長期政権ともなる手の平を返すような態度を取る人も多くなるのでしょうか。これまで時事通信社が安倍内閣に対しどのような態度を示してきたのか、正直なところよくわかりませんが、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、日刊ゲンダイなどとは違っていたような気もします。それにしても、新型コロナウイルスが日本を襲うまでは、とくにインターネットの世界で安倍内閣支持の声が強く、少しでも批判的な人に対しては反日だの何だの、しまいには「パヨク」という、何に由来するのかよくわからない言葉などを浴びせられていました。多分、私もその一人でしょう(よくわかりませんが)。しかし、私のような学者と言われる人間が世に迎合する方がよほど悪い訳ですし、常に客観的にデータを分析し、政権や財界などが実績を喧伝するのであれば、本当に事実に根付いているのか、真実は何処にあるのかを語る者は必要です。このブログで与党税制大綱のことを記しましたが、平成27年度から平成31年度まで与党税制改正大綱を読んでみると、まるでドイツ民主共和国(東ドイツ)の建国40周年記念式典の様子でも見ているかのようでした。何かといえば真っ先に実績を誇示し、繰り返すというのは、20世紀の社会主義国でよく見られた傾向です。右も左も変わらないというところでしょうか。そもそも、右翼および左翼の語源は、フランス革命期の議会で穏健派のジロンド派が議長席から見て右側に、急進派のジャコバン派が左側にいたという事実に由来します。右翼だの左翼だのと騒いでいる人でこういうことを知る者は意外に少ないでしょう。私は中学生時代に何かのきっかけで調べて知りました。
もりかけさくらで風潮が変わってきたなとは思っていましたが、確実に変わったとわかったのは今年の3月か4月でしょう。或る意味で、世間に実際の姿がさらされたというところでしょう。今ではアベノミクスが死語になったとしか言い様がないのですが、歴代1位の長期政権が残したものは「もりかけさくら マスク2枚」であるということになるでしょう。
こんなことを書いたのは、今日(2020年8月23日)付で時事通信社のサイトに「水泡に帰すアベノミクス コロナ渦打撃、経済縮小」(https://www.jiji.com/jc/article?k=2020082200352&g=eco&utm_source=top&utm_medium=topics&utm_campaign=edit)という記事を見つけたからです。正直なところ、一読して「何を今更」という印象は拭えないのですが、紹介しておきます。
この記事は、次の文章で始まります。
「2012年末に発足した第2次安倍政権は、金融緩和と財政出動、成長戦略の『3本の矢』による経済政策『アベノミクス』を推進してきた。円安による企業業績改善や株高といった成果を挙げたが、公約に掲げたデフレ脱却はいまだ実現できていない。足元では新型コロナウイルスの影響で経済が急激に縮小。看板政策の果実は水泡に帰しつつあり、経済再生には構造改革が急務だ。」
たしかに株高は成果の一つでしょう。但し、日本銀行による金融緩和政策と株の買い支えによるところが大きい、とまでは言えないとしても、小さい訳ではないとは言えます。この辺りの事情について金子勝教授が度々批判しており、本当に日本企業の体力が強くなったから株価が高くなったと言えるかどうかは疑問です。
もう一つ、この時事通信社の記事も円安信仰が強いと感じます。先の文章に続いて「民主党(当時)政権下では、歴史的な水準まで円高が進み、日経平均株価は安倍政権発足直前まで1万円割れが続いた。デフレの長期化で閉塞(へいそく)感が強まっていた」と書かれており、たしかにその通りとも言えますが、円高が進むということは通貨が強くなるということでもあり、国際比較の上ではむしろ良い点もあるということに気付いていないのでしょう(忘れたのではないと思います)。
円安が進むということは、日本の円の価値が下がるということです。例えば、或る人の年収が1,000万円であったとします。1ドル=100円であればその人の年収は10万ドルということになります。ここで1ドル=50円になれば、年収は1,000万円で変わらないとしても20万ドルです。逆に1ドル=200円になれば5万ドルです。OECDのサイトなどを見ればすぐにわかりますが、国際比較はドルを基準として行われますので、円安になるということは相対的に年収などが下がるということを意味するのです。勿論、実際にはこんなに単純なものではありませんし、OECDの国際比較は購買力平価、物価などを考慮した上で行われていることを忘れてはなりません。それでも、通貨が弱いということが国にとって良いことかどうかは、よく考えなければなりません。
通貨が弱ければ輸出企業に有利であるという点は認められます。しかし、日本は、かつてほど輸出の力を持っていないでしょう。日米構造協議などで一方的な譲歩を余儀なくされたという歴史などを振り返るとわかりますが、少なからぬ日本企業は輸出よりも現地生産を強めています。また、日本企業の製品であっても実際に製造されたのは外国においてであるという例は枚挙に暇がありません(身の回りのものをみればすぐにわかります)。つまり、実際には輸入が多くなっている訳です。通貨が弱ければ輸入品の価格も高くなります。石油などの資源や食糧の多くを輸入に頼っている日本です。円安では都合が悪いということになります。
さて、アベノミクスです。時事通信社の記事は「13年に日銀は市場で国債を買って大量のマネーを供給する異次元緩和を導入。円高是正で輸出企業の業績は好転し、株価は15年に2万円台を回復した」と書いています。この部分については先に記したとおりで、輸出企業の体力も知力も増した訳ではないことが暗示されています。しかも「企業は賃上げに慎重な姿勢を崩さなかった」。これも今まで、何度となく指摘されたことです。金子勝教授、明石順平氏などの著書や論文をお読みください。政権もこのあたりのことはわかっていたようで、企業の内部留保に課税するという案も出されたほどでした。企業もわかっているから内部留保を多くしたのでしょう。勿論、内部留保の増加が長期的に見てよいことかどうかは別問題です。
インフレイションの目標を設定することにどれだけの意味があるのか、私は常に疑問を持っていますが、日本銀行は2%を掲げています。日銀総裁の交代劇は日銀の性格を大きく変えたとも評価されますが、短期戦を掲げたことでは政権と日銀はよく似ていました。目標に到達することがなかった点、到達しなかったら外に原因を求めるか、何となく長期戦にずれ込むかという点もよく似ています。時事通信社の記事には「消費税増税の影響を除くと、物価は一度も届いていない」としか書かれていません。
デフレ脱却と経済成長を掲げた政権ですが、「規制緩和など成長戦略の中身も乏しかった。内閣府によると、日本経済の実力を示す潜在成長率は19年に0.9%と4年連続の横ばいだった」というのが、時事通信社の記事による短評です。ここは具体的な数値を示してほしいところでした。
これも既に報じられているところですが、2020年4月〜6月期の名目GDPは(おそらく年率に換算して)506兆円、実質GDPは年率に換算して485兆円となりました。これは前期に比して41億円の「目減り」であり、第二次安倍政権発足時である2012年10月〜12月期の498兆円よりも低くなっています。時事通信社の記事には実質GDPの水位に関するグラフが掲載されているので、そちらも御覧ください。
また、与党税制改正大綱や骨太の方針などで繰り返されたのが「経済再生なくして財政健全化なし」という言葉です。当たっている部分もありますが、危ない表現であることは最初からわかっていたことでした。少なからぬ人がそのように思っていたはずです。この言葉があったから、政府は国民に自粛を求めたのかもしれません。少なくとも、延長上にあるとは言えます。自粛を求めるという表現もおかしいのですが、日本ではこれがおかしくなくなっているのです。勿論、国が国民に命ずるのではなく、国民が自粛すれば、補償も何もしなくてよいからです。