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何とか登れそうだった。そこで蟻は、ただ上を目指して登り始めた。なにか目的があったわけではなく、その単純な神経回路にランダムな乱れが生じただけの事であった。
そうした乱れは、この世界のあらゆるところにある。地上の草の一本一本に、草の葉についた露の一粒一粒に、空の雲の一つ一つと、その彼方にある星々のひとつひとつに。
乱れにはなんの目的もないが、莫大な量の無目的な乱れが集まると、そこに目的が生じる。
蟻は、それほど長く登らないうちに、上のほうにいくつも溝があることに気付いた。たくさんの構造が組み合わさって迷宮のような複雑な構造になっていたる。蟻はかたちを把握する能力が高く、このかたちもかならず明らかにしてみせる自信があった。
しかし、その小さな神経回路の記憶容量には限りがあるので、そのためにはこれまで歩いて来たかたちをぜんぶ忘れてしまわなければならなかった。たえず忘れていくことは蟻の一生の一部になっていたから、それでも蟻は少しも残念には思わなかった。
死ぬまでずっと覚えていなければならないものは少なく、それらは遺伝子に組み込まれて、本能と呼ばれる情報エリアに保存されている。
・・巣を払いのけられた蜘蛛が、ふたたび巣を張りはじめていた。今までに蜘蛛の巣は一万回こわされ、一万回張りなおされたが、蜘蛛は、一億年前からそうだったように、それに倦むことも絶望することもなく、喜びを覚えることもなかった。
「生きているっていうのは驚くべきことだ。それがわからない人間に、もっと深いものなんて探せるわけがない」
ー引用参照/劉慈欣「三体Ⅱ」より
Ludovico Einaudi - I Giorni
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