MY LIFE AS A FOOTBALL

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水を運ぶ人たち

2019年01月13日 | 木曜日のボール

 「蹴球日本代表監督史」

おなじみのシリーズ 今回はオシムジャパンの2回目
時は2006年 11月15日 札幌ドーム
2007アジアカップ予選 サウジアラビア戦 

12年前だけど、これが超絶のおもしろさだ。
この試合を観た後に、BSで再放送していたロシア’18のコロンビア戦を観たが、
スピード感ではこっちが遥かに上だ。
ま、ワールドカップの本選と比べちゃなんだけど・・・

スコアは3-1 メンツは ↓↓↓

 


得点 田中マルクス闘莉王(20分)
   我那覇和樹(29分)
   我那覇和樹(50分)

交替 三都主アレサンドロ ⇒ 山岸智(65分)
   我那覇和樹 ⇒ 高松大樹(74分)
   巻誠一郎 ⇒ 羽生直剛(87分)


おなじみ、当事者解説は巻。
“名は体を表す”の言葉通り、誠実な誠一郎くんは汚れ役も誠実にこなす。
彼はまだ現役のはず。 
どうか長くプレーしてください。

2か月前にアウェーで敗けたのが信じられないほど、サウジを圧倒する。
キープレーヤーは3人。
両サイドのカジと駒野、そしてスリーバックのひとり、今野のタイちゃんだ。
3人とも恐るべき運動量で攻守を支え続ける。

事実2点目3点目は、今野と駒野のアシストでカジも絡んでいる。
オシムさんちの家族には明白な役割分担がない。
誰がどこに行っても誰も文句を言わない。
どこかに行った者の穴は、別の誰かが埋めればいい、というのが世帯主の考えだ。

放蕩息子の闘莉王くんが、家をほったらかしてなかなか旅から帰ってこなくても、
当たりの方が多いはずのPKくじを外しても、世帯主は泰然としている。
※ 1点目はこの放蕩息子が決めたし、3点すべてDFが絡んでいる。

オシムさんが指揮していたジェフと試合をした選手の感想で多いのが、
ジェフの選手の数が多く感じた、というもの。
次から次へと湧いて出てくるようだった と。

代表でも世帯主の考えは不変で、
カジと駒野はセレソンも真っ青な位置を取りつつ、サイドを制圧する。
なおかつふたりは、守備も怠らないサボらないときてる。
う~ん 凄いぞカジコマ、、、コマカジか どっちでもいいぞ
今見てもモダンで、むしろより先進性さえ感じてしまうほどだ。
だから、あの中村憲剛が目立たない^^ マジで。

残念なのは我那覇だ。
この試合でも素晴らしいゴールを決めているが、この後ドーピングに引っかかる。
それも完全なシロにもかかわらずだ。
詳細はこちら→http://footballweekly.jp/archives/1784509.html


知将の壮大なる日本化計画は、いよいよ佳境へと向かっていく。
次の試合は翌2007年3月のキリンカップ・ペルー戦
ついにシュンスケ、高原、ヤット、ボンバヘッが揃うことになる。
さらにおもしろさが増していく。。。

そしてYou Tubeでオシムジャパンと検索すると真っ先に出てくる試合、
オシムジャパン 史上最高試合 日本代表 対 スイス代表
次のテキストはこいつだ。


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