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毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「大東亜共栄圏は対等な国家連合!?」りゅうりぇんれん③ 2012年12月21日(金)No.541

2012-12-21 21:09:30 | 文学
いまだに「『大東亜共栄圏』は欧米列強からアジアの植民地を独立させ、
日本・満州・中国を中心とする対等な国家連合を実現させるものだった。」
という主張をしている人がいる。
こういうのを恐るべき厚顔無恥、恥知らずというのだ。

「1945年8月、広島・長崎に原爆が投下され、それによって日本が降伏した」
と学校の歴史で学んだマレーシアの少年は、
心から(原爆が投下されて本当によかった)と思ったという。
旧日本軍は、中国、朝鮮のみならず、マレーシアの人々にも、
今もなお憎まれている事実を私たち日本人は痛みを持って知らなければならない。
もう、そろそろ、アジアの国々で日本軍がやったことを正視し、
ごまかしたり美化するのをやめて、正しく決着をつけたい。
日本近現代史をきちんと勉強して、事実を受け止め、
日本人として清々しく生きたいものだ。

もし、自分が時代と空間を変えて中国に生まれていたら、
りゅうりぇんれんか、新妻の張玉蘭だったかも知れない。
自分に都合のいいことばかりが真実だと思いたいがそうもいかない。


「りゅうりぇんれんの物語③」茨木のり子

空気にかぐわしさがまじり
やがて
花も樹々もいっせいにひらく北海道の夏
逃げるのなら今だ! 雪もきれいに消えている
りゅうりぇんれんは誰にも計画を話さなかった
青島で全員暴動を起す計画も洩(も)れてしまった
炭坑へ来てからも何度も洩れた
煉瓦(れんが)をしっかり抱きしめて
夜明けの合図(あいず)を待っていたこともあったのに……
りゅうりぇんれんは一人で逃げた
どこから
便所の汲取口(くみとりぐち)から
汚物にまみれて這(は)い出した
このときほど日本を烈しく憎んだことがあったろうか

小川でからだを洗っていると
闇のなかで水音と 中国語の声がする
やはりその日逃げ出した四人の男たちだった
五人は奇遇を喜びあった
西北へ歩こう 西北へ!
忌(い)まわしい炭坑の視界から見えなくなるところまで
今夜のうちに
一日の労働で疲れた躰を鞭うって
五人は急いだ

山また山 峰また峰
野ニラをつまみ 山白菜をたべ 毒茸にのたうち
けものと野鳥の声に脅(おび)え
猟師もこない奥深くへと移動した
何ケ月目かに里に下りた 飢えのあまりに
二人は見つけられ 引きたてられていった
羽幌(はぼろ)という町の近くで
らんらんと輝く太陽のした
戦さは数日前に終っていることも知らないで
三人は山へ向かって逃げた
脅えきった野兎のように
山の上から見下ろした畑は一面の白い花
じゃがいもの白い花
りゅうりぇんれんは知らなかった じゃがいものこと
茎をたべた 葉をたべた
喰えたもんじゃない だが待てよ
こんなまずいものを営々とこんなに沢山作るわけがない
そろそろと土を探ると
幾つもの瘤(こぶ)がつらなっている
土を払って齧る うまさが口一杯にひろがった
じゃがいもは彼らの主食になった
昼は眠り 夜は畑を這う日が続く

「おい 聞えたかい? いまのは汽笛だ!
 いいぞ! 鉄道に沿っていけば朝鮮までゆける」
なぜ気づかなかったのだろう
海に沿って北にのびる鉄道線を
三人は胸はずませて辿(たど)っていった
夜の海辺を昆布(こんぶ)を拾いながら 齧りながら
何日もかかって 辿りついたところは
鉄道の終点
それはなんと寂しい風景だったろう
鉄道の終点 荒涼たる海がひろがっているばかりだ
稚内(わっかない)という字も読めなかった
ひとに聞くこともできなかった
大粒の星を仰ぎみて 三人は悟った
日本はどうやら島であるらしい
故郷からは更に遠のいたのも確からしい

三人の男たちは
黙々と冬眠の準備を始めた
短い夏と秋は終っていた ふぶきはじめた空
熊の親戚みてえなつらしてこの冬はやりすごそう
捨てられたスコップを探してきて
穴を掘りぬき掘りぬいてゆく
昆布と馬鈴薯と数の子を貯(たくわ)えられるだけ貯えて
三つの躰を閉じこめた 雪穴のなかに
三人の男たちはふるさとを語る
不幸なふるさとを語ってやまない
石臼(いしうす)の高梁(コーリャン)の粉は誰が挽(ひ)いたろう
あの朝の庭にあつた石臼の粉は
母はこしらえたろうか ことしも粟餅を
俺は目に浮ぶ なつめの林
まぼろしの菜林
或る日 日本軍が煙をたててやってきて
伐り倒してしまった二千五百本
いまは切株だけさ 李家荘の
じいさんたちが手塩にかけて三十年
毎年街に売りに出た一二〇トンの棗の実
俺は見た
理由もなく押切器で殺された男の胴体
生き埋めにされる前 一本の煙草をうまそうに吸った
一人の男の横顔 まだ若く蒼かった……
俺は見た 女の首
犯されるのを拒んだ女の首は
切り落とされて背部から生えていた
ひきずり出された胎児もいた
趙玉蘭おまえにもしものことがあったなら
いやな予感 重なりあう映像をふり払い ふり払い
りゅうりぇんれんは膝をかかえた
長い膝をかかえてうつらうつら
三人の男は冬を耐えた 半年あまりの冬を

眩しい太陽を恐れ 痺(しび)れきった足をさすり
歩く稽古を始めたとき
ふたたび六月の空 六月の風あまく
三人は網走(あばしり)の近くまでを歩き
雄阿寒(おあかん) 雌阿寒(めあかん)の山々を越えた
出たところはまたしても海!
釧路(くしろ)に近い海だった
三人は呆(あき)れて立つ
日本が島なのはほんとうに本当らしい
それなら海を試す以外にどんな方法がある
風が西北へ西北へと吹く夜
三人は一般の小船を盗んだ
船は飛ぶように進んだが なんということだろう
吹き寄せられたのは同じ浜ベ
漕ぎ出した波打際(なみうちぎわ)に着いていた
櫓(ろ)は流れ 積んだ干物は腐っていた
漁師に手真似(てまね)で頼んでみよう
魚取りの親爺(おやじ)よ 俺たちはひどい目にあっている
送ってくれるわけにはいかないか
朝鮮まででいい 同じ下積みの仲間じゃないか
助けてくれろ 恩にきる
無謀なパントマイムは失敗に終った
老漁夫は無言だったが間もなく返事は返ってきた
大がかりな山狩りとなって
追われ追われて二人の仲間は掴まった
たった一人になってしまった りゅうりぇんれん

りゅうりぇんれんは烈しく泣いた
二人は殺されたに違いない すべての道は閉ざされた
「待ってくれ おれも行く!」
腰の荒縄(あらなわ)を木にかけて 全身の重みを輪にかけた
痛かったのは腰だ!
六尺の躰を支えきれず ひよわな縄は脆(もろ)くも切れた
ぶったまげて きょとんとして
それからめちゃくちゃに下痢をして
数の子が形のまんま現れた
「ばかやろう!」そのつもりなら生きてやる
生きて 生きて 生きのびてみせらあな!
その時だ しっかり肝っ玉ア据(す)わったのは
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