最初にお断りです。今回は、私の「川崎高津公法研究室」に掲載していた「待合室」の、次の記事の再掲載です。
第412回:「東急田園都市線途中下車(9) 駒沢大学駅」(2011年4月12日〜19日掲載)
いずれも、写真撮影日は2011年2月3日です。誤字脱字を除き、内容を修正しておりません。したがいまして、後の事情変更なども一切反映しておりません。御注意ください。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)から1か月が経ちました。しかし、余震活動が終息する気配はありません。また、福島第一原子力発電所の事故も、解決には程遠い状況です。ようやく4月12日になって、経済産業省の原子力安全・保安院と原子力委員会が、INES(国際的な事故評価尺度のこと)でレベル7と発表しました。当初はレベル4で、3月18日にレベル5に引き上げられたのですが、いかにも遅すぎる判断だったのではないでしょうか。レベル7はチェルノブイリ原子力発電所の事故と同じです。
そのような中であっても、この「待合室」のコーナーは続けたいと考えています。被災された方々への応援になれば、と思っているからです。今回は、東急田園都市線途中下車シリーズの第9弾です。
3月11日の地震で、同線も運転見合わせの状況が続きましたが、23時頃に運転が再開されました。都電荒川線(19時台には動いていました)、都営地下鉄や東京メトロの一部路線ほどではなかったのですが、田園都市線の運転再開も早いほうではなかったかと記憶しています。私はその日の夜、渋谷から三軒茶屋までは歩きましたが、三軒茶屋の駅のそばを通った時に運転が再開されていることを知り、国道246号線の下にある駅の改札口を抜け、混みあっているホームに立ちました。何分くらい待ったでしょうか。上り電車は次々に来ていました。お客はあまり乗っていません。それに対し、やってきた下り電車の中央林間行は、大混雑という言葉では足りないくらいの乗客であふれていました。徐行運転であったことと、各駅での混雑でなかなか発車できなかったことで、いつもより長い時間がかかりましたが、何とかその日に帰宅できました。
東急田園都市線途中下車シリーズは、これまで、三軒茶屋、高津、池尻大橋、桜新町、長津田、二子新地、宮崎台、溝の口の順に取り上げてきました。続く第9弾をどこにしようかと考えていました。
田園都市線は東急最長の路線で、駅数も多く、渋谷区(渋谷のみ)、目黒区(但し、駅はなし)、世田谷区(池尻大橋~二子玉川)、川崎市高津区(二子新地~梶が谷)、同市宮前区(宮崎台~鷺沼)、横浜市青葉区(たまプラーザ~田奈)、同市緑区(長津田のみ)、町田市(つくし野~南町田)、大和市(つきみ野、中央林間)にまたがっています。仕事の合間を見つけて撮影をするには難しい所も少なくありません。
あれこれと考えた上で、今回は第9弾として駒沢大学駅をとりあげます。その名の通り、駒澤大学の最寄駅です。急行は停車しませんが、準急(平日朝ラッシュ時、上りのみ)は停車します(かつては快速が停車していました)。乗降客数は多いほうです。
東急には他にも大学の最寄駅がいくつかあります。田園都市線であれば、何と言ってもすずかけ台(東京工業大学)が代表的ですが、私が思いつくところでは、他に渋谷(青山学院大学、国学院大学)、三軒茶屋(昭和女子大学)、桜新町(日本体育大学)、溝の口(洗足学園大学)、たまプラーザ(国学院大学)、あざみ野(カリタス女子短期大学)、市が尾(桐蔭横浜大学)、青葉台(日本体育大学、桐蔭横浜大学など)をあげることができます。大井町線であれば大岡山(東京工業大学)と尾山台(東京都市大学)が代表的でしょう。
また、現在は大学がないのですが東横線に学芸大学と都立大学があります。学芸大学駅の近く(とは言い難いような気もしますが)には東京学芸大学附属高校があります。また、都立大学駅の近くには、やはり東京都立大学附属高校がありますが、2011年3月をもって閉校します。そもそも、東京都立大学は他の大学と合併して首都大学東京となっておりますから、東京都立大学自体が存在しないのですが、駅名は残るものと思われます。
田園都市線のうち、渋谷から二子玉川までは1977年に新玉川線として開業しました。この区間は、1969年5月に廃止された旧玉川線(玉電)の代替路線であり、ほぼ同じコースを通ります。旧玉川線よりも駅の数は少なくなっていますが、現在の駅は旧玉川線の駅(電停)に対応するように設置されています。
但し、例外はつきものですし、完全に対応しているとは言えません。その一つがシリーズ第3弾の池尻大橋駅で、ここは旧玉川線の大橋電停と池尻電停の中間に設置されています。二つの電停の名前を足し合わせて池尻大橋としたのです。
そしてもう一つが今回の駒沢大学駅です。旧玉川線には同名の駅(電停)は存在していません。駒沢という名前の駅(電停)はありましたが、現在の駒沢大学駅からは離れており、国道246号線を瀬田方面に進んで駒沢交差点の近くにあったのです。駒澤大学のキャンパスは、駒沢交差点の近くにありますから、やはり現在の駒沢大学駅から離れています。
そうすると、駒沢大学駅は旧玉川線と無関係かというと、そうではありません。旧玉川線の真中(まなか)電停が、駒沢大学駅に対応しています。国道246号線の駒沢大学駅前交差点も、かつては真中交差点と言いました。
新玉川線だった区間の地下駅は、渋谷を除いて全ての駅に独自のカラーリングが施されています。駒沢大学駅は緑(若葉色)です。改札口は国道246号線の真下にあります。
常に思うのですが、「東急電鉄」という表示は少し安っぽく見えます。以前の「東京急行」のほうが格好良く決まっていました。戻してほしいものです。「東京急行」とだけ書いても、百貨店や不動産などと間違える人はいないでしょう。阪急のように略称が正式の社名にならないように望んでいます(阪急は、阪神急行→京阪神急行の略です)。
意外に知られていませんが、駒沢大学駅の所在地は世田谷区上馬です。あの、国道246号線と環状7号線が交差する渋滞の名所の交差点も上馬ですから、近いということになります。実際に歩いてみると、駒沢大学駅から上馬交差点までは5分もかからないというところでしょうか。上馬交差点の近くにも、旧玉川線の上馬駅(電停)がありました。
朝、国道246号線の交通量は多いようです。写真の奥のほうへ進むと渋谷です。曜日によっては駒沢交差点から上馬交差点までほとんど動けないような大渋滞となることもあります。かつて、旧玉川線はこの道路のどこかを走っていました(道幅が拡げられたりしています)。現在、田園都市線はこの道路の下を走っています。
上馬交差点の南側です。道路の上の構造物は首都高速3号渋谷線です。下の国道246号線も混みますが、上の首都高速3号渋谷線も交通量が多く、ラジオの交通情報を聞いていると毎回のように「首都高速3号線」のどこかが出てきます。六本木一丁目に近い谷町ジャンクションは言わずもがなで、用賀、駒沢、三軒茶屋もよく登場します。今、私も妻も田園都市線で通勤をしていますので、大混雑は度々経験しますが大渋滞は経験しません。
世田谷区は、東京都の特別区、いわゆる23区のうちでは最も人口が多く、83万人を超えています。最近、市町村合併で誕生した政令指定都市、たとえば浜松市(82万人台)、新潟市(80万人台)、静岡市(72万人台)、相模原市(71万人台)、岡山市(69万人台)より多いのです(但し、ここに記した人口の年にはばらつきがあります。また、堺市は世田谷区と同じ83万人台ですが、堺市のほうが若干多いのです)。
道府県庁所在都市で、世田谷区より人口の多い都市はそれほど多くないですし、そもそも最近では人口が70万人であれば政令指定都市になっていますから、人口だけでみれば世田谷区だけで政令指定都市になれます。実際、世田谷区には世田谷、北沢、玉川、砧、烏山の5支所が置かれています。かつて、千代田区が特別区を市にしようという主張を行ったことがありますが、世田谷区であれば十分可能ではないかと思うのです。そのほうが、現在の都や都構想などよりよほど現実的です。世田谷区を世田谷市にし、支所を行政区の区役所にし、世田谷区、北沢区、玉川区、砧区、烏山区を設置するのです。空想が先走りますが、一考に値すると思います。
今度は、上馬交差点から駒沢大学駅方向を撮影してみました。旧玉川線は道路のどのあたりを走っていたのでしょうか。昔の写真を何度か見たことがありますが、その度に、旧玉川線の電車が走っていた頃は非常に良好な住宅地であったのであろうと思いました。
駒沢大学駅西口の場所を示す看板です。今回は時間がない中を歩きましたので、ここで止めようと思いますが、本来であれば駒沢大学駅前交差点(昔の真中交差点)まで進み、そこで左折して駒沢公園に行ってみたいものです。2009年秋、結婚する前の妻と歩いたことを思い出します。
駒沢大学駅東口です。上馬三丁目にあることがおわかりになると思います(但し、駅の所在地は上馬四丁目となっています)。左側へ向かえば上馬交差点、右側に向かえば駒沢交差点、駒澤大学です。
ここから先、田園都市線はしばらく首都高速3号渋谷線、国道246号線の下を走りますが、新町交差点付近で離れ、桜新町駅に向かいます。これが旧玉川線のルートなのです。
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