ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

山本義隆『リニア中央新幹線をめぐって 原発事故とコロナ・パンデミックから見直す』

2021年05月18日 23時51分35秒 | 本と雑誌

 今日、板橋校舎の中にある書店で、タイトルに示した本を買いました。みすず書房から、今年の4月に刊行されたばかりの本です。

 今年に入ってからリニア中央新幹線関連の本を3冊買いました。タイトルに示した本、川辺謙一『超伝導リニアの不都合な真実』(2020年、草思社)、船瀬俊介『リニア亡国論』(2018年、ビジネス社)です。このうち、船瀬氏の本は取材の深さなどの面であまりおすすめできるものではないのですが、山本氏と川辺氏の著作はおすすめできます。

 川辺氏の本は、技術的な面、現在の東海道新幹線との比較の他に、山梨県にある試験線での試乗体験などが盛り込まれており、説得力もあります。私は宮崎県にあったリニア実験場を見たことがありますが、山梨県にある実験場には行ったことがなく、試乗する気もなかったのですが、仕組みや試乗体験を読み、ますます利用する気がなくなりました。ジェット旅客機の離陸・着陸と同じかそれ以上のショックを体験したいとは思いません。

 一方、山本氏の本は、橋山禮治郎氏、上岡直見氏の著作などからの引用も多く、正直なところ目新しさには乏しいのですが、既存の新幹線や高速道路が引き起こしたストロー現象、超電導リニアモーターカーが原子力発電所の再稼働(そればかりか増設)を前提にするようなもので省エネルギーに反すること、技術面のみならず社会・経済の面などからも時代遅れのものであることが、静岡県知事が反対する前から山梨県などで建設による深刻な環境破壊(地下水の枯渇など)がもたらされていること、などが手際よくまとめられています。COVID-19の拡大により、人々が敢えてあちらこちらへ移動しなくとも仕事などができるようになったことなども書かれています。山本氏の著作では、リニア中央新幹線が東京圏、名古屋圏および大阪圏(とくに東京圏)への人口・経済基盤の集中、さらに言えば東京圏の拡大を前提としていることなどが書かれており、それがCOVID-19で時代遅れになりつつある旨が書かれています。また、調布市で発生した陥没事故(圏央道の工事が原因と言われています)を取り上げ、大深度地下工事の問題点も鋭く指摘しています。

 なるほど、と思いました。たしかに、2020年度、大東文化大学はもとより多くの大学でオンライン授業が行われることにより、敢えて故郷を離れて東京の何処かに一人暮らし用の部屋を借りたりする必要がなくなったとも言えます。実際に、そのような学生がいました。思い起こせば、新幹線のさらなる高速化、航空便の発達、高速道路網の充実などで日帰り出張が増える、日本のあちらこちらに支店を設ける必要がなくなるなどと言われた時代がありました。要するに東京一極集中を進めるような方策などが、経済界において説かれてきたのです。そして、東日本大震災で新幹線も航空便も高速道路網も役に立たず、救援物資の輸送に大活躍したのが赤字ローカル線であったことなどは、山本氏の本でも書かれているだけでなく、上岡氏も指摘されていたことです。東日本大震災の後にいち早く復旧したのが三陸鉄道であったというのも、忘れられてはならないことでしょう。

 新幹線は多くの在来線とレールの幅が異なるので、貨物列車を直通運転することができません。同じようなことは、法規上は在来線として扱われる山形新幹線および秋田新幹線にも言えるでしょう。実はどちらも利用したことがないのでよく知らないのですが、山形新幹線と言われる福島〜新庄は奥羽本線の一部であり、新幹線と同じ1435mmの軌間となっているので、在来線の貨車を走らせることはできません。機関車についても同じです。新庄〜大曲は1067mmの軌間ですから、奥羽本線は分断されているようなものです。また、秋田新幹線の場合は、盛岡〜大曲の田沢湖線が1435mmの軌間ですから、やはり在来線の貨車や機関車を走らせることができません。また、大曲〜秋田は奥羽本線の一部で、元々は複線でしたが、現在は在来線の単線と新幹線の単線が並べられているだけという所が多いそうです(三線軌条の箇所もあるそうです)。一時期、フリーゲージトレインが声高に主張されたのですが、実際に走らせているスペインの技術を参考にすればよかったようなものなのに、頑なに日本独自の開発にこだわったせいなのか、実現は不可能に近いようです。

 東海道・山陽新幹線では貨物列車の運行も想定されていたそうですが、日本全国津々浦々まで走らせることはできませんから、結局は積み替えが必要となり、効率的でないという場合が多くなります。青函トンネルのように三線軌条にするという手もありますが、即座にできるものではないので準備期間が必要ですし、メインテナンスも大変でしょう。

 まして、リニア中央新幹線は在来線とも新幹線とも全くシステムが違うので、直通運転などできません。融通が利かないのです。貨物輸送は最初から想定されていなかったでしょうし、現実的にも無理でしょう。手荷物輸送や郵便輸送が関の山です。宅配便の輸送には鉄道も使われますが、リニアモーターカーで大量に宅配便を輸送することも考えられてこなかったはずです。旅客のみが念頭に置かれ、貨物は最初から対象とされていなかったであろうという点において、リニア中央新幹線は航空機にも劣る輸送手段であると言えます。

 山本氏も人口減少社会にリニア中央新幹線は不要であると述べています。また、高度経済成長期の思考を引き摺っているという趣旨も書かれています。リニア中央新幹線構想への批判に共通する視点です。成功体験に囚われているという訳で、まさに「成功は失敗のもと」であると言えるでしょう(安藤忠雄氏も同じことを言っておられます)。

 ※※※※※※※※※※

 学部生時代以来、みすず書房の刊行物を買っていました。歴史などについて良質の本が多いですし、私にとってはカール・シュミット(阿部照哉・村上義弘訳)『憲法論』という存在があります。最近は同社の本をあまり目にしなくなっていたので、久しぶりに手に入れました。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ワクチンの予約 | トップ | 不等号の意味を理解していない? »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

本と雑誌」カテゴリの最新記事