ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

2002年に公表されたもの  「インターネットによる広報を考える—地方自治の視点から—」

2024年09月28日 00時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 昨今の情報技術の発展により、国、地方を問わず、行政のあり方は多少なりとも変化を余儀なくされている。電子納税申告制度の導入、さらに電子政府の構築により、行政手続の簡易迅速化が図られると考えられている。行政法学の立場からしても、行政手続法などにいかなる変化が生じるのかについて検討が求められており、電子政府などに対応した理論の構築が必要となっている(もちろん、私自身の研究課題でもある)。

 一方、最近では、大学教育において学生の理解度を高めるため、講義の工夫など、改善を求められることが多い。そればかりでなく、大学(およびその教員)には、地域に密着した教育、生涯教育なども求められる。

 これらを実現するための一手段として情報技術の活用が考えられる。私が「大分発法制・行財政研究」というホームページ(HP)を開設したのも、元来、日本国憲法(大分大学の教養科目)や行政法総論の講義ノート(または職員研修の草稿)などを公開するとともに、行政のあり方や人権などについて多くの方からご意見をいただき、議論や考察を深めるためである。開設以来、学生はもちろん、公務員、弁護士など様々な職業の方に利用していただいている。

 

広報の一手段としての地方自治体HPの意義

 

 広報の専門家でない私にとって、インターネットによる広報の課題について検討することは決して容易な作業ではないが、行政法学を専攻し、地方自治などを研究する者の立場から意見を述べてみたい。

 昨今、都道府県はもちろん、ほとんどの自治体がHPを運営している。いまや広報の重要な手段になりつつあることは言うまでもない。しかし、自治体HPを参照すると、その自治体の活動や政策、基本理念などが明確に示されているものから、単なる観光情報などにとどまっているものまで、千差万別である。

 このところ、電子政府構想に対応する形で電子自治体への取組が進められている。電子自治体は、端的に言えば行政手続の電子化による簡易化および迅速化を目指すものであるが、その場合、自治体のHPがいわば窓口となる。あるいは仮想的な役所と考えてもよい。しかもHPは、単なる窓口でもなければ、広報紙の代用品にとどまるものでもない。行政のあり方に関する住民などからの意見を集約する場、政策などに関して行政と住民とが議論をする場、そして住民同士の交流の場ともなりうる。

 このため、電子自治体には、情報公開と住民参加を確保し、いっそうの促進をなすことが求められることになる。もちろん、HPが広報の重要な一手段であることに変わりはない。というより、電子自治体が各地で実現されることで、広報の手段としての意義は高まることになるであろう。

 ここで、自治体HPの意義を述べてみたい。

 広報紙は、一地方自治体の行政活動、政策などに関する情報を、その地域の住民に分かりやすい形で提供するものである。HPも、基本的な役割としては広報紙と変わらない。しかし、広報紙が原則として一自治体の領域内にとどまるものであるのに対し、HPは、その領域にとどまらず、日本全国(さらには全世界)を対象とするものである。

 すなわち、HPを広報の一手段としてとらえた場合、対内的側面と対外的側面とが常に並存するということになる。したがって、HPを自治体の広報の手段として用いるには、両方の側面を高度な次元において調和させる必要性がある。これまで、多くのHPには対外的側面のみを重視する傾向があったと思われるが、対内的側面を軽視し、行政情報の提供に消極的な自治体HPは、内容に乏しく、その結果としてすぐに飽きられることとなろう。また、住民にとって有益な情報が少ないので、広報としての意味がない。広報は行政サービスの一環としてなされるはずであり、他の行政サービスに結びつかないようなものであるとすれば、十分な役割を果しているとは言い難いからである。

 

インターネットによる広報の課題

 

 インターネット網を活用して広報活動を行う場合、目的と対象が重要な問題となる。

 私は、大分県にある財団法人ハイパーネットワーク社会研究所の共同研究員として電子自治体構想に取り組んでおり、すべてではないが多くの自治体HPを参照している。電子自治体が現実のものになろうとしている現在、HPのレベルは、確かに上がっている。しかし、広報として何を目的とするのか、だれを対象とするのか、必ずしも明確になっていないものがある。特に、行政情報の公開や提供については、十分とはいえない。

 例えば、住民が生活する上で必要な情報が掲載されていないという例もある。救急病院の所在地や電話番号、ごみの収集日や捨て方などは、掲載してほしい情報の一つであると思われるが、こうした基本的なものさえ掲載されていないような例が多い。また、定住促進条例のあらましを掲載している自治体もいくつか散見されるが、実際に移住しようと考える人が参照しても、必要かつ十分な情報が提供されているとは言い難いように思われる。

 さらに、広報と深い関係を持つものとして、情報公開条例に関する情報がある。HPを参照しても、制度の存在自体は理解できるが、具体的な手続きや非公開(不開示)情報の類型など、肝心なことが、住民から見て分かりやすいとは思えないものが多い。そもそも情報公開条例が掲載されていない自治体もある。これでは制度自体の意味が半減するし、制度に対する自治体の態度、さらには行政の基本的姿勢に簸問を抱かせるようなものである。

 自治体によっては、教育や福祉の面などで注目に値する制度をつくり、運用しているところもある。しかし、こうした制度がその自治体のHPに紹介されていない場合が多い。マスコミによって全国的に紹介される機会が多いとはいえず、地域の新開や放送、あるいは専門誌で紹介されるにすぎないこともあるため、行政実務担当者や行政法学者などを除けば、地域住民にすら十分に知られないということも起こりうる。これでは、せっかくの新しい制度が住民に利用されない、あるいは評価されないという結果が生じても当然であろう。

 逆に、新条例を制定する際に、条例案の段階からHPで公開し、その自治体の住民、さらには全国から意見を聴取したという例もある。これは、HPによる広報の対内的側面と対外的側面とを上手く両立させたものである。また、首長の交際費をHPで公開し、交際費に対する住民の理解を得ようとする努力をしているところもある。ある自治体がいかなる政策に取り組んでいるのか、可能な限り積極的に公開する必要があるのではなかろうか。

 いくつかの自治体HPでは、独自の政策が積極的に公開されている。直接的にはその自治体の住民に向けられた情報である。例えば、バランスシートの公開。これは、住民に対して地方自治体自身の経営努力を積極的に示すものである。このほか、環境対策、入札情報、都市計画を公開する自治体もあり、こういうところほど、外部からの利用者も多く、自治体自身の活性化にもつながる可能性を高めている。

 行政改革などに率先して取り組み、情報公開にも積極的な自治体のHPは、そうでないところのHPよりも全体的に魅力がある。行政に関する情報が多く、国民・住民にとって使いやすいHPほど、利用者が多い。情報化は、必然的に情報公開を要請する。秘密主義は通用しない。逆に、情報量が少ないページは、利用者も減る。HPの利用者数が多いから直ちに観光など経済面においてプラスの影響が現れる、というわけではないが、長期的視点に立てば、その自治体の評価を高めることになるであろう。市町村合併の関係もあり、一概に言えないかもしれないが、地方分権改革においては、各自治体間における行政サービスの競争による住民生活の向上が予定されている。この点も念頭に置くべきである。

 もう一つの課題は、更新の頻度である(どの程度が適切かは、一概に言うことができない)。広報紙と異なり、HPには随時新しい情報を盛り込むことが可能である。そのため、住民にとって重要な情報を速く伝えることができるし、それが行政能力の一つとしてとらえられることにもなる。

 また、広報と表裏一体の関係にある、住民などからの質問や意見などへの対応について述べておきたい。

 自治体HPを利用する人の側から指摘されるのが、対応の遅さである(私自身、半年も待たされたことがある)。住民は、迅速かつ的確な回答を求めている。的確さが重要であることは当然であるが、電子情報化により、迅速さの価値がこれまで以上に高まる。遅い回答、さらに無回答は、対応の誠実さなどが窺われる原因にもなるし、さらには利用者が減る可能性が高い。結局、HP全体の評価や利用率を下げることになり、広報としての意義を損なわせる。

 

インターネットによる広報の可能性

 

 今後、電子自治体の実現との関係により、インターネットによる広報は、行政サービスの拡充(量のみならず、質が重要である)と同一の方向にあるものと思われる。もちろん、広報担当者などの技術力や関心度に依存する部分もある。

 既にいくつかの自治体において、インターネットを活用した先進的な試みがなされている。紙数の関係もあるので詳細な検討は避けるが、既に述べた対内的側面と対外的側面の高度なバランスを追求するための手段として、若干のものを挙げたい。 

まず、メールマガジン(メール配信サービス)である。各家庭に配布される広報紙に最も近い電子的手段であり、HPの更新状況を示すとともに、広報紙に代わりうる手段としても活用可能である。既にいくつかの自治体が、メルマガまたはメール配信サービスを活用している。もっとも、送信される内容については、まだ不十分なところが多く、課題も多い。しかし、広報の一環、そして情報公開・情報提供の一環として、活用の意義は十分にある。

 次に、電子掲示板(BBS)である。これからの地方自治において、住民自治の側面が強化されなければならないことについては、おそらく異論はあるまい。今後、電子自治体を構築する上で重要なものとして、住民参加の機会の提供がある。これを実現するにも様々な手段がありうるが、電子掲示板は最も有力なものであると考えられる。

 電子掲示板は、住民、その地域の出身者などの交流の場であり、意見表明の場、情報交換の場でもある。また、住民の需要を知る手段としても活用できる。さらに、直接的・主体的な広報活動ではないが、補助的手段として活用することが可能である(例えば、比較的費用のかからない観光向けの宣伝手段として利用できる。もちろん、電子掲示板に特有の課題もあることに注意しなければならない)。

 自治体HPで電子掲示板を設けている例は少ない。しかも、その電子掲示板に行政(役所)側も参加し、事務や政策などについて住民と議論をする、あるいは住民が提言を行うという例は稀である。しかし、パブリック・コメント制度など、応用の可能性は高い。電子掲示板のシステムなどにもよるが、その地方自治体の住民のみならず、幅広く意見を聴取することができるし、特定の政策などについての住民の理解を得やすくなるであろう。日本の行政手続法制度においては、行政による計画策定や行政立法などの手続きに関する規定が存在せず、これらに国民あるいは住民の意見を反映させることも予定されていないが、電子掲示板により、こうした手続きに住民が参加する機会を保障することも可能となる。

 このほか、情報技術の発展などにより、インターネット網を利用する広報には、更なる可能性が生まれるものと思われる。もちろん、技術上、あるいは法制度上の課題も少なくない。しかし、その点を克服した上で、積極的な活用が望まれる。将来的に構築されるべき電子自治体の一部として、いかに広報を通じて積極的な情報公開ないし情報提供を、そして住民参加の促進をなしうるかが、自治体の行政能力の重要な一要素となるであろう。

 

 

 あとがき1:この論文は、社団法人日本広報協会が刊行する月刊誌「広報」の2002年2月号(通巻第597号)40~43頁に、「広報論壇」というコーナーの論考として掲載されたものです。同協会編集部の中城貴之氏に、この場を借りて改めて御礼を申し上げます。

 あとがき2:私が大分大学教育福祉科学部の助教授になったのが2002年4月1日であり、その1か月程前の2002年3月10日に、私のホームページ「川崎高津公法研究室」(当時は「大分発法制・行財政研究」)に掲載しました。


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