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いつか海に沈む街




「美しさの他にはほとんど何も残っていない町」(ジョン・ラスキン)と別れの朝...




ヴェツィアは、わたしが「書けるはずだったのに書けなかった小説」のようなものだ。
「これくらいでいいなら、書ける」と、わたしは思う。しかし、絶対に書けない。

その面影に名残を惜しみつつ、水上タクシーはアマン・ヴェニスの入っているパパドーポリ宮殿を出た。

美しいファサードは角度を歪め、手を振ってくれる人と一緒に、大運河のカーブに沿って見えなくなった。




ボートは緑色の布のような大運河をゆったり進み、一日中観光客が鈴なりになっているリアルト橋の下をくぐる。

少し進むと、右手に、水面すれすれに建つカ・ドーロが輝いている。

まだシーズンには早く、大運河にはボートやゴンドラも少なめだ。




やがて、右折し脇水路、ノアーレ運河に入り、そこを通り抜けたらもう海。
(上の写真は反対方向で乗船した時のもの)

聖堂が鐘をいっせいに鳴らす。
ボートはそれをかき消すように急に機械の音とスピードを上げるが、途中一か所、再びスピードを再び落とす水域がある。




振り返ると街の輪郭がぼやけて、塔だけがいつまでも精一杯存在を示している。

左右に杭の打ってある水路に入ると、ボートはさらにスピードを上げ、水上で跳ね上がるように進む。
海鳥が悔いの上に佇んでいる。


死者の島、サン・ミケーレ島を右手にすぎるころには、もうあの街は薄いベールをかけたような空気の向こうに沈み、やがて見えなくなった。
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