海辺を歩いている
わたしは粗末な白い服を着て
薄紅色の貝を探しながら
白い砂浜を歩いている
静かな音を立てて波は打ち寄せる
それに耳を浸していると
何か不思議なささやきが聞こえるような気がする
何を言っているのかわからないが
それを聞いていると
ほんとうに心が安心して
もう何も苦しまなくていいような
そんな気がするのだ
苦しみ か
そういえばたくさんあったような気がする
わたしは大勢の人々に
石を投げられて
馬鹿者だとののしられ
胸深く呪いの針をさされたのだった
考えてはいけません
おや 誰かの声がする
誰だろう と考える前に
そう考えることを無理やりやめさせられるような
強いものを感じて
わたしは考えるのをやめる
そのほうがいいということが
なんとなくわかるような気がする
薄紅の桜貝を五つほどもみつけて
白い砂の上に並べ
ちいさな花を作ってみた
ああ かわいい
こんなきれいなもので
だれかの胸を飾ることができたら
きっとそれはうれしいことだろう
あなたはもう
自分のことだけを考えなさい
また 誰かの声がする
わたしは今度も逆らわないほうがいいような気がして
だまってうなずいた
ではわたしは 何をしたらいいだろう
そうすると不思議な声が
またわたしの耳元にささやくのだ
岩戸に帰り 白い紙に
あなた自身の姿を描きなさい
それは美しく立派な姿に描いてみなさい
それは傲慢なことではない
今のあなたに必要なことなのです
それは なぜですか
と わたしが問うと
声はかすかなため息をつきながら言う
それは水晶の鈴が砂のように小さくなって
それをさらさら流して一粒ずつ鳴らしているような
とても澄んだ美しい声なのだ
あなたは 人に馬鹿にされ過ぎて
自分を馬鹿だと思い過ぎているのです
取るに足らない小さなものだと
思い込まされているのです
ですから あなたの傷ついた心をなおすために
あなたは自分の姿を描くのです
それは美しく
すばらしい人に描くのです
それを何度も何度も繰り返しなさい
自画像を描くのですね
そのとおり
自分をすばらしい姿に
描いてみなさい
何度も何度も描きなさい
それは あなたの心の傷を暖め
本来のあなたの誇りを取り戻すためには
とてもよくきく方法なのです
ああ わかりました
自分を描いてみましょう
たくさん描いてみましょう
さあ岩戸に帰り
自分のすばらしい姿を
何枚も描きましょう
遠慮などしなくていい
思いきり美しく
あなたらしい心に
光をたくさん飾って
表現してみなさい
そうすれば あなたの病も
だんだんと治ってくるでしょう
わたしの病は深いのでしょうか
考えてはいけません
今しばしは わたしたちの言うことを聞きなさい
おお 愛する人よ
どんな目にあって
あなたはこんなに小さくなってしまったのか
声は震えながら言った
わたしはどうしたのだろうと
不思議な疑問がわくのだが
それ以上何も考えることができない
そうだ 岩戸に戻り
自画像を描いてみよう
たくさん描いてみよう
立派に 美しく
わたしを描いてみよう
わたしは拾った桜貝を集めて
片手に握り締め
頭の中で薄紅色の貝細工で
胸を飾っている自分を想像してみた
おや なんと似合うこと
わたしがほんとに立派に見えるではないか
そうだ わたしは立派な人なのだ
美しい人なのだ
そう
それでいいのです
そうやって少しずつ
治していきましょう
二十七夜の月のように
欠けてしまったあなたの心を
少しずつ太らせていきましょう
あなたは何も心配しなくてよい
岩戸にもどり わたしはわたしの小部屋で
文机の前に座り 紙にわたしの姿を描いてみた
小さいわたしを少し大きく描いてみた
そうすると 本当に自分が大きくなったような気がして
うれしくて
ゆるゆると 胸に刺さった痛い棘がひとつ
溶けてゆくような気がする
また描いてみよう
今度は薄紅の桜貝の細工物を
胸に着けて飾ってみよう
何枚も 何枚も
描いてみよう
そうやって三枚も自画像を描いたとき
わたしは妙に背中が暖かいのに気がついた
ああ
だれかがわたしを
見えないところで抱いている
誰なのか とは
考えてはいけないと
わたしは知っている
ああ 明日考えよう
今はまだ なにもわからない
自画像を描くのはおもしろい
いろんな自分がいるのは
おもしろい
まるでフリーダのようだな
かのじょもきっと
わたしのように
深く傷ついていたのだろう