ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

石弘光『増税時代 われわれは、どう向き合うべきか』(ちくま新書)

2012年12月12日 10時48分08秒 | 本と雑誌

 ちくま新書は、ここ20年間で濫発されている新書の類の中では比較的新しい方に入りますが、読み応えがあり、また高度な内容のものも多いので、書店でチェックするようにしています。昨日、大学内の書店で、タイトルに記した本を見つけ、買いました。奥付によれば12月10日発行となっていますので、発売されたばかりの本です。

 以前にも石教授の著作を何冊か買い、読みましたが、財政再建の必要性、いや緊急性を主張されている点では一貫しています。そして、消費税率の引き上げを必要とすること、仮に引き上げをしなければ、結局はただ先送りを繰り返すだけに終わり、結局ツケは大きくなる一方であることを主張している点でも一貫しています。『増税時代』では民主党政権の問題点を鋭く指摘しており、内容に対する賛否はともあれ、傾聴に値します。

 日本社会は先送りが好きなのでしょうか。「決められない政治」が叫ばれて久しいのですが、少なくとも日本の議会の状況などを見ていると、「決められない政治」になるのは必然的にも思えてきます。何しろ、低負担高福祉を望む人が多いですし、選挙戦で増税を叫んで当選するような議員は、皆無とは言わないまでも非常に少ないのです。あくまでも仮説の提唱に過ぎませんが、「政治主導」こそが「決められない政治」を加速化させたと言えると言えないのでしょうか。もっとも、今、私はこの仮説を実証するような手段などを持っていませんが。

 しかし、石教授も指摘されていますが、事業仕分けは結局のところ財政の健全化にもほとんど貢献していません。パフォーマンスの域を脱することができなかったのです。それに「埋蔵金」というのは、掘り当てればそれでおしまいという性格をもっており、これを見つけて財源に充てたりするとしても一時しのぎに過ぎません。そして、無駄の削減や合理化も、必要であるとは言え、限界があります。

 増税がさらなる無駄遣いにつながることは否定できないのですが、貿易収支の赤字が続き、つい数年前まで貿易黒字が続いていたことが信じられないような状態にまで落ち込んでいることなどからすれば、日本国債も安心できるようなものではないのかもしれません。そうすると、増税は避けられないということになります。多くの国民が低負担高福祉を志向し、その方角を目指してきただけに、高負担低福祉社会の到来は早晩、ということになるのでしょうか。

 消費税率の引き上げが日本経済にどのような影響を与えるのか、という肝心の問題ですら、見解が分かれている状況です。私自身も、実のところはよくわかりません(悪い影響があるという答えが正しいのであれば、1990年に特例公債を発行しなかったという事実をどのように説明するのでしょう)。しかし、税法の講義を担当する者として、取り組まざるをえない難問です。

 ともあれ、新書ではありますが、じっくり読んでみる価値はあります。


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