、“個々人の現実的要求に応えることは、彼らの行動予測を売るよりも儲けが少なく、したがってそれは重要性がより低い”という原理から出発する。我々の価値は、他者が我々の行動から生み出した予測よりも低い、ということをグーグルは発見したのだ。
そのことがすべてを変えた。
行動データの余剰は、量が豊富であるだけでなく種類も多様でなければならない。このデータの多様性を獲得するために、ヴァーチャル世界におけるデータ抽出オペレーションを現実世界 —— 我々はそこで自分たちの「本当の」生活を送っている —— にまで拡大させることになった。監視資本主義者たちは、自分たちの将来の富が道路上や森の中、街における新たなデータ調達チェーンの発展にかかっていることを理解していた。彼らは私たちの血管系、ベッド、朝の会話、移動経路、ジョギング、冷蔵庫、駐車場、リビングに関するデータを得ようとしている。
データの多様性よりも重要であり、現在においてデータ収集を特徴づけている2つ目の側面は、その深さだ。非常に的確で、したがって大きな利益となる行動予測を獲得するには、我々の最も内面にある特徴を探らなければならない。こうしたデータ調達オペレーションは、私たちの人格、気質、感情、嘘、脆弱性を狙っている。私たち個々人の生活のあらゆる側面が自動的に捉えられ、確かさを生み出す組み立てレーンへと向かう一連のデータに圧縮される。「個人向けカスタマイズ」という名目で行われるこうした作業の大部分は、私たちの日常の最も内面的な部分への介入と、データ抽出からなっている。
「スマート」ウォッカボトルから、ネットにつながる直腸用体温計まで、データの解釈、追跡、記録、通信を行うことができる製品が急増している。「睡眠をチェックする技術が備わったスマートベッド」を提供するスリープナンバー(Sleep Number)社は、「生体計測データや、あなたや子ども、あるいは他の誰であれ、ベッドの使い方に関するデータ、特に眠っている人の動きや姿勢、呼吸、心拍に関するデータ」も集めている。この会社は私たちの寝室内で発せられるすべての音もまた記録している……。
私たちの家庭は監視資本主義の照準線の中にある。2017年には、147億ドルに及ぶネットワーク家電製品市場をこの分野専門の企業が奪い合っていた。2016年は68億ドルだった。このペースでいけば、2021年にその規模は1,010億ドルに達するだろう。数年前から商品化されているばかばかしい品物が、私たちの家庭で待ち受けている —— スマート歯ブラシ、スマート電球、スマートコーヒーカップ、スマートオーブン、スマートジュースミキサー、そしてもちろん、我々の消化を改善するといわれるスマート食器も。他の製品はより不気味に見える —— 顔認識付きの家庭用監視カメラ、泥棒に入られる前に異常な振動を感知する警報システム、家庭用GPS、動きや温度を分析するためにあらゆる物体に取り付けられるセンサー、さらには、音を検知するサイボーグゴキブリ。行動データの余剰を生み出すためとして、赤ん坊用の部屋さえ見直されている。
行動を予測するのに最も確かな方法は、その源に介入することにある —— 行動を作り出すことによって。その実現のために作り出されたプロセス —— 人間に関わる現実の状況や物事に介入するためにセットアップされた様々なソフトウェア —— を私は「行動の経済」« économies de l’action »と呼んでいる。接続および通信のデジタル技術構造の全体が、今ではこの新たな目的のために使用されている。こうした介入は、いくつかの行動姿勢に影響を及ぼすことによって確実性を高めようとしている。介入は行動を調整し、適応させ、操作し、グループ効果によって他人も巻き込み、後押しする。
介入は、私たちの行動を特定の方向に向かわせる。たとえば、私たちのニュースフィードの中に明確なフレーズを挟み込むことによって。私たちの携帯電話上で「購入」ボタンが適当なタイミングで現れるようプログラムすることによって。自動車保険の支払いが遅れ過ぎた場合、私たちの車のエンジンを止めることによって。さらには、ポケモンを探しに行く際にはGPSによって私たちを誘導することによって。
あるソフトウェア開発者は「我々は“作曲する”ことを学んでいるのです」と説明する。「それから、我々はその音楽を使って人々を踊らせます。人の行動を変化させるために、特定の行動を取り巻くコンテクストを作ることができるのです。我々は冷蔵庫にこう命令できます —— “彼は食べてはいけないから、扉を開けてはいけません”。あるいはテレビに対しては、あなたが早く寝るためにスイッチを消すよう命令できます」
その分野で「最大のテレマティーク企業」(*「テレマティーク」とは、電気通信と情報処理の融合・一体化と、その社会的インパクトを総合的に示す言葉)と自社を紹介するスピレオン(Spireon)社は、レンタカー会社や保険会社、多くの車を所有する会社のために、車と運転手を追跡・管理している。その「リースに伴う間接損害の管理システム」は、支払いが遅れている運転手に対して警告を鳴らし、同様の問題が一定期間以上続いている時には遠隔操作で車を停止させ、自社の車を回収するためにその場所を特定する。
テレマティークは新時代、すなわち“行動を支配する時代”を創始した。運転時の様々なパラメーター —— シートベルト、速度、アイドリング時間、加速や急ブレーキ、過度な運転時間、免許証の有効地域外での運転、アクセスが制限された地域への侵入 —— を定めるのは、保険会社だ。これらの情報が詰め込まれたアルゴリズムが運転手を監視し、評価し、格付けする。そして、リアルタイムで保険料を調整するのだ。収集したすべての情報を利用し、システムが作り上げた「性格の特徴」は行動予測を可能にする商品にも変換され、広告業者に売られることになる。その広告業者は、保険加入者のスマホにターゲット広告を送る。
かつてグーグルマップの副社長とストリートビューのリーダーを務めたジョン・ハンキ氏は、2010年にグーグル社内で「ナイアンティック・ラボ(Niantic Labs)」という自身の出世の足掛かりを作った。ポケモンGOを開発したのはこの会社だ。彼は地図を作成しながら、世界を手中に入れようという野心を温めていた。衛星画像からデジタル地図を作成するスタートアップ、キーホール(Keyhole)社を彼はすでに創業していた。この会社は米国中央情報局(CIA)からの資金提供を受け、それからグーグルによって買収され、“グーグルアース”と改名された。ナイアンティックでハンキ氏はバーチャルリアリティゲームの考案に取り組んだ。そのゲームにより、ストリートビューが地図上ですでに大胆に記録していた領域の中で人々を追跡・遠隔操作できるようになった。
2016年7月13日、ポケモンGOの裏に隠れているデータ収集のロジックが明らかになる。ゲームの追加オプションのための支払い以外にも、「ナイアンティックの経済モデルにはもう一つの要素、すなわち“場所にスポンサーを付ける”というコンセプトが含まれています」とハンキ氏はフィナンシャル・タイムズとのインタビューの中で認めた。新たに流れ込むようになったこの大きな収入は当初から見込まれていた —— 企業は「ヴァーチャルゲームのフィールド上に出現することでより多くの客が集まると考え、そこに現れるためにナイアンティックにお金を支払うでしょう」。広告料の請求は、グーグルのサーチエンジンの宣伝広告で実施されている「クリック単価」のように、「訪問単価」に基づいてなされると彼は説明していた。
そのアイデアは驚くほどシンプルだ。ナイアンティックが多くの人々を特定の場所に向かわせられれば、現実世界から得られる収入も増加するとみられている。これは、インターネット上で特定の人々に広告を送る手段としてグーグルがより多くのデータを抜き取る術を学んだこととまるで同じだ。拡張現実の先端技術と結びついたこのゲームのすべての要素と推進力は、人々を現実世界の様々な場所に集まるよう促す。そして、ナイアンティックの行動予測の市場に属することになった現実世界の店において、人々はまさに現実のお金を支払う。
2016年夏のポケモンGOの絶頂は、監視資本主義によってもたらされた夢の実現を表していた。それは規模・範囲・行動をやすやすと結び合わせ、人々の行動を変えさせるための現実の実験場だった。ポケモンGOの巧妙さは、単なる娯楽を全く異なる次元のゲーム、“監視資本主義のゲーム”に変えたことにあった。すなわち、ゲームの中のゲームだ。公園やピザ屋の中をうろうろしながらまるで遊園地にいるかのように街に溢れたすべての人たちは、さらに重要なこの第2のチェスボードの上で駒の役割を無意識的に担っていた。ずっと現実的なこのもう一つのゲームの熱心なプレーヤーたちこそがナイアンティックの本当の顧客だ。それは、がっぽり儲かると見込まれる収入に魅了され、現実世界でプレーするためにお金を支払う人々だ。ひたすら続くこの第2のゲームの中では、群れのメンバーたちが笑顔で置いていくお金の奪い合いが行われる。「客の入りを求める業者や店にとってこのゲームは“ドル箱”となりうることから、大きな投機が引き起こされた」とフィナンシャル・タイムズは喜んで伝えた。
使える手段すべてに訴えなければ、確実な収入はあり得ない。行動を変えさせる国際的な新ツールは、資本が自律的で個人が他律的な反動時代を創始した。一方、デモクラシーや人間の開花を可能にするには、その逆が求められるだろう。この危機的なパラドックスが監視資本主義の中核にある。それはすなわち、その独自の権力によって我々を作り替える新たな種類の経済だ。この新しい権力とは何だろうか? また、金儲けの確実性という名のもと、それはどのように人間の性質を変えてしまうのだろうか?
-切抜/ショシャナ・ズボフ(Shoshana Zuboff)-その歯ブラシはあなたのデータを収集している-
世界的なブームとなった「ポケモンGO」は、単なる娯楽のゲームではない。ショシャナ・ズボフ氏によれば、「監視資本主義のゲーム」だ。ユーザーは個人データを抜き取られ、それが新たな資本を生み出している。デジタル産業は利益を増やそうと、莫大な行動データから“予測”を商品化している。しかし、もはや予測だけでは十分ではない。“予測”を“確信”に変えるため、人間の行動を操作することを彼らは狙っている。
切抜/ル・モンド・ディプロマティーク
1999年にグーグルはワンクリックで参照できるウェブページを備え、自社の情報能力を高めていたが、その新たな世界の輝かしさにもかかわらず、名高い投資家たちから得た資金で収益を上げるための戦略をまったく持っていなかった。
ユーザーは行動データという形で原材料を提供していた。それらのデータは検索結果の速度、精度、を改善するために集められていた。また、翻訳のような付属商品を考案するためでもあった。グーグルとユーザーの当時のパワーバランスを考えると、検索エンジンをユーザーにとって有料にしていたならば、収益面でリスクを被ったか、さらには逆効果となっていたかもしれない。また、対価を支払わずにグーグルボットがユーザーから取得していた情報に値段をつけて検索結果を販売していたら、この多国籍企業にとって危険な前例にもなっていただろう。デジタル形式の歌が聴けるアップルのiPodのような製品がグーグルにはなかったため、利潤もなければ利ざやもなく、収益に変わるものは何もなかった。
当時、グーグルは広告を重要視していなかった。グーグルの広告事業を担当していたアドワーズのチームは7人しかいなかったし、その多くが広告に対する創業者の反感を共有していた。しかし、2000年4月にはかの「ニューエコノミー」が急に後退し、金融の激震がシリコンバレーのこの“エデンの園”を揺るがした。その時のグーグルの対応は、決定的な変化を生じさせた。その変化により、アドワーズ、グーグル、インターネット、そして情報資本主義の性質そのものが、莫大な利益を生む監視プロジェクトへと変貌したのだ。
グーグルの成功を確かなものにした蓄積の論理は、「ターゲット広告を目的としたユーザー情報の生成」と題された特許の中にはっきりと現れている。その特許は、グーグルの最も優秀なコンピュータ専門家たちのうち3名によって2003年に出願された。その発明は「宣伝広告を配信するために、ユーザーのプロファイル情報を確立し、それらの情報を活用することを主眼としている」と彼らは説明する。言い換えれば、グーグルはサービス全体の改善のために行動データを抜き出すだけではもはや満足していなかった。今や、広告をユーザーの関心に合わせるために、彼らの頭の中を読み解くことが重要となったのだ。ユーザーの関心は、ネットワーク上での彼らの何気ない行動の痕跡から導き出されることになった。(“user profile information”という英語から)「ユーザープロファイル」と呼ばれる新たな一連のデータを収集することにより、こうした予測の正確性は著しく改善した。
これらの情報はどこからやって来るのだろうか? この特許の保有者たちの言葉を用いるなら、それらは「導き出されうる」。彼らの新しいツールにより、プロファイルを作り出すことができるのだ。インターネットユーザーが情報を直接提供しなくとも、そのユーザーの検索習慣、ユーザーが欲しがる資料、オンライン上での膨大な数の他の行動シグナルを統合し、分析することによってプロファイルの作成は可能となる。「そのシステムに明確な情報がまったく与えられなくとも」、プロファイルは「作られ、(アップデートされ、拡張され)うる」と考案者たちは注意している。したがって、ユーザーが持つ様々な決定権に関わって生じうる摩擦を乗り越える意欲を彼らは見せている。また、それは可能だとしている。検索の改善の観点からはその価値が「使い尽くされた」行動データは、今やインターネット上の動的な広告市場の構築に必須な原材料 —— それはグーグルによって独占的に所有されている —— となった。様々なサービスの改善を目的としないで収集されたこれらの情報はデータの“余剰”となっている。この歴史の浅い企業が存続し続けるために必要な「持続的かつ指数関数的に増加する」利益を手にしているベースには、この行動データの余剰がある。
グーグルのこの発案は、個人とグループの考えや感覚、意図、関心を導き出す新たな可能性を見出した。その際にはマジックミラーの如く機能する自動化された抽出構造が使用され、対象者の意識や同意はないがしろにされる。データ抽出の必要性により、個人の行動に関する予測が売買される価値となる市場において、世界で比類のない競争上のアドバンテージをもたらす“規模の経済”を実現できる。しかし中でも、このマジックミラーは監視の社会的関係性を象徴する。その特殊な関係性は、知と権力の極めて大きな非対称性に基づいている。
突然であったと同時に反響も呼んだアドワーズの成功は、商業目的の監視の論理の著しい発展をもたらした。広告主がクリック回数の増加を求めるのに応えて、グーグルはインターネット全体をターゲット広告のための巨大な媒体へと変えるために、そのモデルを自社の検索エンジン以外にも展開することから始めた。グーグルのチーフエコノミスト、ハル・ヴァリアンの言葉によれば、このカリフォルニア州の巨大企業にとって、「抽出と分析」に関わる彼らの新しい能力をあらゆるウェブページ、そしてユーザーのあらゆる動作に適用することが肝心だった。その際には、意味解析と、意味を抽出することができる人工知能(AI)の技術が用いられた。こうしてグーグルは、あるウェブページの内容と、そのページへのユーザーの反応の仕方を評価することができるようになった。グーグルが特許を取得した様々な方法に基づくこの「関心の的にターゲットを絞る広告」は、ついにはアドセンスと命名された。2004年にこの子会社は日商100万ドルを生み出していた。2010年には、日商はその25倍以上になった。
利益を生む計画のすべての要素が揃っていた —— 行動情報の余剰、データ科学、物質的インフラ、強力な計算能力、アルゴリズム、自動化されたプラットフォーム。未だかつてないほどの広告の「適合性[ユーザーがどの程度その商品やサービスを求めているかの度合い]」と数え切れないほどの広告オークションを生み出すことに、それらのすべてが収斂していた。クリック率が急上昇した。アドワーズやアドセンスの開発は、今や検索エンジンの開発と同じぐらい重要だった。広告の適合性はクリック率によって測られていたことから、行動データの余剰はインターネット上の大規模な監視に依存する新たなビジネス形態の根幹となっていた。
監視の経済は、従属とヒエラルキーの原理に基づいている。企業とユーザーの間にかつて存在した相互性は、他者のために考え出された目的 —— 広告の販売 —— のために、我々の行動から利益を得ようとする計画の背後に消えてしまっている。我々はもはや価値を作る主体ではない。我々は、一部の人が述べているように、グーグルが売り出す「製品」でもない。我々は、その材料が抜き出され、収用され、それからグーグルの人工知能工場に投入されことになる対象なのだ。その工場は、実際の顧客に販売される“予測を可能にする商品”を製造する。実際の顧客とは、行動データの新たな市場に賭ける企業のことだ。
「グーグルとは何か?」について2001年、グーグルの共同創設者ラリー・ペイジ氏は次のように思いを巡らしていた。「私たちに1つのカテゴリーがあるとすれば、それは個人情報でしょう(……)。私たちが見た場所、私たちのコミュニケーション(……)。センサーはコストがかかりません(……)。データ保存もノーコスト。カメラもノーコスト。人々は莫大な量のデータを生み出します(……)。あなたが聞いたこと、見たこと、体験したことはすべて検索可能となるでしょう。あなたの人生すべてが参照可能になるのです」。
ペイジ氏の見方は資本主義 —— 市場の外部にある様々なものを入手し、商品に変える —— の歴史を忠実に反映している。今、監視資本を持つ者たちは擬制商品を創り出した。それは人間の実際の行動から搾り取られたものだ。市場に吸収される前の自然は手付かずで清らかな草原や森で満ち溢れていた。人間の体、思考、感情は今はまだそうした状態ではあるが、こうした論理に従い、人間の経験のほうはすでに監視資本主義によって商品化されて「行動」という形で生まれ変わり始めている。データに変換された「行動」は、果てしないデータの列の中に収まる。それらのデータは、売買される予測を「行動」から生産するために考案された機械の燃料となっている。
この新たな市場の形態は、“個々人の現実的要求に応えることは、彼らの行動予測を売るよりも儲けが少なく、したがってそれは重要性がより低い”という原理から出発する。我々の価値は、他者が我々の行動から生み出した予測よりも低い、ということをグーグルは発見したのだ。
そのことがすべてを変えた。
行動データの余剰は、量が豊富であるだけでなく種類も多様でなければならない。このデータの多様性を獲得するために、ヴァーチャル世界におけるデータ抽出オペレーションを現実世界 —— 我々はそこで自分たちの「本当の」生活を送っている —— にまで拡大させることになった。監視資本主義者たちは、自分たちの将来の富が道路上や森の中、街における新たなデータ調達チェーンの発展にかかっていることを理解していた。彼らは私たちの血管系、ベッド、朝の会話、移動経路、ジョギング、冷蔵庫、駐車場、リビングに関するデータを得ようとしている。
データの多様性よりも重要であり、現在においてデータ収集を特徴づけている2つ目の側面は、その深さだ。非常に的確で、したがって大きな利益となる行動予測を獲得するには、我々の最も内面にある特徴を探らなければならない。こうしたデータ調達オペレーションは、私たちの人格、気質、感情、嘘、脆弱性を狙っている。私たち個々人の生活のあらゆる側面が自動的に捉えられ、確かさを生み出す組み立てレーンへと向かう一連のデータに圧縮される。「個人向けカスタマイズ」という名目で行われるこうした作業の大部分は、私たちの日常の最も内面的な部分への介入と、データ抽出からなっている。
「スマート」ウォッカボトルから、ネットにつながる直腸用体温計まで、データの解釈、追跡、記録、通信を行うことができる製品が急増している。「睡眠をチェックする技術が備わったスマートベッド」を提供するスリープナンバー(Sleep Number)社は、「生体計測データや、あなたや子ども、あるいは他の誰であれ、ベッドの使い方に関するデータ、特に眠っている人の動きや姿勢、呼吸、心拍に関するデータ」も集めている。この会社は私たちの寝室内で発せられるすべての音もまた記録している……。
私たちの家庭は監視資本主義の照準線の中にある。2017年には、147億ドルに及ぶネットワーク家電製品市場をこの分野専門の企業が奪い合っていた。2016年は68億ドルだった。このペースでいけば、2021年にその規模は1,010億ドルに達するだろう。数年前から商品化されているばかばかしい品物が、私たちの家庭で待ち受けている —— スマート歯ブラシ、スマート電球、スマートコーヒーカップ、スマートオーブン、スマートジュースミキサー、そしてもちろん、我々の消化を改善するといわれるスマート食器も。他の製品はより不気味に見える —— 顔認識付きの家庭用監視カメラ、泥棒に入られる前に異常な振動を感知する警報システム、家庭用GPS、動きや温度を分析するためにあらゆる物体に取り付けられるセンサー、さらには、音を検知するサイボーグゴキブリ。行動データの余剰を生み出すためとして、赤ん坊用の部屋さえ見直されている。
行動を予測するのに最も確かな方法は、その源に介入することにある —— 行動を作り出すことによって。その実現のために作り出されたプロセス —— 人間に関わる現実の状況や物事に介入するためにセットアップされた様々なソフトウェア —— を私は「行動の経済」« économies de l’action »と呼んでいる。接続および通信のデジタル技術構造の全体が、今ではこの新たな目的のために使用されている。こうした介入は、いくつかの行動姿勢に影響を及ぼすことによって確実性を高めようとしている。介入は行動を調整し、適応させ、操作し、グループ効果によって他人も巻き込み、後押しする。
介入は、私たちの行動を特定の方向に向かわせる。たとえば、私たちのニュースフィードの中に明確なフレーズを挟み込むことによって。私たちの携帯電話上で「購入」ボタンが適当なタイミングで現れるようプログラムすることによって。自動車保険の支払いが遅れ過ぎた場合、私たちの車のエンジンを止めることによって。さらには、ポケモンを探しに行く際にはGPSによって私たちを誘導することによって。
あるソフトウェア開発者は「我々は“作曲する”ことを学んでいるのです」と説明する。「それから、我々はその音楽を使って人々を踊らせます。人の行動を変化させるために、特定の行動を取り巻くコンテクストを作ることができるのです。我々は冷蔵庫にこう命令できます —— “彼は食べてはいけないから、扉を開けてはいけません”。あるいはテレビに対しては、あなたが早く寝るためにスイッチを消すよう命令できます」
その分野で「最大のテレマティーク企業」(*「テレマティーク」とは、電気通信と情報処理の融合・一体化と、その社会的インパクトを総合的に示す言葉)と自社を紹介するスピレオン(Spireon)社は、レンタカー会社や保険会社、多くの車を所有する会社のために、車と運転手を追跡・管理している。その「リースに伴う間接損害の管理システム」は、支払いが遅れている運転手に対して警告を鳴らし、同様の問題が一定期間以上続いている時には遠隔操作で車を停止させ、自社の車を回収するためにその場所を特定する。
テレマティークは新時代、すなわち“行動を支配する時代”を創始した。運転時の様々なパラメーター —— シートベルト、速度、アイドリング時間、加速や急ブレーキ、過度な運転時間、免許証の有効地域外での運転、アクセスが制限された地域への侵入 —— を定めるのは、保険会社だ。これらの情報が詰め込まれたアルゴリズムが運転手を監視し、評価し、格付けする。そして、リアルタイムで保険料を調整するのだ。収集したすべての情報を利用し、システムが作り上げた「性格の特徴」は行動予測を可能にする商品にも変換され、広告業者に売られることになる。その広告業者は、保険加入者のスマホにターゲット広告を送る。
かつてグーグルマップの副社長とストリートビューのリーダーを務めたジョン・ハンキ氏は、2010年にグーグル社内で「ナイアンティック・ラボ(Niantic Labs)」という自身の出世の足掛かりを作った。ポケモンGOを開発したのはこの会社だ。彼は地図を作成しながら、世界を手中に入れようという野心を温めていた。衛星画像からデジタル地図を作成するスタートアップ、キーホール(Keyhole)社を彼はすでに創業していた。この会社は米国中央情報局(CIA)からの資金提供を受け、それからグーグルによって買収され、“グーグルアース”と改名された。ナイアンティックでハンキ氏はバーチャルリアリティゲームの考案に取り組んだ。そのゲームにより、ストリートビューが地図上ですでに大胆に記録していた領域の中で人々を追跡・遠隔操作できるようになった。
2016年7月13日、ポケモンGOの裏に隠れているデータ収集のロジックが明らかになる。ゲームの追加オプションのための支払い以外にも、「ナイアンティックの経済モデルにはもう一つの要素、すなわち“場所にスポンサーを付ける”というコンセプトが含まれています」とハンキ氏はフィナンシャル・タイムズとのインタビューの中で認めた。新たに流れ込むようになったこの大きな収入は当初から見込まれていた —— 企業は「ヴァーチャルゲームのフィールド上に出現することでより多くの客が集まると考え、そこに現れるためにナイアンティックにお金を支払うでしょう」。広告料の請求は、グーグルのサーチエンジンの宣伝広告で実施されている「クリック単価」のように、「訪問単価」に基づいてなされると彼は説明していた。
そのアイデアは驚くほどシンプルだ。ナイアンティックが多くの人々を特定の場所に向かわせられれば、現実世界から得られる収入も増加するとみられている。これは、インターネット上で特定の人々に広告を送る手段としてグーグルがより多くのデータを抜き取る術を学んだこととまるで同じだ。拡張現実の先端技術と結びついたこのゲームのすべての要素と推進力は、人々を現実世界の様々な場所に集まるよう促す。そして、ナイアンティックの行動予測の市場に属することになった現実世界の店において、人々はまさに現実のお金を支払う。
2016年夏のポケモンGOの絶頂は、監視資本主義によってもたらされた夢の実現を表していた。それは規模・範囲・行動をやすやすと結び合わせ、人々の行動を変えさせるための現実の実験場だった。ポケモンGOの巧妙さは、単なる娯楽を全く異なる次元のゲーム、“監視資本主義のゲーム”に変えたことにあった。すなわち、ゲームの中のゲームだ。公園やピザ屋の中をうろうろしながらまるで遊園地にいるかのように街に溢れたすべての人たちは、さらに重要なこの第2のチェスボードの上で駒の役割を無意識的に担っていた。ずっと現実的なこのもう一つのゲームの熱心なプレーヤーたちこそがナイアンティックの本当の顧客だ。それは、がっぽり儲かると見込まれる収入に魅了され、現実世界でプレーするためにお金を支払う人々だ。ひたすら続くこの第2のゲームの中では、群れのメンバーたちが笑顔で置いていくお金の奪い合いが行われる。「客の入りを求める業者や店にとってこのゲームは“ドル箱”となりうることから、大きな投機が引き起こされた」とフィナンシャル・タイムズは喜んで伝えた。
使える手段すべてに訴えなければ、確実な収入はあり得ない。行動を変えさせる国際的な新ツールは、資本が自律的で個人が他律的な反動時代を創始した。一方、デモクラシーや人間の開花を可能にするには、その逆が求められるだろう。この危機的なパラドックスが監視資本主義の中核にある。それはすなわち、その独自の権力によって我々を作り替える新たな種類の経済だ。この新しい権力とは何だろうか? また、金儲けの確実性という名のもと、それはどのように人間の性質を変えてしまうのだろうか?
-切抜/ショシャナ・ズボフ(Shoshana Zuboff)-その歯ブラシはあなたのデータを収集している-