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Brugge Style
美意識のちがい?
先月した大型の買い物を引き取るのが目的で車でパリへ。
あのときの40度近い猛暑とはうってかわって25度程度と、街を歩いたりテラスで食事をしたりするのにぴったりだった。
ところでパリだけでなく世界中の観光地で見かける同胞日本人、夏には一風変わった服装の方が...
長袖、長いパンツ、帽子、日傘、手袋。
わたしたちから見れば「ああ、ねえ。日焼けを気にしていらっしゃるの。」とすぐに分かるが、現地人は「?」なのだそうである。
昨日もそういう服装の若い女性を何人か目撃し、パリジャンの友人たちは(意地悪だから、彼らは)「病気なの?」「宗教?」と奇異の目を向けて(そして笑って)いる。
わたしは何回も繰りかえしたはずの日本人の美白嗜好を説明しなおす。そんなに必死になって自己(自己じゃないけどそんな気がするんです)弁護せんでもええやん...
日本人女性の肌の美しさは世界中で認識されていると思う。わたしも白い美肌を持つ日本人が心底うらやましい。もちろん人種的なファクターもあるが、手袋、日傘の努力の賜物でもあるわけである。わたしのような根性なしめんどくさがりは美肌など手に入れることは不可能に近い。
あなたは
「一時の享楽に身を滅ぼすよりも、いつもいかなるときも美白精神は忘れないわ。誰に何と言われようと肌は防御して美しい肌を保ち続けるの。最後に笑うのはわたしよ。」派?
「せっかくおしゃれの街パリにいるのだから、パリジェンヌ溶け込むかっこいい服装で、太陽のあたるテラス席に座っていい色になりながら人生を楽しみたい!」派?
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時代を越えるもの
アンティーク。
和洋エスニック、その範疇に入らないもの...大好きだ。
使い捨てという観念がなかった時代に作られたものは、当然丈夫で長持ちするように工夫がされている上、長持ちさせるためにこそ素材もいい。
あらゆる様式のスピリットを手にとって鑑賞することができるなんてなんという贅沢。
さて、1964年に製作されたものだから厳密に言えばアンティークにはならないが、少なくともわたしよりも年寄りの勉強机がわが家にやってきた。
娘の通う学校が教室で使う勉強机の買い換えをしており、夏休み前、旧い机の里親希望者を募ったのだ。
40年以上使われていた机にはインク壷を入れる場所があり、机の面は上方にパカッと開き、本やノートを納められるようになっている。イスは机に一体化している(これはわたしの目から見ると難である)。
わたしが子どもの頃はこういうタイプの机はすでに姿を消していた。でも「懐かしい」と思って下さる方もいらっしゃるかも。
傷はたくさんあるものの、まだまだしっかりしていて、これから何十年だって現役で通りそうだ。
9月から1年生の娘にどんな学習机を買うか、かなり長い間お店をいろいろ見て回った。
多くのものは、かわいらしくカラフルで使いやすそうだけれど使い捨てを前提にしたようなモノだったり、書斎に置くような子どもには少しシンプルすぎるデザインだったり、反対に子どもウケを狙いすぎたデザインだったり、なかなかこれと思うものがなかったのだ。
だから学校で里親募集の告知あったときは即決。こういうものやことにセンチメンタルな価値を見いだす夫も賛成であった。
インテリアも身の回りのモノも使い捨て派ではなく、よいものを手入れして長く使いたいわたしにとっては、うれしい買物になった。
学校側も大量の机を廃棄にしないことは教育的であるし、また経済的に潤う(ちなみに一机につき125ユーロ)。
様子を見て、娘の部屋の色にマッチするエクリュに塗り替えよう(てもらおう)かな。
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Green Fingers
わたしと同年代のブルージュ地元の友人たちは99%までが旧市街の外、新興住宅地に住んでいる。
旧市街の中は家屋の価格が高騰しているし、また子どもたちに望ましいスペースや庭のある家がごく少ないためだと思われる。
旧市街は独特のスタイルの旧い建物が立ち並ぶブルージュだが、車を5分も走らせると、真新しく綺麗な家が等間隔に立ち並ぶエリアである。
このあたりにやってくると、例えば米国の新興住宅街と同じような雰囲気。子どもたちが車寄せで自転車に乗っていたり、低い垣根から見える庭の芝を刈る男性が、お隣さんとおしゃべりしていたり...
今日訪ねた友人一家もブルージュ郊外のこういったエリアに住んでいて、広々としたリビングも、白っぽくまとめたフレンチ・カントリー風のインテリアもとてもすてきなのであるが、特に建坪より広いのでは?という大きな庭は手入れが行き届いて雑誌の記事のようだ。
しかもこの庭、マダムが庭師を使わずに5年かけて造園したもの。自分でデザインをして、毎年少しづつ手を入れてきたそうだ。
ああ、わたしにも彼女のようなGreen Fingers(園芸の才)があれば...
ホーム・センターの材料を使って自分の家を建てる人もいるベルギー人だから、造園くらいお手のものなのだろう。何年もかけて自分の家を整えていく心構えは、物を大切にしたり、長いスパンで生活/人生をとらえることにつながり、そういうところはぜひ見習いたいと思っている。
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奇跡
あれは8、9歳の頃。
バレエの発表会でデンドラビウムの花束をもらって以来、蘭の花がわたしの世界に入り込んできた。
それまでわたしにとっての「花」といえば、美しくもわかりやすい「薔薇」だったのだが(反対に百合やチューリップは嫌いだった)蘭の花の動物的な(?)大人っぽい魅力に圧倒されてしまったことを今でも覚えている。
....
さて、胡蝶蘭は育てやすく(値段的にもかわいらしい)、ワタクシにでも同じ株から何度も花を咲かせることができる。
夫が先日、屋根裏部屋で胡蝶蘭を発見した。
なぜそんな場所に置き去りにしたか全く覚えていないのだが、掃除か何かの時にまぎれたのだろう、おそらく2年近くも暗く乾燥したところで忘れ去られていたようである。
からからに乾燥していたので、もうダメかと思いながらも、とりあえず水を与え、茎を節で切り、日当たりのいい場所に置いた。
そうしたら2週間としないうちに新しい枝がのび、つぼみが4つもつき、真っ白な花を咲かせたのである。
花の専門家に言わせたらあたりまえなのかもしれないが、わたしにとっては奇跡である。
日もあたらないところで完全に存在を忘れ去られ、適当な栄養もなくすごした生き物が、一瞬のうちに生き返る。
森羅万象がすべてその根源と繋がっているという、Theエネルギーの充実を感じずにはいられない。
人間もきっと同じ。
苦しい時、辛い時、この世の終わりと思われる時、しかし明けない夜も、春の来ない冬も、扉のない暗黒の部屋も、決してないのである....
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運河めぐり
お客とともに運河めぐりへ。
...炎天下、ガソリンの強烈なにおいにくらっときてしまった。
ヴェネツィアのような手漕ぎゴンドラもあればよいのに(しかし彼の地ほど運河幅が広くないので、大渋滞してしまうだろう)。
あるいは水上バスがあれば便利なのに。ほとんどのものが徒歩圏にあるブルージュにおいては、大活躍すると思うのだが。
日本の友人たちとは「いつか屋形船を浮かべて粋な宴会を!」と夢を語りあっている...
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