山陽新幹線の新神戸駅を降り、三宮や元町へ、あるいは在来線(東海道本線、山陽本線)の各駅に向かうためには、神戸市営地下鉄西神・山手線かバスに乗り換えなければなりません。
その西神・山手線は、新神戸駅から西神中央駅までの路線ですが、実は新神戸駅から神戸電鉄の谷上駅までの区間にも地下鉄の電車が走っています。およそ7キロ半の区間ですが途中駅はなく、ほぼトンネルを走り続けます。それが、北神急行電鉄の北神線です。開業当初から北神線と西神・山手線は相互直通運転を行っています。
北神急行電鉄は、1979年10月29日に阪急電鉄などの出資によって設立された会社で(http://www.hokushinkyuko.co.jp/office/gaiyou.html)、阪急阪神東宝グループの一員です。1988年に北神線の営業を開始しましたが、同社の説明によれば「沿線の住宅開発の遅れやJR福知山線の利便性が格段に向上したこと等により、開業後の利用者数は、敷設免許時の想定輸送需要を大幅に下回ったうえ、建設費の償還負担が膨大であったため、当社は債務超過状態となり、不安定な経営状況が続いた」ということです(http://www.hokushinkyuko.co.jp/office/enkaku.html)。六甲山系の下に7キロ以上にもわたるトンネルを建設したことで、その建設費のために運賃が高くなったとも言われています。同社によれば、1999年4月1日より、新神戸駅から谷上駅の運賃を350円として「80円の運賃値下げを実施している」ので、それまでは430円であったということになります。確かに高額です(2014年4月1日から360円)。
莫大な建設費のために運賃が高額に設定されるという問題は、北神急行電鉄に限らず、東葉高速鉄道や千葉急行電鉄(既に解散)などにも見られました。日本以外の国ではあまり見られないようで、根本的に見直さなければならないはずです。
ともあれ、北神急行電鉄の債務超過の状態は続いており、2002年4月1日には北神線の鉄道施設の大部分は神戸高速鉄道に有償譲渡されました。これにより、北神急行電鉄は北神線の第二種鉄道事業者となり、神戸高速鉄道が第三種鉄道事業者となっています。また、神戸高速鉄道は、買い取った北神線の鉄道施設を20年間保有し、2022年には「残資産及び残債務を全て阪急電鉄に引き継ぐことになってい」ます(http://www.city.kobe.lg.jp/information/inspection/office/kekka/img/18-1-2.pdf)。
(ちなみに、神戸高速鉄道は神戸市、阪急電鉄、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道および神戸電鉄の出資によって設立された会社です。2009年4月1日、神戸市が神戸高速鉄道の株式の一部を阪急阪神ホールディングス株式会社に譲渡したことにより、阪急阪神ホールディングス株式会社の子会社となっています。)
しかし、北神急行電鉄が抱える債務は、2018年3月31日の時点で413億円を超えています。2017年3月31日の時点では414億9000万円、2016年3月31日の時点では417億5800万円でしたので、減少傾向にはあるのですが、営業収益のほうをみると、2016年3月31日の時点で21億7800万円、2017年3月31日の時点で21億5000万円、2018年3月31日の時点で21億5800万円となっており、減少か横ばいというところです。
兵庫県と神戸市が財政支援を行っており、兵庫県の県土整備部交通政策課・空港政策課「公共交通・航空ネットワークの整備・推進について」(https://web.pref.hyogo.lg.jp/ks01/documents/koutsu.pdf)によれば、「北神急行電鉄安定運行対策費補助」として北神線の現行運賃維持のために兵庫県が1年に1億3500万円、神戸市も1年に1億3500万円を支出しています(なお、http://www.city.kobe.lg.jp/information/municipal/giann_etc/H28/img/bousai281021-8.pdfも参照)。これは2014年度から2018年度までとされています。また、「運行維持対策資金貸付金」として、兵庫県、神戸市および阪急電鉄が北神急行電鉄に対して、2003年3月25日から2023年3月25日まで、資金を貸し付けています。内訳は、兵庫県が50億円、神戸市が50億円、阪急電鉄が205億円、貸付利率が年0.68%です。
兵庫県および神戸市による補助支援が今年度までであり、神戸高速鉄道による北神線鉄道施設の保有期間もあと3年強で終わり、貸付の期間もあと4年強ということになります。そこで、ということなのでしょう、神戸市が北神急行電鉄を市営化するということで、12月27日、阪急電鉄と協議を開始することで合意しました。地元の神戸新聞社が12月27日5時7分付で「”日本一高い”初乗り返上 人口増へ郊外開発促す」(https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201812/0011937275.shtml)、同日10時7分付で「神戸・北神急行の市営化協議 阪急社長と市長会見へ」(https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201812/0011937589.shtml)、同日20時41分付で「異例の民間鉄道運賃値下げ目的で公営化 神戸市へ北神急行譲渡の協議開始」(https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201812/0011939030.shtml)として報じており、朝日新聞社が2018年12月27日23時42分付で「六甲山貫く『北神急行』、市営化に向け協議へ 神戸」(https://www.asahi.com/articles/ASLDW6QRXLDWPIHB03W.html)として報じています。
或る程度は予想されていたことなのかもしれません。元々、北神線が西神・山手線の延長のような形で開業し、運行も一体的に行われています(北神線のみの電車は運行されていません)。そのため、確かに神戸市営地下鉄に統一するほうがわかりやすいとも言えます。ただ、北神急行電鉄が抱えている負債をどうするのかということはまだ明確になっていないようなので、そこが懸念材料になります。神戸市交通局は海岸線という、日本で一番かどうかはわかりませんが乗客が少ない地下鉄路線を抱えていますから、北神線も抱えるとなると大変な債務を抱えかねないのです。現在の神戸市長も、10月3日に甲南大学法科大学院の講義で海岸線がランニングコストすら賄うことができなかったことをあげて政策の失敗であると述べたと報じられています〔神戸新聞社が2018年10月4日21時15分付で「市営地下鉄海岸線は『失敗』 神戸市長が断言」(https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201810/0011702954.shtml)として報じたところによります〕。
それでも神戸市長が北神線を市営化したい旨を発言したのは、単に運賃を値下げしたいからではなく、神戸市北区の人口が減少しているという事実に鑑みてのことです。鉄道運賃の高さだけが人口減少の原因ではありませんが、三宮駅から西神・山手線および北神線を利用して谷上駅までは11分ですから(http://www.city.kobe.lg.jp/life/access/transport/subway/jikoku/によります)、確かに何らかの対策を立てなければ、と思うところでしょう。同区間の運賃は540円ですが、仮に北神線の区間も西神・山手線であったと仮定すれば、三宮駅から谷上駅までは8.8kmで新神戸駅から板宿駅までと同じ営業距離であるため、270円となります。ここまで下げられるかどうかはわかりませんが、京成電鉄が千葉急行電鉄の路線であった千原線について行ったような運賃設定をしなければ、或る程度は下がります。そうすれば、北区の人口減少に歯止めをかけるための施策が生きてくる、ということでしょうか。勿論、施策が悪ければ、北神線の運賃云々にかかわらず、減少を食い止めることはできません。
ここまで記してきて、そして上記の諸記事を読み、課題と思われる点が頭に浮かんできました。第二次世界大戦の前や戦中であればともあれ(かつての神戸市電も私鉄を買収したものでした)、戦後に私鉄の公営化は(ほとんど)行われてこなかったのです。今年、大阪市営地下鉄が大阪市高速電気軌道の路線となったように、公営鉄道の民営化が積極的に行われてきたという流れが続いてきたのとは逆の話になります。それだけに、問題があると思われるのです。
第一に、北神急行電鉄は神戸高速鉄道に鉄道施設を譲渡しています。そのため、北神線の市営化は神戸高速鉄道から神戸市への事業や資産の譲渡という形を採ることにもなります。その動向次第で運賃設定も変わってきます。神戸高速鉄道は阪急阪神ホールディングス株式会社の子会社ですから、阪急阪神ホールディングス、その子会社にして中核をなす阪急電鉄(や阪神電気鉄道)の意向もあるでしょう。事業の譲渡の範囲を何処までとするか、資産の譲渡価額を何円とするのかです。
それだけでなく、最も重要なのは北神急行電鉄が抱える借入金などの債務をどうするのかという点です。上記の通り、北神線の鉄道施設は、神戸高速鉄道が20年間保有した後、阪急電鉄が引き継ぐこととされています。当然、市営化は想定されていなかったこととなります。しかし、神戸市が買い取るとなれば、同市が北神急行電鉄の債務を引き継ぐこととなるのか、それとも阪急電鉄が引き継ぐのか、という点を明確にせざるをえません。協議の結果次第では、神戸市の思惑通りに北神線の運賃引き下げにつながらないかもしれません。
第二に、とは言っても第一と関わるのですが、北神線を市営化するということの具体的な意味です。
現在は神戸高速鉄道が第三種鉄道事業者、北神急行電鉄が第二種鉄道事業者です。市営化という表現からすれば、最も素直なのは神戸市が第一種鉄道事業者となることです。神戸新聞社の報道〔「異例の民間鉄道運賃値下げ目的で公営化 神戸市へ北神急行譲渡の協議開始」(https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201812/0011939030.shtml)〕を読む限りでは、市はこの方向性を目指しているものと思われます。
しかし、神戸高速鉄道が第三種鉄道事業者のままで神戸市が第二種鉄道事業者となる、ということも考えられます。それでも北神線を市営化することになるのです。実例として、京都市営地下鉄東西線の三条京阪駅から御陵駅までの区間について京都高速鉄道が第三種鉄道事業者、京都市が第二種鉄道事業者であったという時代があったこと、および、都営三田線の目黒駅から白金高輪駅までの区間については現在も東京地下鉄株式会社が第一種鉄道事業者、東京都交通局が第二種鉄道事業者であることをあげておきます。
ただ、この場合には第二種鉄道事業者が第一種鉄道事業者または第三種鉄道事業者に線路使用料を支払うこととなります。協議の内容によっては、この線路使用料を北神急行電鉄の債務の処理に充てるということも考えられますが、それでは運賃の引き下げにつながらないかもしれません。但し、これは神戸高速鉄道が引き続いて第三種鉄道事業者であることが前提ですから、神戸市が第一種鉄道事業者となるのであれば、線路使用料の支払いは生じません。勿論、その場合には市が北神急行電鉄の残債務を引き受け、処理しなければならないこととなります。
なお、神戸市交通局の平成29年度決算(http://www.city.kobe.lg.jp/life/access/transport/kotsu/gaiyou/zaisei/img/kaiha_29.pdf)によれば、西神・山手線の純利益は59億6623万円(前年度決算比で2億7700万円の減)となっており、海岸線の純損失は42億8446万円(前年度決算費で1億9100円の減)となっています。したがって、両線を合わせた純利益は16億8177万円なのですが、累積欠損金が769億7015万円であることに注意を要します。
第三に、北神線を市営化した場合の利用者数の見通しです。この点について、神戸市の見通しがどのようなものであるのかがよくわかりません。得てして楽観的な見通しを立てるのが日本人の習性でもありますが、それは禁物です。神戸市北区のみならず、同市全体の人口は減少傾向にあり(http://www.city.kobe.lg.jp/information/data/statistics/toukei/jinkou/suikeijinkou.html)、市の人口としては既に福岡市に第5位の座を明け渡しています(上から横浜市、大阪市、名古屋市、札幌市、福岡市、神戸市、川崎市、京都市、という順番です)。海岸線の大失敗を繰り返してはなりませんから、利用客数の増加の見通しも慎重なものとせざるをえないでしょう。鉄道利用客が一度身につけた鉄道利用客の通勤・通学のパターンを変えることは難しいと考えられますから、急角度の右肩上がりという予想だけは絶対に避けなければなりません。
第四に、このブログでも取り上げたことがある、神戸市営地下鉄西神・山手線と阪急神戸線との相互乗り入れ計画との関係です(「実現可能なのか? 阪急神戸線と神戸市営地下鉄西神・山手線の相互直通運転 その1」および「実現可能なのか? 阪急神戸線と神戸市営地下鉄西神・山手線の相互直通運転 その2」も御覧ください)。神戸新聞社の報道〔「異例の民間鉄道運賃値下げ目的で公営化 神戸市へ北神急行譲渡の協議開始」(https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201812/0011939030.shtml)〕によれば、阪急電鉄の杉山健博社長は「市営地下鉄西神・山手線と阪急神戸線の相互直通(相直)構想と今回の事業譲渡交渉との関連については『全く別物』と否定した」とのことですが、本当にそうであるのかはよくわかりません。一部区間で西神・山手線と競合する神戸高速鉄道は阪急阪神ホールディングス株式会社の子会社であるとともに、現在も神戸市が出資する会社です。神戸市営地下鉄西神・山手線と阪急神戸線との相互乗り入れ計画は、北神線の市営化に対する直接的な影響はなくとも、間接的な影響はあるかもしれません。逆も然りで、北神線の市営化が神戸市営地下鉄西神・山手線と阪急神戸線との相互乗り入れ計画に何らかの影響を与える可能性も否定できないのです。
第五に、谷上駅で接続する神戸電鉄有馬線との関係です。現在は北神急行電鉄が阪急阪神ホールディングス株式会社の子会社であり、神戸電鉄が阪急電鉄の子会社です(阪急阪神ホールディングスが27.3%、阪急電鉄が1.0%の株式を保有しています。但し、阪急阪神ホールディングス、阪急電鉄のいずれの公式サイトを参照しても、神戸電鉄はグループ企業としてあげられていません)。しかし、路線図をよく見ると、北神線+西神・山手線と有馬線は競合関係にあることがわかります。北神線が市営化すれば、完全な競合関係になります。ただ、この点についてはあまり重要視する必要はないのかもしれません。むしろ、相互補完関係を築ければよいということでしょう(現在もそうでしょうか)。神戸電鉄粟生線の状況が芳しくなく、存廃問題も浮上したほどですから、北神線の市営化が神戸電鉄(有馬線)に全く影響を及ぼさないとは考えられないでしょう。勿論、阪急側も神戸電鉄の存在を念頭に置きつつ、協議を進めるはずです。
さて、北神線をめぐる神戸市と阪急電鉄との協議は何時までにまとまるのでしょうか。いずれの報道を見ても書かれていないのですが、兵庫県および神戸市による財政支援が今年度までとされているからといって、今年度中、つまり来年の3月末日までに結果をまとめるとは考えにくいところです(よほど以前から非公式な協議を重ねてきたか、またはこれから日程を詰めて協議を進めるというのであれば別ですが)。しかし、北神急行電鉄の借入金(兵庫県、神戸市および阪急電鉄から見れば貸付金)の期間いっぱいというのでは遅すぎると思われます。2020年か21年が目処というところでしょうか。行方が気になります。
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