南無煩悩大菩薩

今日是好日也

ここぞ‘ねばり’のとき

2020-08-17 | 古今北東西南の切抜

(photo/source)

‘ねばり’ということは、これを他の言葉で申せば根気とか、あるいは意志とかという言葉に当たるでしょう。しかし言葉というものは実に微妙なもので、それぞれの生命を持っていると同時にまたその個性を持っているのです。そこでねばりというのと、根気とか意志力というのでは、大体の上では、同じ方向を示す言葉ですが、しかし今その一つ一つについて吟味してみると、それぞれ趣が違うのです。

そもそもわれわれが一つの仕事に着手して、これを一気に仕上げるという場合、どうしてもこれを仕上げるぞと決意する気持ちは、意志という言葉が最もふさわしいと言えるでしょう。ところがそうして決意した事柄を、実際に中断しないで持ち続けていくには、もちろん意志と言っても何ら差支えないわけですが、しかしある意味では根気と言う方が、よりふさわしいかと思うのです。

ところが人間が一つの仕事を始めてから、それを仕上げるまでには、大体三度くらい危険な時があるもののようである。もちろん事柄にもより、また人にもよることですが、しかしまず全体の三割か三割五分くらいやったところで、飽き性の人とか、あるいはそれほど進んでやる気でなかった場合には、ちょっと飽きの来るものです。この第一の関所を突破するには、‘意志’という言葉が一番ふさわしいでしょう。

この三割か三割五分あたりの第一関門をすぎると、当分のうちは、その元気で仕事が進むでしょう。ところが六割か六割五分あたりのところへ来ると、へたってくるのです。そして今度の‘へたり’は、前よりも大分ひどいのが常です。第一の関所で落伍するような人間では問題になりませんが、この第二の関門となると、心身ともにかなり疲れてきますから、まず七、八割の人は、ちょっとへたりこむのです。そこでその際立ち上がるのは、もちろん意志と言ってもよいわけですが、しかし私は、根気という方がもう少し実感に近いかと思うのです。

そこで根気を出して、この第二の関門もついに打ち越えたが、しかしその頃には、相当疲れていますから、持ちこたえるという程度の力しか出にくいのが普通です。つまり第一の関所のように、立ち上がりだしたら、ある意味ではこれまで以上の勢力で突破していくということは、容易にできにくいのです。そこで、とにかくへたり込まないで、なんとかがんばりを維持していく、それにはどうしても‘根気’という言葉が、最もふさわしいかと思うのです。

ところが八割前後になると、いかにも疲れがひどくなって、どうにも飽きがきて、何とか一息つきたくなるものです。しかしそこで一息ついてしまったんでは、もちろん仕事は成就しません。仮に後から補ってみたところで、どうしても木に竹をついだようなものになってしまいます。同時に‘ねばり’という言葉が、独特の意味をもってその特色を発揮し出すのは、まさにこの第三の関所においてです。

これは富士登山で言えば、まさに「胸突き八丁」というところで、最後の目標たる山頂は、眼前すれすれの所に近付いていながら、しかも身心ともに疲れ果てて、いたずらに気ばかりあせっても、仕事の進みはすこぶる‘のろい’のです。つまり油はほとんど出し切って、もはやエネルギーの一滴さえも残っていないという中から、この時金輪際の大勇猛心を奮い起こして、一滴また一滴と、全身に残っているエネルギーを絞り出して、たとえば、もはや足の利かなくなった人間が、手だけで這うようにして、目の前に見える最後の目標に向かって、‘にじりにじって’近寄っていくのです。これが‘ねばり’というものの持つ独特の特色でしょう。

そこで私は、この‘ねばり’というものこそ、仕事を完成させるための最後の秘訣であり、同時にまたある意味では、人間としての価値も、最後の土壇場において、この‘ねばり’が出るか否かによって、決まると言ってもよいと思うほどです。

すなわち百人中九十七、八人までが投げ出すとき、ただ一人粘りに‘ねばり’ぬく力こそ、ついに最後の勝利を占める、もっとも男性的な精神力と言ってもよいでしょう。同時にこうした‘ねばり’の‘こつ’は、運動をやっている人たちは、むろん分かっていることと思いますが、しかしそれが単に運動だけにとどまって、現実の人生そのものの上に発揮できないようでは、まだ十分とは言い難いのです。この点諸君の深く工夫あらんことを切望してやまないしだいです。

-切抜/森信三「修身教授録」より

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