(photo/Lucia Berlin)
母は変なことを考える人だった。
人間の膝が逆向きに曲がったら、椅子ってどんな形になるのかしら。
もしイエス・キリストが電気椅子にかけられてたら?そしたらみんな、十字架のかわりに椅子を鎖で首から下げて歩きまわるんでしょうね。
「あたしママに言われたことがある、『とにかくこれ以上人間を増やすのだけはやめてちょうだい』って」とサリーは言った。「それに、もしあんたが馬鹿でどうしても結婚するっていうなら、せめて金持ちであんたにぞっこんな男にしなさいって」
『まちがっても愛情で結婚してはだめ。男を愛したりしたら、その人といつもいっしょにいたくなる。喜ばせたり、あれこれしてあげたくなる。そして「どこにいたの?」とか「今何を考えてるの?」とか「あたしのこと愛してる?」とか訊くようになる。しまいに男はあんたを殴りだす。でなきゃタバコを買いに行くといって、それきり戻ってこない』」
「あの人、みんながこんなにばかすか子供を産むのはカトリック教会のせいだって信じてた。愛があれば幸せになれるっていうのはローマ法王が流したデマなんだって」
「愛は人を不幸にする」と母は言っていた。「愛のせいで人は枕を濡らして泣きながら寝たり、涙で電話ボックスのガラスを曇らせたり、鳴き声につられて犬が遠吠えしたり、タバコをたてつづけに二箱吸ったりするのよ」
「パパもママを不幸にしたの?」わたしは母に聞いた。
「パパ? あの人は誰ひとり不幸せにできなかったわ」
だが、わたしは母譲りのアドバイスで自分の息子を離婚から救ったことがある。息子の嫁のココがある日わあわあ泣きながら電話をかけてきた。ケンにしばらく家を出ると言われた。自分の時間が欲しいからって。ココは息子にぞっこんで、大変な取り乱しようだった。考えるより先に、私は母の声でアドバイスをしていた。本当に、鼻から抜けるテキサスなまりや皮肉な口調までそっくりだった。
「そ、あの馬鹿にちょっと思い知らせておやんなさい」絶対に帰ってきてと言ってはだめ、と私はココに言った。「電話もしない。謎めいたカードつきの花束を自分あてに送る。あいつの灰色のオウムに、‘あら、ジョー!’って覚えこませなさい」それからハンサムで洒落た男をたくさんストックしておく。そして自分の家に来させること、なんならお金を払ったっていい。いっしょにシェ・パニーズでランチする。ケンが着替えを取りに来たり鳥に会いに来たりするたびに、違う男が家に居合わせるように仕向ける。
ココはしょっちゅうわたしに電話をかけてきた。ええ、言われたこと全部やっているわ。でもあの人まだ帰ってこないの。 でも、もう前みたいに悲しい声ではなくなっていた。
ついにある日、ケンがわたしに電話をかけてきた。「母さん、聞いてくれよ。ココのやつ、ひどいふしだら女なんだ。こないだCDを取りにアパートに寄ったんだよ。そしたら男がいた。紫色のつるっとしたサイクリング服着て、きっと汗くさい奴さ、そいつが人のベッドに寝そべって、人のテレビでオペラを観ながら人の鳥にエサをやってやがった」
それで? ケンとココは末永く幸せに暮らしましたとさ。ついこのあいだも二人の家に遊びに行ったら、電話が鳴った。ココが出て、しばらくおしゃべりしたり笑ったりしていた。電話を切るとケンが「誰から?」と言った。ココはにっこり笑って言った。「うん、ちょっと知り合い。ジムで知り合ったの、彼」
-ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引書」より
Leonard Cohen - The Goal (Official Video)
母は変なことを考える人だった。
人間の膝が逆向きに曲がったら、椅子ってどんな形になるのかしら。
もしイエス・キリストが電気椅子にかけられてたら?そしたらみんな、十字架のかわりに椅子を鎖で首から下げて歩きまわるんでしょうね。
「あたしママに言われたことがある、『とにかくこれ以上人間を増やすのだけはやめてちょうだい』って」とサリーは言った。「それに、もしあんたが馬鹿でどうしても結婚するっていうなら、せめて金持ちであんたにぞっこんな男にしなさいって」
『まちがっても愛情で結婚してはだめ。男を愛したりしたら、その人といつもいっしょにいたくなる。喜ばせたり、あれこれしてあげたくなる。そして「どこにいたの?」とか「今何を考えてるの?」とか「あたしのこと愛してる?」とか訊くようになる。しまいに男はあんたを殴りだす。でなきゃタバコを買いに行くといって、それきり戻ってこない』」
「あの人、みんながこんなにばかすか子供を産むのはカトリック教会のせいだって信じてた。愛があれば幸せになれるっていうのはローマ法王が流したデマなんだって」
「愛は人を不幸にする」と母は言っていた。「愛のせいで人は枕を濡らして泣きながら寝たり、涙で電話ボックスのガラスを曇らせたり、鳴き声につられて犬が遠吠えしたり、タバコをたてつづけに二箱吸ったりするのよ」
「パパもママを不幸にしたの?」わたしは母に聞いた。
「パパ? あの人は誰ひとり不幸せにできなかったわ」
だが、わたしは母譲りのアドバイスで自分の息子を離婚から救ったことがある。息子の嫁のココがある日わあわあ泣きながら電話をかけてきた。ケンにしばらく家を出ると言われた。自分の時間が欲しいからって。ココは息子にぞっこんで、大変な取り乱しようだった。考えるより先に、私は母の声でアドバイスをしていた。本当に、鼻から抜けるテキサスなまりや皮肉な口調までそっくりだった。
「そ、あの馬鹿にちょっと思い知らせておやんなさい」絶対に帰ってきてと言ってはだめ、と私はココに言った。「電話もしない。謎めいたカードつきの花束を自分あてに送る。あいつの灰色のオウムに、‘あら、ジョー!’って覚えこませなさい」それからハンサムで洒落た男をたくさんストックしておく。そして自分の家に来させること、なんならお金を払ったっていい。いっしょにシェ・パニーズでランチする。ケンが着替えを取りに来たり鳥に会いに来たりするたびに、違う男が家に居合わせるように仕向ける。
ココはしょっちゅうわたしに電話をかけてきた。ええ、言われたこと全部やっているわ。でもあの人まだ帰ってこないの。 でも、もう前みたいに悲しい声ではなくなっていた。
ついにある日、ケンがわたしに電話をかけてきた。「母さん、聞いてくれよ。ココのやつ、ひどいふしだら女なんだ。こないだCDを取りにアパートに寄ったんだよ。そしたら男がいた。紫色のつるっとしたサイクリング服着て、きっと汗くさい奴さ、そいつが人のベッドに寝そべって、人のテレビでオペラを観ながら人の鳥にエサをやってやがった」
それで? ケンとココは末永く幸せに暮らしましたとさ。ついこのあいだも二人の家に遊びに行ったら、電話が鳴った。ココが出て、しばらくおしゃべりしたり笑ったりしていた。電話を切るとケンが「誰から?」と言った。ココはにっこり笑って言った。「うん、ちょっと知り合い。ジムで知り合ったの、彼」
-ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引書」より
Leonard Cohen - The Goal (Official Video)