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Brugge Style
喫茶もえのママの正体

これはわたしにとってはひとつのマイルストーン的発見だ。今日までブログを書き続けた理由はこのためだったのかとすら思う。
説明が簡潔ではなく、多くの人には興味も湧かないような内容であると最初に断っておく。
でもきっと何人かの方は「自分が時々感じるもどかしさはそれなのかも」と同意して下さると確信している。
前回、このように書いた。
「お客のわたしは、ほぼ毎日喫茶もえのママの話を聞き、それを「ママから聞いた話」としてブログにまとめている...そんな構図なのだ。
喫茶もえのママとしてのわたし
そのハナシを聞いて書き留める客としてのわたし
それを読むわたし...
いや、何人わたしがいるんでしょう!」
「自己意識」とは、原初の「わたし」から離れ、自己反省的に「わたし」を振り返る、ということだ。つまり他者の視線になって「わたし」を振り返って見る仕草が、ヘーゲルの「自己意識」
つまり...
「わたし/喫茶もえのママ」について、自己反省的にブログを語り記すのが「わたし/お客としてのもえ(の仕草)」イコール「自己意識」なのである。
しかし話は簡単ではない。
そのように「わたし/喫茶もえのママ」から一旦離れて振り返って「わたし/喫茶もえのママ」を見る「わたし/お客もえ」は、もうすでに「わたし/喫茶もえのママ」とは完全に同一ではない。
「わたし/喫茶もえのママ」と「わたし/お客としてのもえ」がいずれも「わたし」ではありながら、完全に一緒ではないというズレ。
「わたし/お客もえ」は「わたし/喫茶もえのママ」を振り返り、「あれはわたし」だと意識し、ママが主人公の「わたしの話」を語り始めるのである。しかし、ママのことをすべて語りつくすことはできない。だってお客もえはすでに「他者」で、さらに言語を使用して語るからだ。
しかも、すべてを語り尽くすことができないがゆえに、お客もえはママもえについて延々と語るのである(ラカンの「言語へと向かわせる」)。
お客もえはママもえを語る時、「何か言葉で言いつくせないものがあって気持ち悪い」というズレを常に抱いていて、そのズレを縮めようとして増々語るのである。
そういうわけで、喫茶もえのママは、お客もえがブログの中で「わたし」として語る物語の主人公だったのだ。
お気に召すならば、「わたし/喫茶もえのママ」を「ほんとうのわたし」と呼んでもいい。しかし、われわれの言葉は決して「ほんとうのわたし」に届きはしない。喫茶もえのママはただ無批判的にそこに「ある」だけの存在なので、自分自身では語らない。喫茶もえのママが語り出した途端にそれはお客のもえが語っていることになるのである。
厳密に言えば、「わたし/喫茶もえのママ」は、「わたし/お客もえ」が語らなければ全く存在すらしないのだ。
お客もえがどんなに言葉を尽くしても、ママもえ「そのもの」には届かない...
そのズレこそが、自分の感情や考えなど内面を表現しようとするときに誰もが時折感じる「もどかしさ」「言葉では表せない」「ふさわしい言葉が見つからない」「上手く表現できない」「言い足りなさ」「ほんとうの私って何?誰?」の原因なのである。
ここまで読まれた方は、自分じゃないものを自分として語るお客もえは狂っている、と思われただろうか?
そうなのだ。人間は基本狂っているのだ。自分ではないものを自分と想定することによって「わたし」を形成しているのである(と、ラカンは言いましたとさ)。
これがわたしが「喫茶店のママであり、同時に客である、2人いる」とずっと感じていた理由だったのだ。
このブログでぺちゃくちゃしゃべっていたのは実は「わたし/喫茶もえのママ」ではなく、「ママが主人公の話」というネタで、「わたしはね」と一人称で語る奇妙な「わたし/お客のもえ」だったのだ。
あなたが喫茶もえの扉を押して入って来られるとき、目にするのはカウンターの向こうでお湯がしゅんしゅん音をたてて沸いているのと、今そこに女主人がいたにちがいない、という気配と、カウンターに座ってあなたに話を聞いてもらいたそうにしているお客もえの姿だ。
あるいはカウンターの向こうにいる女主人とカウンターのお客がそっくりで(まさにドッペルゲンガー。ドッペルゲンガーの特徴としてウィキペディアには「ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない」「本人に関係のある場所に出現する」と解説してあった・笑)、女主人は模糊としていて何も言わないが、なぜかそのお客がママのことをベラベラしゃべり、しゃべればしゃべるほど女主人の輪郭が濃くなる...という。
ようこそ喫茶もえへ。
今店内でかかっているのはこの曲。
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ブルージュはあの日も雨だった・追加

どうでもいいことなのは百も承知なのだが、喫茶もえのママの話を聞いてブログを書いているお客のわたしとしては、ぜひ続きを載せたい。
お客のわたしは、ほぼ毎日喫茶もえのママの話を聞き、それを「ママから聞いた話」としてブログにまとめている...そんな構図なのだ。
喫茶もえのママとしてのわたし
そのハナシを聞いて書き留める客としてのわたし
それを読むわたし...
いや、何人わたしがいるんでしょう!
以下が追加分です。
「わたし個人的には英国滞在丸2年を迎える今年でお役目を終えて(<夫が)ベルギーへ戻りたいのだが...」
どうなるやら。
事情としては、このまま英国に半永住という選択も可能、(夫の)役目が一段落したらベルギーに本帰国するという選択も可能、夫次第だ。彼のオフィスは彼がいるところ、なので。
しかしわたしたちには選択をするならば早いうちでなければならない理由がある。娘の教育問題がそれ。娘自身は「英国のこの学校をブルージュにそっくりそのまま移植させられたら最高のシナリオ」と言う。英国の「絶対的に世界で最高の大好きな学校」とそこでできた新しいお友達と、ブルージュの街と幼なじみや親類、恩師のぜんぶが欲しい、というわけですな...
夫や娘の都合はぬきにして、わたし自身はブルージュに戻りたいと思っている。在住中あのように退屈がっていたのにもかかわらずですよ。この心情を告白すると友達に突っ込まれるわ突っ込まれるわ(笑)。
無い物ねだりの子供のようだとこれ以上思われては立場がないので、言い訳をしたい。
わたしはベルギーから英国へ転居したことによって「自己意識」に目覚めたわけです。
「自己意識」とは、原初の「わたし」から離れ、自己反省的に「わたし」を振り返る、ということだ。つまり他者の視線になって「わたし」を振り返って見る仕草が、ヘーゲルの「自己意識」。
ブルージュに降るあの雨はただのうっとうしい降水で、何ら詩的な意味も持たなかった...
今はブルージュの雨は美しい雨だった、と思う。
...
英国は日曜日の24時をまわったところなのでこの曲を。
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ブルージュはあの日も雨だった

年末に帰ったブルージュで。
ブルージュでは「どこを撮っても絵になる」というのはこの通り本当なのである。
どこを撮っても絵になるのは絵になるのだが、雨雲のための「暗さ」という魔にはわたしのデジカメでは太刀打ちが難しく、なにやら暗ーい写真がたくさん上がって来た。これが唯一の気に入りの写真だ。
わたし個人的には英国滞在丸2年を迎える今年でお役目を終えて(<夫が)ベルギーへ戻りたいのだが...
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巳年

年が明け、旅行から戻って来てからは、外国暮らしのわが家で初詣の代わりの儀式と定めているバレエ鑑賞と美術館訪問をしているうちに、今日から娘の新学期が始まり、夫は米国出張へ出かけ、いよいよ一年が始まるという感じだ。
この一年も無病息災で大きなトラブルがなければいいなと思う。
みなさまのご健康とご多幸もあらためてお祈りさせて下さい。
前回、1年フライングで馬の写真を出してしまったので、アルバムの中に蛇の写真がないかと探したらペルガモン博物館内にある巨神族を倒すアテーナを発見。
巨神の髪をつかみ、今投げ飛ばそうとする瞬間か。
戦闘シーンゆえの力強さと勇ましさと、決定的な勝利を予感させる優雅さがこれも新年にふさわしいような気がする。巨神には気の毒だが「厄」を投げ飛ばす女神。あなたの「厄」も投げ飛ばしてもらいましょう!
そして左側の巨神にからまっている蛇。これをアテーナの蛇(知恵を表す、あるいは大地伸としてのシンボル)と考えて、知恵と豊穣の年になるように祈ろう。
最近はわたしも時々は大人として考えることがあり、「厄」は投げ飛ばすよりも共存した方がいいのだなどと思うことがある...というのが本当のところ。「厄」とは、つきつめるとおそらくキリストの言うところの「隣人」、あるいはフロイトの「(大文字の)他者」のことなのだ。
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