ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

売れないのは当然か? 泉佐野市の命名権

2012年08月22日 20時12分27秒 | 国際・政治

 今年の3月25日付で「果たしてどうなのだろう? 大阪府泉佐野市の試み」と題し、泉佐野市が行っている市名の命名権売却の話を書きました。地方議員の視察は多いようですが、肝心の企業からの声が全くかかっていないという話があります。読売新聞社が、今日の14時37分付けで『泉佐野市の命名権、照会ゼロ…10億円高すぎ?』(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120822-OYT1T00677.htm)として報じています。

 この記事を読むと、企業と地方議員の間にある、見事なまでの視点のズレ、思考のズレが目立っているような気がします。これまで、地方議員の視察は今年度で60人ほどだそうで、昨年度の2.4倍ほどだということです。沖縄県の名護市、福井市などから視察に訪れる議員があるのですが、肝心の企業からの照会がないのです。

 記事では、年間広告料、公共施設の看板の付け替えなどの経費を合わせて最低で10億円という「ハードルが高い」ことを原因の一つとしてあげています。しかし、果たしてそれだけなのか、という疑問はあります。

 そもそも、命名権売却(あるいは貸借)は危険性の高いものです。たとえば、売却先の企業が何らかの不祥事を起こしたとします。そうすると、その企業の名前を冠した施設なり市町村なりは、どのように対処するのでしょうか。日本には実例が何件かあるのですが、泉佐野市の行政当局者も地方議員も、全く知らないのでしょうか。

 最近、東京都八王子市にある八王子市民会館が問題となりました。ここには命名権が設定され、オリンパスホール八王子となっているのですが、昨年明らかになった不正経理事件は企業そのものの存続にも関わる大事件でした。泉佐野市では報じられなかったのでしょうか。しかし、これはまだよいほうの例でした。

 埼玉県所沢市にある西武ドームの命名権に至っては契約の解除にまで至りました。2007年、西武ドームはグッドウィルドームとなりましたが(その前にはインボイスSEIBUドームと命名されていました)、同年中にグッドウィルグループの違法派遣業務が一大問題となり、厚生労働省から事業停止命令を受ける事態にまで至りました。こうなっては、命名権がマイナスに働きます。プロ野球チームのイメージがガタ落ちになるからです。その後、西武ドームについては命名権の設定などが行われていません。西武球団が慎重であるためで、グッドウィル事件の教訓として、命名権行使企業のイメージが球団にも響くという危険性を認識したのです。このことは、公共施設などにはいっそう強く妥当するはずなのです。泉佐野市、そして視察した地方議員は、こうしたリスク感覚に乏しいのではないでしょうか。

 また、東京都渋谷区は渋谷駅の近くにある宮下公園でも、命名権を巡る事件が生じました。ナイキジャパンが宮下公園の命名権を取得し、宮下NIKEパークという名称をつけようとしました。このことが報じられて、すぐに反発が起きました。原因は様々で、一つにはホームレスの強制排除の問題もありましたが、公共の場である公園を一私企業の宣伝の場とすることへの批判も強かったようです。結局、ナイキジャパンは命名権のために費用負担を続けているようですが、命名権の行使は見送られました。

 宮下公園の事例は、西武ドームの事例などとは性質が違いますが、場所、施設などの性質によっては命名権の行使に対する強い反発が生じるということで、大いに参考にすべきでしょう。

 小説や漫画などを書くのと同じで、アイディアを出せること自体はよいのですが、それを生のまま、何の検討もしないで出すというのでは、使い物にならないものしか産み出せないでしょう。重要なのは、出てきたアイディアをどのようにアレンジするか、ということです。この点では料理と似ています。材料を出しただけでは料理と言えないからです。

 

 大阪都構想も、安直さという点では泉佐野市の命名権売却に負けていません。大阪府と大阪市が二重行政の状態にあるというのであれば、府と市の役割を見直すか、大阪市だけを大阪府から分離して一市一県にするか、大阪市を解体して幾つかの市にすればよいだけのことです。東京都でも、かつて、千代田区が千代田市構想を発表していました。世田谷区は、人口だけであれば十分に政令指定都市としての資格を持っていますから、世田谷市世田谷区・北沢区・成城区・玉川区などという行政区割りも可能でしょう。

 大阪都構想が中途半端なのは、一つが大阪市の解体に留まるという点です。大阪府の全市町村を吸収合併しても、面積の点では岐阜県高山市にかないません。もう一つが、道州制を導入するならば中間点に過ぎないので結局は無駄であるということです。

 以前にも書いたのですが、大阪府に都政を敷きたいのであれば、一番安直で楽なのは大阪府が東京都の一部になることです。しかし、大阪府民、大阪市民の誰も望んでいないでしょう。大阪都にはならないからです。

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近鉄内部線・八王子線が廃止される可能性

2012年08月22日 13時37分20秒 | 社会・経済

 以前から存廃の岐路に立たされていることは知っていました。記事を読んだ時には「ついに決めたか」と思いました。毎日新聞社が、今日の2時30分付で「近鉄:内部線・八王子線の鉄路廃止、跡地にバス運行  三重」(http://mainichi.jp/select/news/20120822k0000m040141000c.html)として報じています。

 三重県は、今から7年前に近鉄大阪線・名古屋線の特急で通過しただけであるため、詳しいことを知りません。ただ、桑名駅に近い西桑名(桑名市)からいなべ市の阿下喜まで三岐鉄道北勢線が営業していること、四日市市の中心駅である近鉄四日市から同じ市内の内部(うつべ)まで近鉄内部線が営業していること、内部線の途中駅である日永から西日野まで近鉄八王子線が営業していることは知っています。

 この3つの路線の共通点は、近鉄が言うところの特殊狭軌線で、レールの幅が762ミリメートルしかないということです(ちなみに、北勢線もかつては近鉄が運営していました)。いわゆる軽便鉄道というもので、第二次世界大戦前には全国各地で見られたものの、バスなどとの競争に敗北して次々に廃止され、高度経済成長期にはほとんど見られなくなりました。現在、工事用軌道などの特殊な用途を除けば、上記3路線以外には富山県の黒部峡谷鉄道しかありません。ただ、黒部峡谷鉄道は観光と関西電力の物資輸送のための鉄道で、通勤通学路線とは言い難いのです。

 北勢線も廃止の危機にさらされ、結局は三岐鉄道が引き受けて存続したのですが、次に内部線と八王子線が存廃問題の渦中に入ることは予想されていました。このところ、近鉄も合理化、ダウンサイジングに取り組んでいるようで、特急の本数を減らしたりしています。それに、1974年、水害のために八王子線の西日野~伊勢八王子が運休となり、2年後に廃止されていますが、この時にも近鉄は八王子線の廃止を打ち出していました。そのため、少なくとも八王子線に関しては二度またはそれ以上の危機に直面していることになります。

 そもそも、内部線と八王子線が何故に軽便鉄道のまま残されてきたかという問題があります。線路の幅が狭いのでは速度も出ませんし、吊り掛け駆動のうるさいモーター音を出す電車しか走れません。鉄道ファンならこういう音を好むでしょうが、普通の乗客ならただの不快な騒音でしかありません。また、線路の幅が狭いことから車体も小さくせざるをえず、冷房化も難しいという問題も無視できません。

 内部線、八王子線、そして三岐鉄道に移された北勢線のいずれも、最初から近鉄の路線であった訳ではありません。1965年に三重電気鉄道が近鉄に合併され、内部線、八王子線、北勢線も近鉄の路線となったのです。

 近鉄は営業キロ数が500キロメートルを超えます。大手私鉄でもトップの営業キロ数です。そのため、よく日本一の私鉄と評されます。しかし、これは営業距離だけの話です。たとえば、会社の資本金で比較をするならば、大手私鉄で最大の会社は東京急行電鉄(東急)で、平成23年3月末日現在で1217億2400万円です。1000億円を超えるという鉄道会社は東急くらいで、営業距離でなら東急の5倍を超える大きさをもつ近鉄の資本金は、平成24年3月末日現在で927億4100万円となっています。1年間の違いはあるものの、資本金が1年間で大きく変動するということはあまりないので、資本金で行けば近鉄のほうが東急より少ないことが明らかです。敢えて単純化して記すならば、近鉄は資本力の割に過大とも言える路線網を抱えているとも評価できます。

 また、近鉄の営業距離が大手私鉄最大であるから年間輸送人員も最大である、というのであれば、近鉄が日本一の私鉄という評価も理解できるのですが、そうなっていません。日本民営鉄道協会が発表している数字を参照すると、平成23年3月現在での近鉄の年間輸送人員は5億7352万2千人です。他の大手私鉄と比較してみましょう。以下は、多いほうから順番に示しています。

 (1)東京地下鉄(東京メトロ):23億219万7千人

 (2)東急:10億6259万人

 (3)東武:8億6308万7千人

 (4)小田急:7億1040万5千人

 (5)阪急:6億323万3千人

 (6)京王:6億2543万9千人

 (7)西武:6億1777万1千人

 (8)近鉄:5億7352万2千人

 (9)京急:4億3735万1千人

 (10)名鉄:3億4038万6千人

 (11)京阪:2億8059万9千人

 (12)京成:2億5880万8千人

 (13)相鉄:2億2757万7千人

 (14)南海:2億2606万5千人

 (15)阪神:2億520万2千人

 (16)西鉄:9909万7千人

 旅客輸送人キロの面なども見なければ正確なことがわからないかもしれませんが、営業距離との関係を考えるならば年間輸送人員の数で十分でしょう。近鉄の次に営業距離が長い東武が年間輸送人員で3位に入っていることからしても、近鉄の数字は高くないと言わざるをえません。そして、この輸送人員数を大阪線、奈良線、名古屋線、京都線、南大阪線などの主要路線で稼いでいると考えると、支線区は乗客が少なく、経費ばかりかかる路線となっていることも、想像に難くありません。現に、2011年の秋から、吉野線の無人駅が増えています。資本力を考え合わせると、とてもローカル線に手を回せるような状況ではないのかもしれません。大阪線と名古屋線の特急も減便されているくらいなのです。

 内部線と八王子線は、三重県で最も人口の多い四日市市内を走ります。しかし、存廃問題が浮上しているのですから、乗客が少なく、経費がかかっていることは簡単に推測できます。軽便鉄道では、他の都道府県に同じような私鉄が存在しない(黒部峡谷鉄道は特殊な例なので、ここでは除外します)ことからすれば、仮に伊賀線や養老線(奇しくも、この両線も三重県の路線です。養老線は岐阜県も通ります)のように分社するとしても、他の会社から中古の車両を購入して走らせるという訳にもいきません。

 こうなると、現在のままでは内部線も八王子線も生き残ることはできません。或る意味で、近鉄の路線であったからこそ、現在まで維持されてきたとも言えます。しかし、今後は、近鉄のダウンサイジングの第一候補として廃止される可能性が高まっている訳です。四日市市に行ったことがないのでよくわからないのですが、自動車社会でもあるのでしょうか。

 近鉄が打ち出しているBRT化は、現実的な方向と言えます。しかし、BRTも決して万能ではありません。単線の幅のまま、バスの専用道路にするということになると、バス同士の離合が問題となります。どこでもできる訳ではないからです。そうなると、本数が限定されるだけでなく、所要時間も延びるかもしれません。ダイヤの設定が鍵になるでしょう。

 他に考えられるのは、たとえば改軌です。近鉄四日市駅から湯の山温泉に伸びる湯の山線も、元々は軽便鉄道でしたが、近鉄名古屋線と同じ標準軌に改められています。ただ、内部線と八王子線の改軌を近鉄が行うとは考えにくいので、可能性は低いでしょう。

 そうなると、分社化、他の私鉄への譲渡、第三セクターといったところが考えられます。分社化は、伊賀線→伊賀鉄道、養老線→養老鉄道という例がありますし、他の私鉄への譲渡は北勢線の例があります。ただ、分社化は一時しのぎに終わる可能性がないと言い切れない点に問題があります。また、他の私鉄への譲渡の場合は、受け皿となる会社が必要ですが、また三岐鉄道に引き受けさせるという訳にもいかないでしょう。三重交通でしょうか。しかし、内部線、八王子線は三重交通の路線であったところ、三重交通から三重電鉄に分社され、そして近鉄に合併されたという経緯を持っています。三重交通によほどの余裕がない限り、再び内部線および八王子線の運営主体になるとも思えません。第三セクター化も、他の地域の例も合わせると黒字化するほうが難しいくらいですし、まして軽便鉄道なので、これまで以上に慎重な検討が必要でしょう。第三セクター鉄道の中には、かなり安直なものとしか思えないような例もあるくらいですので、正直に記せば、あまり賛同できないのです。

 四日市という場所を考えると、観光鉄道にするというのも現実的でないような気もします。そうなると、存続の道を考えるのは難しいかもしれません。

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