ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

行政法1A・行政法1B(大東文化大学)、行政法1(国学院大学)で扱った判決(10)

2017年12月25日 00時00分00秒 | 法律学

 今回は、行政調査に関する判決です。

 

 ●最三小判昭和53年6月20日刑集32巻4号670頁

 事案:本件の被告人は、東京都内で手製爆弾を警察官らに対して投げつけて傷害を負わせた他、鳥取県某市内のA銀行B支店で金銭を強奪し、逃走した。被告人は岡山県に逃走したため、同県のC警察署は緊急配備体制を敷いたところ、被告人が乗用車でD交差点付近を走行していたので、C警察署は検問を行い、被告人に対して免許証の提示を求め、職務質問を行った。被告人がボーリングバッグとアタッシュケースを持参していたため、警察官らは開披を求めたが被告人が拒否したため、被告人にC警察署への同行を求めた。警察官が被告人の同意を得ずにボーリングバッグとアタッシュケースを開けたところ、A銀行B支店の帯封がなされた札束などが見つかり、被告人は緊急逮捕された。

 東京地判昭和50年1月23日判時772号34頁は被告人に対して懲役17年の判決を言い渡した。被告人が控訴したが、東京高判昭和52年6月30日判時866号180頁は控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、被告人の上告を棄却した。

 判旨:「警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである」。本件の場合は、被告人が「警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為である」。

 

 ●最一小判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁

 事案:警察官が、覚醒剤中毒者と疑わしき人物Xに対して職務質問を行い、所持品の提示を求めた。Xは目薬などをポケットから出したが、警察官は他に疑わしきものがあるとして提示を求めた。Xは拒んだが、警察官はポケットに手を入れ、注射針と粉末入りのちり紙の包みを出した。この粉末を検査したところ、覚醒剤であることが判明し、Xを覚醒剤不法所持の現行犯として逮捕した。裁判では、この警察官がXの承諾を得ないままポケットを捜索して差し押さえた物の証拠能力が争われ、大阪地判昭和50年10月3日刑集32巻6号1760頁および大阪高判昭和51年4月27日刑集32巻6号1765頁は証拠能力を否定してXを無罪としたが、最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて本件を大阪地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「警職法二条一項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべきである」(前掲最二小判昭和53年6月20日を参照)。本件の場合はXに対する所持品検査の必要性および緊急性は是認しうるが、許容限度を逸脱したものと解すべきであり、「右逮捕に伴い行われた本件証拠物の差押手続は違法といわざるをえない」。但し、職務質問の要件は存在し、かつ所持品検査の必要性および緊急性は認められており、許容限度を僅かに超えていたのであって、「令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、また、他に右所持品検査に際し強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても相当でないとは認めがたいから、本件証拠物の証拠能力はこれを肯定すべきである」。

 

 ●最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件)

 事案:当時の川崎税務署長は、川崎民主商工会員の被告Yの所得税確定申告に過少申告の疑いを抱いた。そこでYの帳簿書類などを検査しようとしたが、Yはこれを拒んだ。そのため、Yは所得税法に規定される検査拒否罪で起訴された。第一審、第二審ともにYを有罪としたので、Yは上告したが、最高裁判所大法廷は、次のように述べて上告を棄却した。

 判旨:「憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」。しかし、税務調査が「あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはでき」ない。また、税務調査は、専ら「所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもな」く、公益上の必要性と合理性が認められる。さらに、「憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべき」であり、「右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする」が、税務調査は「憲法三八条一項にいう『自己に不利益な供述』を強要するものとすることはでき」ない。

 

 ●最三小決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(荒川民商事件)

 事案:荒川税務署は、荒川民主商工会員の被告Yの所得税確定申告に過少申告の疑いがあるとして調査官を派遣した。しかし、Yは息子とともに、調査官に対して調査には応じられないとして調査官を追い返したため、所得税法に規定される不答弁罪および検査拒否罪にあたるとして起訴された。第一審はYを無罪としたが、第二審は有罪としたため、Yが上告したが、最高裁判所第三小法廷は、決定で次のように述べて上告を棄却した。

 判旨:所得税法第234条第1項は「客観的な必要性があると判断される場合に」職権調査の一つとして質問や検査を行う権限を認めたものであり、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、また、暦年終了前または確定申告期間経過前といえども質問検査が法律上許されないものではなく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行なううえの法律上一律の要件とされているものではない」。

 

 ●最三小判昭和59年3月27日刑集38巻5号2037頁

 憲法第38条第1項が供述拒否権(黙秘権)の告知を義務づけるものではないと理解した上で、国税犯則取締法に供述拒否権(黙秘権)に関する規定がなく、収税官吏が質問の際にあらかじめ供述拒否権(黙秘権)の告知をしなかったからといって、憲法第38条第1項に違反するものではない、と述べている。同趣旨の判決は他にも存在する。

 

 ●最二小決平成16年1月20日刑集58巻1号26頁

 事案:X1社、X2社の統括管理者は、X2社の代表取締役にしてX1社の実質的経営者であるX3と共謀し、両社の売り上げを一部除外した上で架空の経費を計上するなどの方法によって所得を秘匿し、平成元年から平成4年までの事業年度にわたり、合計で2億9000万円ほどの法人税を免れた、として起訴された。

 問題となったのは、この起訴に至る経緯である。高松国税局調査査察部は、X1社およびX2社に対して内偵立件の決議を行い、この両社と取引関係にある者の課税実績に関する情報を収集していた。X3は税理士と相談し、その税理士が今治税務署に行き、修正申告の可否などについて相談を行った。同じ日に、今治税務署副所長と統括国税調査官が協議を行い、2名の税務署職員を調査に赴かせた。彼らは税理士の立会いの下、X1社およびX2社の事務所において調査を行い、質問などを行うとともに帳簿を預かり、預金残高に関するメモや集計票の写しを受け取り、今治税務署に戻った。統括国税調査官は、査察による調査が必要であると判断し、高松国税局調査査察部の統括主査に対して過少申告などを報告した。高松国税局調査査察部は、査察立件決議を行い、高松簡易裁判所に、X1社およびX2社の事務所などを臨検場所とする臨検・捜索・差押許可状の発布を請求した。高松簡易裁判所が許可状を発布し、その翌日に高松国税局調査査察部は証拠品を押収した。

 この事件においては、最初に税務調査が行われ、そこで得られた資料を基にして国税犯則調査が行われていたことになる。そのため、税務調査が国税犯則調査の手段として利用されたとして、法人税法第156条・第163条、憲法第31条・第35条・第38条に違反するという主張が、弁護人からなされた。しかし、松山地判平成13年11月22日判タ1121号264頁は弁護人の主張を退け、X1社、X2社およびX3の全員を有罪とした。高松高判平成15年3月13日判時1845号149頁は全員の控訴を棄却し、最高裁判所第二小法廷も全員の上告を棄却した。

 判旨:「法人税法(平成13年法律第129号による改正前のもの)156条によると、同法153条ないし155条に規定する質問又は検査の権限は、犯罪の証拠資料を取得収集し、保全するためなど、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使することは許されないと解するのが相当である。しかしながら、上記質問又は検査の権限の行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたとしても、そのことによって直ちに、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたことにはならない」。

 

 ●最一小判昭和63年3月31日訟月34巻10号2074頁

 事案:不動産販売業のX社は青色申告の承認を受けていたが、Y税務署長はX社の売上原価の伸び率が高く、借入金および未払いの発生が多額であったことなどから税務調査を行った。他方、X社には売上原価について架空の原価を計上した疑いがあり、東京国税局査察部は査察官をX社に派遣し、臨検、捜索、差押えなどを行い、質問調査なども行った。その後、Y税務署長は前記査察調査に基づく課税資料を入手し、税務調査を行った。その結果、Y税務署長はX社への青色申告承認を取消す処分を行い、税額更正処分および重加算税賦課決定処分も行った。X社はこれらの処分の取消を求めて出訴したが、東京地判昭和61年11月10日税務訴訟資料154号458頁は請求を棄却し、東京高判昭和62年4月30日税務訴訟資料158号499頁もX社の控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もX社の上告を棄却した。

 判旨:「収税官吏が犯則嫌疑者に対し国税犯則取締法に基づく調査を行つた場合に、課税庁が右調査により収集された資料を右の者に対する課税処分及び青色申告承認の取消処分を行うために利用することは許されるものと解するのが相当であ」る。

 

 ●(参考)最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁(成田新法事件)

 事案:新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(いわゆる成田新法。現在は成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法)の第3条第1項に定められた工作物使用禁止命令の合憲性が問われたものである。この規定には、命令の相手方に対する告知、弁解、防御の機会を与えるという趣旨が盛り込まれていない。Y(運輸大臣)は、毎年、Xに対し、空港の規制区域内所在のX所有の小屋につき、暴力主義的破壊活動者の集合や活動などへの供用を禁止する処分を繰り返した。Xは処分の取消および国家賠償を求めて出訴したが、千葉地判昭和59年2月3日訟月30巻7号1208頁は、取消請求については却下し、国家賠償については棄却した。東京高判昭和60年10月23日民集46巻5号483頁は、千葉地方裁判所判決の一部を変更したものの、やはりXの請求を一部却下し、一部棄却した。最高裁判所大法廷も、Xの請求を一部却下し、一部棄却した。

 判旨:「憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」が、「同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である」。

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行政法1A・行政法1B(大東文化大学)、行政法1(国学院大学)で扱った判決(9)

2017年12月24日 00時00分00秒 | 法律学

 今回は、行政計画に関する判決です。

 

 ●最一小判平成16年1月15日判時1849号30頁

 事案:X(原告・被控訴人・被上告人)は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)第7条第1項により、Y(松任市長、被告・控訴人・上告人)に対して一般廃棄物収集・運搬業の許可申請を行った。Yは不許可処分を行ったため、Xがその取消を求めた。金沢地判平成12年10月13日判例集未登載はXの請求を認め、名古屋高金沢支判平成14年8月28日判例集未登載はYの控訴を棄却したが、最高裁判所第一小法廷は、Yの上告を認容してXの請求を棄却した。

 判旨:「廃棄物処理法は、(中略)一般廃棄物の収集及び運搬は本来市町村が自らの事業として実施すべきものであるとして、市町村は当該市町村の区域内の一般廃棄物処理計画を定めなければならないと定めている。そして、一般廃棄物処理計画には、一般廃棄物の発生量及び処理量の見込み、一般廃棄物の適正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項等を定めるものとされている(廃棄物処理法6条2項1号、4号)。これは、一般廃棄物の発生量及び処理量の見込みに基づいて、これを適正に処理する実施主体を定める趣旨のものと解される。そうすると、既存の許可業者等によって一般廃棄物の適正な収集及び運搬が行われてきており、これを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されているような場合には、市町村長は、これとは別にされた一般廃棄物収集運搬業の許可申請について審査するに当たり、一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには、既存の許可業者等のみに引き続きこれを行わせることが相当であるとして、当該申請の内容は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないという判断をすることもできる」。 

 

 ●最大判平成20年9月10日民集62巻8号2029頁

 事案:この判決は、土地区画整理事業計画の処分性を認めなかった最大判昭和41年2月23日民集20巻2号271頁を変更するものである。

 Y1(浜松市。被告・被控訴人・被上告人)は、市内を通る遠州鉄道鉄道線(通称西鹿島線。新浜松駅〜西鹿島駅)の連続立体交差事業の一環として、同線の上島駅の高架化および同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため、西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業(本件土地区画整理事業)を計画した。平成15年11月7日、Y1は土地区画整理法第52条第1項の規定に基づき、Y2(静岡県知事、被告・被控訴人)に対して本件土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要に関して認可を申請した。同月17日、Y2はY1に対して認可を行った。これを受けて、Y1は同月25日に本件土地区画整理事業の決定を行い、公告を行った。これに対し、本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有するXらは、本件土地区画整理事業が法律に定められる事業目的を欠いているなどと主張し、取消を求めて出訴した。

 静岡地判平成17年4月14日民集62巻8号2061頁はXらの請求を却下し、東京高判平成17年9月28日民集62巻8号2087頁も控訴を棄却したが、最高裁判所大法廷は東京高等裁判所判決を破棄し、事件を静岡地方裁判所に差し戻した(以下、「法」は土地区画整理法のこと)。

 判旨:

 (1)市町村が土地区画整理事業を公告すると、「換地処分の公告がある日まで、施行地区内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行い、又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項)、これに違反した者がある場合には、都道府県知事は、当該違反者又はその承継者に対し、当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項)、この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか、施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することとなった者は、書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項)、施行者は、その申告がない限り、これを存しないものとみなして、仮換地の指定や換地処分等をすることができることとされている(同条5項)」。そして、「事業計画が決定されると、当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて、一定の限度で具体的に予測することが可能にな」り、事業計画が決定されると「特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる。前記の建築行為等の制限は、このような事業計画の決定に基づく具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事態が生ずることを防ぐために法的強制力を伴って設けられているのであり、しかも、施行地区内の宅地所有者等は、換地処分の公告がある日まで、その制限を継続的に課され続ける」。従って、「施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものにすぎないということはできない」。

 (2)また、「換地処分を受けた宅地所有者等やその前に仮換地の指定を受けた宅地所有者等は、当該換地処分等を対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、換地計画も具体的に定められるなどしており、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消した場合には、事業全体に著しい混乱をもたらすことになりかね」ず、「換地処分等の取消訴訟において、宅地所有者等が事業計画の違法を主張し、その主張が認められたとしても、当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるのであり、換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても、宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性があるというべきであ」り、「市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は、施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ、実効的な権利救済を図るという観点から見ても、これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。したがって、上記事業計画の決定は、行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」。

 

 ●最三小判昭和60年12月12日民集39巻8号1821頁

 土地区画整理組合の設立認可には処分性が認められるから、取消訴訟の対象となると判断した。

 

 ●最一小判昭和61年2月13日民集40巻1号1頁

 市町村営の土地改良事業に係る事業施行認可には処分性が認められるから、取消訴訟の対象となると判断した。

 

 ●最一小判平成4年11月26日民集46巻8号2658頁

 事案:大阪市は、昭和59年6月11日、都市再開発法第54条第1項に基づき、大阪都市計画事業阿倍野A1地区第二種市街地再開発事業の事業計画を決定し、同日付の同市告示第338号により公示した。これに対し、阿倍野A1地区や同A2地区に土地・建物を所有し、またはこれらを賃借して営業を行っているXらは、この事業を実施することにより、直接的に生活環境、財産、営業等に甚大な影響を受けるとともに、事業計画について住民の同意がなされておらず、手続上の瑕疵があるなどと主張し、事業計画決定の取消を求めて出訴した。大阪地判昭和61年3月26日行集37巻3号499頁はXらの請求を却下したが、大阪高判昭和63年6月24日行集39巻5・6号498頁はXらのうちA1地区内に土地・建物を所有するX1について控訴を認容して事件を大阪地方裁判所に差し戻し、X2らについては訴えを却下した[1]。大阪市は上告したが、最高裁判所第一小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「都市再開発法51条1項、54条1項は、市町村が、第二種市街地再開発事業を施行しようとするときは、設計の概要について都道府県知事の認可を受けて事業計画(以下「再開発事業計画」という。)を決定し、これを公告しなければならないものとしている。そして、第二種市街地再開発事業については、土地収用法3条各号の1に規定する事業に該当するものとみなして同法の規定を適用するものとし(都市再開発法6条1項、都市計画法69条)、都道府県知事がする設計の概要の認可をもって土地収用法20条の規定による事業の認定に代えるものとするとともに、再開発事業計画の決定の公告をもって同法26条1項の規定による事業の認定の告示とみなすものとしている(都市再開発法6条4項、同法施行令1条の6、都市計画法70条1項)。したがって、再開発事業計画の決定は、その公告の日から、土地収用法上の事業の認定と同一の法律効果を生ずるものであるから(同法26条4項)、市町村は、右決定の公告により、同法に基づく収用権限を取得するとともに、その結果として、施行地区内の土地の所有者等は、特段の事情のない限り、自己の所有地等が収用されるべき地位に立たされることとなる。しかも、この場合、都市再開発法上、施行地区内の宅地の所有者等は、契約又は収用により施行者(市町村)に取得される当該宅地等につき、公告があった日から起算して30日以内に、その対償の払渡しを受けることとするか又はこれに代えて建築施設の部分の譲受け希望の申出をするかの選択を余儀なくされるのである(同法118条の2第1項1号)」。従って、「公告された再開発事業計画の決定は、施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である」。

 (なお、大阪高等裁判所判決を不服としてX2らは上告したが、最一小判平成4年11月26日判例集未登載は上告を棄却した。)

 

 ●最一小判昭和57年4月22日民集36巻4号705頁

 事案:岩手県知事(被告)は、昭和48年5月1日、同県告示第591号により、盛岡広域都市計画用途地域のうち、当時の紫波郡都南村(現在は盛岡市の一部)の某地域を工業地域に指定した。これに対し、当該地域内で精神病院を経営するXらは、この指定によって病院等の建築物を建築することができなくなる(現行の都市計画法第9条第11項および建築基準法第48条第11項を参照)などとして、工業地域の指定の無効確認などを求める訴訟を提起した。盛岡地判昭和52年3月10日行集28巻3号194頁はXらの請求を却下し、仙台高判昭和53年2月28日行集29巻2号191頁もXらの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もXらの上告を棄却した。

 判旨:「都市計画区域内において工業地域を指定する決定は、都市計画法8条1項1号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、建築物の用途、容積率、建ぺい率等につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法48条7項、52条1項3号、53条1項2号等)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法6条4項、5項)、右決定が、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない。

 

 ●熊本地玉名支判昭和44年4月30日判時574号60頁

 事案:荒尾市(被告)は、住宅難を緩和するため、同市内に住宅団地の建設計画を立て、土地を購入した上で計画を実行に移した。この計画によると公営、民営を合わせて1500戸の住宅を建設するなどとなっていたが、浴室設備の計画がなかったため、同市は公衆浴場を設置することとなり、原告が選ばれた。原告は被告の要求を受けて増設も可能となるように公衆浴場の建設に着手し、ほぼ完成させた上で熊本県より公衆浴場営業の許可を得た。ところが、昭和35年12月24日に前市長が死亡し、新市長が選任された後、住宅団地建設計画は大幅に縮小され、昭和36年度からの建設計画は全面的に中止された。これにより、原告は、この住宅団地の地理的条件によって営業許可を得ながらも営業ができないなどとして、損害賠償を請求する訴訟を提起した。熊本地方裁判所玉名支部は、原告の請求を一部認容した。

 判旨:本件において「被告市の執行機関たる首長が、原告の浴場建設を徒労に帰せしめるような該団地建設計画の廃止(該公営住宅建設事業の廃止)の挙に出るということは、これによつて原告の被むる不利益を防止し、もしくはその損害を賠償することを条件としてはじめて許容されるべきものであり、然らざる限り該行為は違法性を帯びるものといわなければならない」。また、「原告は被告市のかかる協力援助を期待してこれに信頼を懸けることができるという協助・互恵の信頼関係が成立しておるものであるというべく、しかしてかかる協助・互恵の信頼関係に基づき原告の有する利益は十分法律上の保護に値いするものであるというべきであるから、かかる利益を何らの代償的措置を講ずることなく一方的に奪うということは信義則ないし公序良俗に反し、また禁反言の法理からも許されないところであ」る。もっとも、荒尾市が「その行政施策(財政緊縮政策等)の必要に基づき本件団地の建設を廃止する所為には何ら違法と目すべきものがなく、それ自体としては適法なものといわなければならない」が、本件の場合は、原告が「団地の共同施設たる浴場を建設経営することによつて被告市の公営住宅法上の義務を実質的に肩替りし、延いてはその管理行政に協力し、反面同被告の住宅団地完成によつて、自己の生活基盤の安定も期し得られるものと信じてきた原告の信頼を著しく破る背信的所為となる(何らの代償的措置も講じないものである限り)ものであり、かつ当時右団地建設の廃止によつて原告がその建設に係る公衆浴場に採算のとれる浴客の来集を全く期待し得なくなるものであること、すなわち原告における致命的な損害発生の必然性を被告市において十分認識しておつたことは、本件弁論の全趣旨に徴し明白であるから、結局被告市の所為は、故意に因り違法に他人の利益を侵害するものとして不法行為(仮に典型的な不法行為でないとしても、すくなくともいわゆる適法行為による不法行為)を構成するものというべきであり、被告市は結局原告の被むつた損害を賠償すべき義務を免がれ得ないものといわなければならない」。

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行政法1A・行政法1B(大東文化大学)、行政法1(国学院大学)で扱った判決(8)

2017年12月23日 00時00分00秒 | 法律学

 今回は、行政指導に関する判決です。

 

 ●最三小判昭和57年3月9日民集36巻3号265頁

 事案:事業者団体である石油連盟は、第一次オイルショック後に石油製品の価格を引き上げる決定を行い、加盟各社に通知した。これに基づいて加盟各社が製品の価格を引き上げたところ、公正取引委員会は、このような行為が独占禁止法第8条第1項第1号に違反するという審決を行った。これに対し、石油連盟は、前記決定の後に当時の通商産業省から価格引き上げの幅を縮小すべしという行政指導を受け、石油元売業者もこの行政指導に従ったことを理由として、石油連盟による前記決定の違法性は消滅したと主張したが、公正取引委員会はこれを認めなかった。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、独占禁止法第8条第1項第1号にいう「競争の実質的制限」の解釈を示した上で、「事業者団体がその構成員である事業者の発意に基づき各自業者の従うべき基準価格を団体の意思として協議決定した場合においては、たとえ、その後これに関する行政指導があったとしても、当該事業団体がその行った基準価格の決定を明瞭に破棄したと認められるような特段の事情がない限り、右行政指導により当然に前記独占禁止法八条一項一号にいう競争の実質的制限が消滅したものとみることは許されない」として、石油連盟の上告を棄却した。

 

 ●最二小判昭和59年2月24日刑集38巻4号1287頁

 事案:基本的な部分は前掲最三小判昭和57年3月9日と同じである。石油連盟およびこれに加盟する各社の行為が独占禁止法第2条第6号にいう「不当な取引制限」であって同第3条に違反するとして、石油元売会社などの刑事責任が問われた。これに対して、被告人らは当時の通商産業省による行政指導に従ったことを理由として無罪を主張した。東京高判昭和55年9月26日高刑集33巻5号511頁は被告人らの主張を全て退け、懲役刑または罰金刑を言い渡した。最高裁判所第二小法廷は、被告人らの一部について無罪の判決を言い渡した。

 判旨:「物の価格が市場における自由な競争によつて決定されるべきことは、独禁法の最大の眼目とするところであつて、価格形成に行政がみだりに介入すべきでないことは、同法の趣旨・目的に照らして明らかなところである。しかし、通産省設置法三条二号は、鉱産物及び工業品の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整等に関する国の行政事務を一体的に遂行することを通産省の任務としており、これを受けて石油業法は、石油製品の第一次エネルギーとしての重要性等にかんがみ、『石油の安定的かつ低廉な供給を図り、もつて国民経済の発展と国民生活の向上に資する』という目的(同法一条)のもとに、標準価格制度(同法一五条)という直接的な方法のほか、石油精製業及び設備の新設等に関する許可制(同法四条、七条)さらには通産大臣をして石油供給計画を定めさせること(同法三条)などの間接的な方法によつて、行政が石油製品価格の形成に介入することを認めている。そして、流動する事態に対する円滑・柔軟な行政の対応の必要性にかんがみると、石油業法に直接の根拠を持たない価格に関する行政指導であつても、これを必要とする事情がある場合に、これに対処するため社会通念上相当と認められる方法によつて行われ、『一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する』という独禁法の究極の目的に実質的に抵触しないものである限り、これを違法とすべき理由はない。そして、価格に関する事業者間の合意が形式的に独禁法に違反するようにみえる場合であつても、それが適法な行政指導に従い、これに協力して行われたものであるときは、その違法性が阻却されると解するのが相当である」。

 

 ●最三小判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁

 事案:東京都の某所にマンションを建設する計画があり、業者Xは東京都に建築確認の申請を行った。しかし、住民の反対が強かったことから、東京都はXに住民との話し合いを指導した。Xはこの指導に従って話し合いをしたが、解決をみなかった。一方、東京都は新高度地区案を発表して建築確認の留保を明示し、Xにさらに話し合いを進めることを指導した。結局、Xはこれ以上指導に従わないこととし、金銭補償によって住民との紛争を解決し、ようやく建築確認を得た。Xは、その間に建築確認が留保されたことを不服として出訴した。東京地判昭和53年7月31日判時928号79頁はXの請求を棄却したが、東京高判昭和54年12月24日判時955号73頁はXの請求を一部認容したため、東京都が上告し、Xも附帯上告した。最高裁判所第三小法廷は、東京都の上告を棄却し、Xの附帯上告も棄却した。

 判旨:「関係地方公共団体において、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると付近住民に対し少なからぬ日照阻害、風害等の被害を及ぼし、良好な居住環境あるいは市街環境を損なうことになるものと考えて、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえない」。しかし、「右のような確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確にしている場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法であると解するのが相当である」。そのため、「いつたん行政指導に応じて建築主と付近住民との間に話合いによる紛争解決をめざして協議が始められた場合でも、右協議の進行状況及び四囲の客観的状況により、建築主において建築主事に対し、確認処分を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、当該行政指導を理由に建築主に対し確認処分の留保の措置を受忍せしめることの許されないことは前述のとおりであるから、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となるものといわなければならない」。

 

 ●最二小決平成元年11月8日判時1328号16頁

 事案:武蔵野市は宅地開発指導要綱を定めた。これは、中高層建築物について住民の同意を得ること、教育施設負担金を同市に寄付することを事業主に求め、従わない場合には上下水道などについての協力を行わないというものである。A建設は、同市内にマンションを建設しようとして住民の同意を得る努力をしたが得られなかったので、市長の承認を得ずに東京都に建築確認申請をして確認を得た。同市はA建設からの給水契約の申し込みを拒否したが、A建設は建設を強行した。A建設は何度も給水契約の申し込みをしたが同市は書類を受理しなかった。こうした同市の対応が水道法第15条第1項に違反するとして、同市長が起訴された。東京地八王子支判昭和59年2月24日判時1114号10頁は同市長を罰金10万円に処し、東京高判昭和60年8月30日判時1166号41頁は同市長の控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、市長の上告を棄却した。

 決定要旨:同市長がA建設などから提出された給水契約の申込書の受領を拒絶した時期には、既にA建設が「武蔵野市の宅地開発に関する指導要綱に基づく行政指導には従わない意思を明確に表明し、マンションの購入者も、入居に当たり給水を現実に必要としていた」から「このような時期に至ったときは、水道法上給水契約の締結を義務づけられている水道事業者としては、たとえ右の指導要綱を事業主に順守させるため行政指導を継続する必要があったとしても、これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保することは許されないというべきであるから、これを留保した被告人らの行為は、給水契約の締約を拒んだ行為に当たる」。水道事業者である武蔵野市は、「たとえ指導要綱に従わない事業主らからの給水契約の申込であっても、その締結を拒むことは許されないというべきであ」り、同市長に「本件給水契約の締結を拒む正当の理由がなかった」。

 

 ●最一小判平成5年2月18日民集47巻2号574頁:

 事案:Xは武蔵野市に3階建て賃貸マンションの建設を計画した。武蔵野市は、前掲最二小決平成元年11月8日に登場する要綱に基づいて教育施設負担金の寄付を要請した。Xは不満を抱いたが制裁などを恐れたため、市に教育施設負担金を納付した。Xは、この寄付が武蔵野市の強迫によるものであるとして意思表示の取消しを主張した上で、教育施設負担金相当額の返還を求めて出訴した。東京地方八王子支判昭和58年2月9日民集47巻2号603頁はXの請求を棄却し、東京高判昭和63年3月29日民集47巻2号610頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて、Xの主張のうち、強迫の主張を退けたが、国家賠償の請求について破棄差戻判決を出した。

 判旨:「行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない」が、「指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであ」る(水道法第15条第1項、前掲最二小決平成元年11月7日参照)。本件において、武蔵野市の担当者の対応からは「本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができ」ず、「右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきであ」り、Xに対して「指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、Xに教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる」から、「右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない」。

 

 ●最一小判平成16年4月26日民集58巻4号989頁

 事案:Xは食品輸入業者であり、「フローズン・スモークド・ツナ・フィレ」(冷凍スモークマグロ切り身)100kgを輸入しようとしたが、Y(成田空港検疫所長)から食品衛生法第6条に違反する旨の通知を受けた。そこで、Xはこの通知の取消を求めて出訴した。千葉地判平成14年8月9日民集58巻4号1017頁はXの請求を却下し、東京高判平成15年4月23日民集58巻4号1023頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて事件を千葉地方裁判所に差し戻した。

 判旨:食品衛生法第16条は「厚生労働大臣が、輸入届出をした者に対し、その認定判断の結果を告知し、これに応答すべきことを定めて」おり、食品衛生法違反通知書による通知は同条に根拠を置く。従って、厚生労働大臣の委任を受けたYは、Xに対して「本件食品について、法6条の規定に違反すると認定し、したがって輸入届出の手続が完了したことを証する食品等輸入届出済証を交付しないと決定したことを通知する趣旨のものということができる。そして、本件通知により」Xは「本件食品について、関税法70条2項の『検査の完了又は条件の具備』を税関に証明し、その確認を受けることができなくなり、その結果、同条3項により輸入の許可も受けられなくなるのであり、上記関税法基本通達に基づく通関実務の下で、輸入申告書を提出しても受理されずに返却されることとなる」から「本件通知は、上記のような法的効力を有するものであって、取消訴訟の対象となる」。

 

 ●最二小判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁(Ⅱ−167)

 事案:医師であるXは、富山県高岡市内において病院の開設を計画し、Y(富山県知事)に対し、病床数を400床として病院開設に係る医療法第7条第1項の許可の申請をした。これに対し、Yは、医療法第30条の7の規定に基づいて「高岡医療圏における病院の病床数が、富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で、Xに対し、病院の開設を中止するよう勧告した。Xはこの勧告を拒否し、速やかに許可をするように求めたので、Yは病院開設の許可を出したが、同日に、富山県厚生部長名により、中止勧告にもかかわらず病院を開設した場合には昭和62年9月21日付厚生省保健局長通知において保健医療機関の指定の拒否をすることとされている旨の通知も行った。Xは、病院開設中止の勧告が医療法第30条の7に反するから違法であるなどとして、勧告の取消および保健医療機関指定拒否の旨の通知の取消を求めて出訴した。富山地判平成13年10月31日訟月50巻7号2028頁はXの請求を却下し、名古屋高金沢支判平成14年5月20日訟月50巻7号2014頁も控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、以下のように述べて病院開設中止勧告が行政事件訴訟法第3条第2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると判断し、本件を富山地方裁判所に差し戻した。

 判旨:

 (1)「医療法は、病院を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めているところ(7条1項)、都道府県知事は、一定の要件に適合する限り、病院開設の許可を与えなければならないが(同条3項)、医療計画の達成の推進のために特に必要がある場合には、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院開設申請者等に対し、病院の開設、病床数の増加等に関し勧告することができる(30条の7)。そして、医療法上は、上記の勧告に従わない場合にも、そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。

 (2)他方、健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は、都道府県知事は、保険医療機関等の指定の申請があった場合に、一定の事由があるときは、その指定を拒むことができると規定しているが、この拒否事由の定めの中には、『保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』との定めがあり、昭和62年保険局長通知において、『医療法第三十条の七の規定に基づき、都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず、病院開設が行われ、当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては、健康保険法四十三条ノ三第二項に規定する「著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するものとして、地方社会保険医療協議会に対し、指定拒否の諮問を行うこと』とされていた(なお、平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は、医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には、その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。

 (3)上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない」。

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家庭裁判所が特別裁判所?

2017年12月22日 12時51分35秒 | 受験・学校

 昨日(12月21日)の23時28分42秒付で投稿した「採点中ですが、書いておきます。」の続きです。

 「憲法第76条第2項は特別裁判所の設置を禁じているが、憲法上唯一の例外がある。その裁判所の名称と、憲法の該当条文を答えなさい」という問題を出しました。

 正答は「弾劾裁判所、第64条」なのですが、意外に誤答が多く、戸惑いました。

 何時から家庭裁判所が特別裁判所になったのでしょうか。

 また、簡易裁判所という答えもいくつか見受けられました。

 特別裁判所の意味を理解していないとしか思えません。

 このあたりのことは、高等学校の政治・経済の教科書や資料集にも書かれているはずです。

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朝、何となく

2017年12月22日 08時00分00秒 | 写真

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行政法1A・行政法1B(大東文化大学)、行政法1(国学院大学)で扱った判決(7)

2017年12月22日 00時00分00秒 | 法律学

 今回は行政契約に関する判例です。

 

 ●最一小判平成18年10月26日判時1953号122頁

 事案:有限会社Xは、平成10年度まで徳島県の旧木屋平(こやだいら)村〔現在は美馬(みま)市の一部〕が発注する公共工事の指名競争入札に参加していたが、平成11年度から平成16年度まで、旧木屋平村長から公共工事への入札参加者として指名されず、入札に参加することができなかった。この指名回避が違法であるとして、Xは国家賠償請求訴訟を提起した。徳島地判平成16年5月11日判自280号17頁はXの請求を一部認容したが、高松高判平成17年8月5日判自280号12頁はXの請求を全面的に退けたため、Xが上告を行った。最高裁判所第一小法廷は、以下のように述べて一部を高松高等裁判所に差戻し、一部を棄却した。

 判旨:地方自治法第234条を受けて同法施行令第167条は「指名競争入札については、契約の性質又は目的が一般競争入札に適しない場合などに限り、これによることができるものと」定めており、「普通地方公共団体の締結する契約については、その経費が住民の税金で賄われること等にかんがみ、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、それ以外の方法を例外的なものとして位置付けているものと解することができる。また、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律は、公共工事の入札等について、入札の過程の透明性が確保されること、入札に参加しようとする者の間の公正な競争が促進されること等によりその適正化が図られなければならないとし(3条)、前記のとおり、指名競争入札の参加者の資格についての公表や参加者を指名する場合の基準を定めたときの基準の公表を義務付けている。以上のとおり、地方自治法等の法令は、普通地方公共団体が締結する公共工事等の契約に関する入札につき、機会均等、公正性、透明性、経済性(価格の有利性)を確保することを図ろうとしているものということができる」。一方、「木屋平村においては、従前から、公共工事の指名競争入札につき、村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名するという運用が行われて」おり、「確かに、地方公共団体が、指名競争入札に参加させようとする者を指名するに当たり、〔1〕工事現場等への距離が近く現場に関する知識等を有していることから契約の確実な履行が期待できることや、〔2〕地元の経済の活性化にも寄与することなどを考慮し、地元企業を優先する指名を行うことについては、その合理性を肯定することができるものの、〔1〕又は〔2〕の観点からは村内業者と同様の条件を満たす村外業者もあり得るのであり、価格の有利性確保(競争性の低下防止)の観点を考慮すれば、考慮すべき他の諸事情にかかわらず、およそ村内業者では対応できない工事以外の工事は村内業者のみを指名するという運用について、常に合理性があり裁量権の範囲内であるということはできない」。同村では「平成13年度までは、本件資格審査要綱、本件指名基準及び本件運用基準は制定されておらず、本件指名停止等要綱を除いて、指名に関する基準は明定されていなかった。さらに、平成14年4月以降施行された上記の本件資格審査要綱等をみても、本件資格審査要綱において村内業者と村外業者とが定義上区別されているものの、その外に上記のような村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという実際の運用基準は定められておらず、しかも、村内業者とは、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する業者をいうとされているにとどまり、主たる営業所あるいは村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかにされていなかった。このような状況の下における木屋平村の上記のような運用は、村内業者で対応できる工事はすべて指名競争入札とした上で、村内業者か否かの判断を適当に行うなどの方法を採ることにより、し意的運用が可能となるものであって、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の定める公表義務に反し、同法及び地方自治法の趣旨にも反するものといわざるを得ない」。このため、Xについて「上記のような法令の趣旨に反する運用基準の下で、主たる営業所が村内にないなどの事情から形式的に村外業者に当たると判断し、そのことのみを理由として、他の条件いかんにかかわらず、およそ一切の工事につき平成12年度以降全く上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば、それは、考慮すべき事項を十分考慮することなく、一つの考慮要素にとどまる村外業者であることのみを重視している点において、極めて不合理であり、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず、そのような措置に裁量権の逸脱又は濫用があったとまではいえないと判断することはできない」。

 

 ●最二小判昭和62年3月20日民集41巻2号189頁

 事案:長崎県福江市(現在は五島市)内にあったごみ焼却炉が故障し放置されていたことから、同市は新たにごみ焼却炉を建設することとなった。しかし、実際に企画、立案などにあたった同市の保健衛生課は、設計能力の問題、他の自治体でもほとんど随意契約を採っていたことなどから、競争入札を採るのは適切でないと考え、四社を指名業者とした上でそのうちの一社と随意契約を締結しようとした。四社による技術説明会、見積書の提出を経て、福江市長の職務代理者であったY(被告、被控訴人、上告人)は、四社のうちのA社と契約をすることとし、昭和47年1月30日に随意契約の形でA社と建設請負契約を締結した。建設工事は同年10月20日に竣功し、福江市がA社に対して工事代金を支払った。これに対し、同市の住民X(原告、控訴人、被上告人)がこの随意契約による市の支出を違法とし、住民訴訟を提起した。長崎地判昭和55年6月30日行集31巻6号1361頁はXの請求を棄却したが、福岡高判昭和57年3月4日判時1054号79頁はYの契約締結行為を違法と判断した。Yが上告。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は、次のように述べて福岡高等裁判所判決を破棄し、事件を同裁判所に差し戻した。

 (1)地方自治法第234条第1項は「普通地方公共団体の締結する契約については、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、それ以外の方法を例外的なものとして位置づけているものと解することができる。そして、そのような例外的な方法の一つである随意契約によるときは、手続が簡略で経費の負担が少なくてすみ、しかも、契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定できるという長所がある反面、契約の相手方が固定化し、契約の締結が情実に左右されるなど公正を妨げる事態を生じるおそれがあるという短所も指摘され得ることから、令一六七条の二第一項は前記法の趣旨を受けて同項に掲げる一定の場合に限定して随意契約の方法による契約の締結を許容することとしたものと解することができる」。

 (2)地方自治法施行令第172条の2第1項にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」は、「不動産の買入れ又は借入れに関する契約のように当該契約の目的物の性質から契約の相手方がおのずから特定の者に限定されてしまう場合や契約の締結を秘密にすることが当該契約の目的を達成する上で必要とされる場合など当該契約の性質又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難というべき場合がこれに該当することは疑いがないが、必ずしもこのような場合に限定されるものではなく、競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とはいえないが、不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても、普通地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合も同項一号に掲げる場合に該当するものと解すべきである。そして、右のような場合に該当するか否かは、契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている前記法及び令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である」。

 

 ●最三小判昭和62年5月19日民集41巻4号687頁

 事案:大阪府泉南郡東鳥取町(一審係属中に阪南町となる。現在は阪南市の一部)にあったA共有地は、近畿圏の保全区域の整備に関する法律第9条にいう近郊緑地保全区域であり、かつ森林法第25条による保安林の指定がされている区域にあった。しかし、東鳥取町は小学校増改築のための財源を確保する必要に迫られており、A共有地を300万円で売却することとした。最終的に、A共有地についてはYらに売却することとなり、東鳥取町長はYらとの間で、随意契約により、A共有地の売買契約を締結した。これについて、同町の住民らが、本件売却価格が不当に低く、地方自治法第238条の3に違反すると主張し、Yらに対して所有権移転登記の抹消登記手続および未履行の所有権移転登記手続の差止を求めた。一審大阪地判昭和55年6月18日行集31巻6号1334頁は原告の請求を一部認容し、これを大阪高判昭和56年5月20日行集32巻5号818頁も支持したため、阪南町長が上告した。最高裁判所第三小法廷は、大阪高等裁判所判決を破棄し、住民らの請求を棄却した。

 判旨:地方自治法第234条第2項が「指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる」と規定することを受けて同法施行令第167条の2第1項が随意契約による場合を列挙していることから、「右列挙された事由のいずれにも該当しないのに随意契約の方法により締結された契約は違法というべきことが明らかである。しかしながら、このように随意契約の制限に関する法令に違反して締結された契約の私法上の効力については別途考察する必要があり、かかる違法な契約であっても私法上当然に無効になるものではなく、随意契約によることができる場合として前記令の規定の掲げる事由のいずれにも当たらないことが何人の目にも明らかである場合や契約の相手方において随意契約の方法による当該契約の締結が許されないことを知り又は知り得べかりし場合のように当該契約の効力を無効としなければ随意契約の締結に制限を加える前記法及び令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合に限り、私法上無効になるものと解するのが相当である」。

 

 ●最三小判平成16年7月13日民集58巻5号1368頁

 事案:名古屋市は、平成元年に世界デザイン博覧会を開催した。同市は財団法人世界デザイン協会を設立しており、その会長には名古屋市長が、副会長には市助役が、監事には市収入役が就任した。この博覧会は、当初の予想よりも入場者数が下回り、赤字が予想されたので、博覧会で使用された諸施設や諸物件の売却のための契約が、市と同協会との間で結ばれた。その際、議会の議決を回避するために50の契約に分割されている。これに対し、名古屋市の住民が契約の不当性を主張して、市長、市助役、市収入役、同協会を被告として住民訴訟を提起した。一審判決(名古屋地判平成8年12月25日判時1612号40頁)は、各契約(一部を除く)が民法第108条の類推適用によって無効であると判断し、損害賠償請求、不当利得返還請求を認めた。二審判決(名古屋高判平成11年12月27日判自200号32頁)は、契約については名古屋市議会の議決が行われたことで追認があったとした上で、契約の一部に裁量権の逸脱・濫用があったと認め、同協会の残余財産を限度とする損害賠償責任を認めた。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、次のように述べて名古屋高等裁判所判決の一部を破棄自判、一部を破棄差戻し、一部について上告を棄却し、住民の請求を棄却した。

 (1)「普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表して行う契約締結行為であっても、長が相手方を代表又は代理することにより、私人間における双方代理行為等による契約と同様に、当該普通地方公共団体の利益が害されるおそれがある場合がある。そうすると、普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表して行う契約の締結には、民法108条が類推適用されると解するのが相当である。そして、普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表するとともに相手方を代理ないし代表して契約を締結した場合であっても同法116条が類推適用され、議会が長による上記双方代理行為を追認したときには、同条の類推適用により、議会の意思に沿って本人である普通地方公共団体に法律効果が帰属するものと解するのが相当である」。

 (2)「(事実認定などによれば)デザイン博は市の事業として行われたのであって、市は、第1審被告協会の設立に際し、第1審被告協会(注:財団法人世界デザイン協会)に市の基本的な計画の下でデザイン博の具体的な準備及び開催運営を行うことをゆだねたものと解することも可能であり、両者の間には実質的にみて準委任的な関係が存したものと解する余地がある。そうであるとすれば、市が、第1審被告協会に対し、同協会がデザイン博の準備及び開催運営のために支出した費用のうち、市が同協会にゆだねた範囲の事務を処理するために必要なものであって基本財産と入場料収入等だけでは賄いきれないものを補てんすることは、不合理ではなく、市にその法的義務が存するものと解する余地も否定することができない。そして、上記の点は、本件各契約の締結に裁量権の逸脱、濫用があったか否かを判断する上で、重要な考慮要素となるというべきである。そうすると、デザイン博の準備及び開催運営に関する市と第1審被告協会との関係の実質、第1審被告協会が行ったデザイン博の準備及び開催運営の内容並びにこれに関して支出された費用の内訳を検討しなければ、本件各契約の締結について裁量権の逸脱、濫用があったかどうかを判断することはできないものというべきである」。

 

 ●最一小判平成11年1月21日民集53巻1号13頁

 事案:福岡県糟屋郡志免(しめ)町は、福岡市に隣接しており、人口が急増していたが、地形の関係などにより、水道の水源を新たに確保することが難しいという状況にあった。このため、志免町は給水規則を改正し、一定の戸数を超える共同住宅などについては給水を拒否するというような規定を置いた。不動産会社のXは同町内にマンションの建設を計画し、420戸分の給水契約を申し込んだが、志免町はこの契約の締結を拒否した。そこで、Xは、この給水拒否が水道法第15条第1項にいう「正当の理由」に該当しないとして出訴した。福岡地判平成4年2月13日判時1438号118頁はXの主張を一部認めたが、福岡高判平成7年7月19日高民集48巻2号183頁は志免町の敗訴部分を取り消したので、Xが上告した。最高裁判所第一小法廷は、Xの上告を棄却した。

 判旨:水道「法一五条一項にいう『正当の理由』とは、水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず給水契約の締結を拒まざるを得ない理由を指すものと解されるが、具体的にいかなる事由がこれに当たるかについては、同項の趣旨、目的のほか、法全体の趣旨、目的や関連する規定に照らして合理的に解釈するのが相当である」。水道法は「市町村を始めとする地方公共団体に対し、水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならず(法二条一項)、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定、実施するとともに、水道事業を経営するに当たっては、その適正かつ能率的な運営に努めなければならないとの責務を課し(法二条の二第一項)、他方、国民に対しては、市町村等の右施策に協力するとともに、自らも、水の適正かつ合理的な使用に努めなければならないとの責務を課している(法二条二項)」から「市町村は、水道事業を経営するに当たり、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、可能な限り水道水の需要を賄うことができるように、中長期的視点に立って適正かつ合理的な水の供給に関する計画を立て、これを実施しなければならず、当該供給計画によって対応することができる限り、給水契約の申込みに対して応ずべき義務があり、みだりにこれを拒否することは許されないものというべきである。しかしながら、他方、水が限られた資源であることを考慮すれば、市町村が正常な企業努力を尽くしてもなお水の供給に一定の限界があり得ることも否定することはできないのであって、給水義務は絶対的なものということはできず、給水契約の申込みが右のような適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないものである場合には、法一五条一項にいう『正当の理由』があるものとして、これを拒むことが許されると解すべきである」。従って、「水の供給量が既にひっ迫しているにもかかわらず、自然的条件においては取水源が貧困で現在の取水量を増加させることが困難である一方で、社会的条件としては著しい給水人口の増加が見込まれるため、近い将来において需要量が給水量を上回り水不足が生ずることが確実に予見されるという地域にあっては、水道事業者である市町村としては、そのような事態を招かないよう適正かつ合理的な施策を講じなければならず、その方策としては、困難な自然的条件を克服して給水量をできる限り増やすことが第一に執られるべきであるが、それによってもなお深刻な水不足が避けられない場合には、専ら水の需給の均衡を保つという観点から水道水の需要の著しい増加を抑制するための施策を執ることも、やむを得ない措置として許されるものというべきである。そうすると、右のような状況の下における需要の抑制施策の一つとして、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて、給水契約の締結を拒むことにより、急激な需要の増加を抑制することには、法一五条一項にいう「正当の理由」があるということができるものと解される」。

 

 ●最二小判平成21年7月10日判時2058号53頁(Ⅰ−98)

 事案:産業廃棄物処理業者Y(被告・控訴人・被上告人)は、平成元年、福岡県知事に対し、宗像(むなかた)郡福間町の領域において廃棄物処理施設(本件処理施設)を設置する旨を届け出て、その施設の使用を開始した(平成3年に法律が改正され、産業廃棄物処理施設の設置については都道府県知事の許可を必要とすることとされた。本件では改正法附則により、Yが県知事の許可を受けたものとみなされた。)。福間町とYは、平成7年7月26日に本件処理施設に関する公害防止協定を締結した。その内容は、施設の規模を定め、使用期限を平成15年12月31日までとし(但し、それ以前に一定の埋め立て容量に達した場合にはその期日まで)、第12条においてYが上記期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない旨が定められていた。同年、Yは県知事に対して本件処理施設の規模を拡張する旨の変更許可申請を行い、10月に変更許可を受けた。Yは平成10年1月にも変更許可申請を行い、同年3月に変更許可を受けている。これらの変更許可による処理施設の拡張によって公害防止協定で定められた規模を上回ることとなり、平成10年9月に両者は改めて公害防止協定を締結したが、使用期限については変更されなかった。平成15年12月31日を過ぎても、Yは本件処理施設を使用していたので、福間町が期限の経過を理由としてYの本件処分施設使用の差止を求める訴訟を提起した(なお、一審の段階で福間町は津屋崎町と合併し、福津市となったので、同市が本件の原告の地位を承継した)。福岡地判平成18年5月31日判自304号45頁は福津市の請求を認容したが、福岡高判平成19年3月22日判自35頁が福津市の請求を棄却したので、同市が上告した。最高裁判所第二小法廷は、次のように述べて福岡高等裁判所判決を破棄し、同裁判所に差し戻した。

 判旨:産業廃棄物処理法第1条、第14条、第15条などの規定は「知事が、処分業者としての適格性や処理施設の要件適合性を判断し、産業廃棄物の処分事業が廃棄物処理法の目的に沿うものとなるように適切に規制できるようにするために設けられたものであり、上記の知事の許可が、処分業者に対し、許可が効力を有する限り事業や処理施設の使用を継続すべき義務を課すものではないことは明らかである。そして、同法には、処分業者にそのような義務を課す条文は存せず、かえって、処分業者による事業の全部又は一部の廃止、処理施設の廃止については、知事に対する届出で足りる旨規定されているのであるから(14条の3において準用する7条の2第3項、15条の2第3項において準用する9条3項)、処分業者が、公害防止協定において、協定の相手方に対し、その事業や処理施設を将来廃止する旨を約束することは、処分業者自身の自由な判断で行えることであり、その結果、許可が効力を有する期間内に事業や処理施設が廃止されることがあったとしても、同法に何ら抵触するものではない」。従って、本件の公害防止協定第12条が「知事の許可の本質的な部分にかかわるものではな」く、福岡県産業廃棄物処理施設の設置に係る紛争の予防及び調整に関する条例第15条が「予定する協定の基本的な性格及び目的から逸脱するものでもない」から、公害防止協定第12条の「法的拘束力を否定することはできない」。

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採点中ですが、書いておきます。

2017年12月21日 23時28分42秒 | 受験・学校

 小学校から高校まで、日本の都道府県と都道府県庁所在都市を学ぶ機会はないのでしょうか?

 今日(12月21日)のクラス授業で、意図的に都道府県名と都道府県庁所在都市名とが異なる場合の県庁所在都市を答えさせる問題を出したのですが、ひどいものでした。

 出題したのは、次の県です。

 岩手県

 宮城県

 茨城県

 栃木県

 群馬県

 神奈川県

 石川県

 山梨県

 愛知県

 三重県

 滋賀県

 兵庫県

 島根県

 香川県

 愛媛県

 沖縄県

 以上のうち、とくに中国地方・四国地方についての不正解が多く、しかも滅茶苦茶な地理感覚に囚われそうにすらなるような解答が続出しました。

 また、以前から不思議に思っているのですが、兵庫県庁の所在都市を答えられない学生が少なくないのです。神戸市は有名な都市でないのでしょうか。まさか阪神という言葉を聞いたことがないという訳ではないでしょうに。

 もう一つ記しておくと、松山市を知らないのではないかと思われる学生も少なくないようです。夏目漱石の「坊っちゃん」でも有名な都市なのに、読書経験がないのか、ニュースを見たり聞いたりしないのか、どちらかでしょう。

 法律学と地理は、当然、無縁ではありません。或る程度は地理を知らないと、事件なり判決なりを理解できない場合すら出てくるのです。

★★★★★★★★★★

 そもそも、大学で「授業」という言葉を使わなければならないのが、講師時代から今に至るまで釈然としません。以前、私のホームページに設置していた掲示板(BBS)にも書いたことがあります。

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行政法1A・行政法1B(大東文化大学)、行政法1(国学院大学)で扱った判決(6)

2017年12月21日 00時00分00秒 | 法律学

 行政作用法総論の山場の一つである行政裁量論に関する判決です。

 

 ●最一小判昭和36年4月27日民集15巻4号928頁(旭丘中学事件)

 事案:Y市立A中学校教諭であった原告Xは、Y市教育委員会からB中学校への転補処分を受けた。しかし、Xは、処分が違法であるとしてBに移らず、Aに留まった。Yは職務命令を発したがXが拒否したので、Xを懲戒免職処分に付した。Xは、この処分の取消を求める訴訟を提起した。いくつかの問題があったが、紹介処分に関する教育委員会の開催の告示が開始30分前になされ、しかも非公開であったことが、旧教育委員会法第34条第4項にいう「急施を要する場合」に該当するかということなどが争点の一つであった。京都地判昭和30年3月5日行集6巻3号728頁はXの請求を認容し、大阪高判昭和34年5月29日行集10巻5号1046頁もこれを支持したが、最高裁判所第一小法廷は事件を大阪高等裁判所に差し戻した。

 判旨:旧教育委員会法第34条第4項にいう「『急施を要する場合』とは、原審のように、ただ単に付議すべき事件の性質、内容から緊急性が認められる場合に限ると解し、この点の判断につき会議の招集権者である委員長になんらの裁量権も認められないと解すべきものではなく、会議の招集権者である委員長は、その当時における客観的情勢その他諸般の事情から、その事件が行政措置上急施を要する等の事情がないかどうかを考慮し、その裁量判断によりこれを決することもできると解するのが相当である」。

 

 ●最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁(マクリーン事件)

 事案:アメリカ人のXは、在留期間を1年とする許可を受けて日本に居住した。Xは1年間の在留期間更新を申請したが、彼が在留期間中に無届で転職したこと、政治活動を行ったことが理由となり、Y(法務大臣)は申請を拒否する処分を行った。Xはこの拒否処分の取消を求めて出訴した。この事件では、当時の出入国管理令第21条第3項にいう「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」という文言が問題となった。東京地判昭和48年3月27日行集24巻3号187頁はXの請求を認容したが、東京高判昭和50年9月25日行集26巻9号1055頁はYの控訴を認容してXの請求を棄却した。

 判旨:次のように述べて、Xの上告を棄却した。

 「憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、所論のように在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである」。

 「出入国管理令が原則として一定の期間を限つて外国人のわが国への上陸及び在留を許しその期間の更新は法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは、法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留中の状況、在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり、そして、在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは、更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨からであると解される。すなわち、法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたつては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしやくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができないものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令二一条三項所定の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断における法務大臣の裁量権の範囲が広汎なものとされているのは当然のことであ」る。

 「行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定めることがあつても、このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものなのであるから、処分が右準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない。処分が違法となるのは、それが法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限られるのであり、また、その場合に限り裁判所は当該処分を取り消すことができるものであつて、行政事件訴訟法三〇条の規定はこの理を明らかにしたものにほかならない。(中略)これを出入国管理令二一条三項に基づく法務大臣の『在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由』があるかどうかの判断の場合についてみれば、右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるものというべきである。したがつて、裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である」。

 

 ●最一小判平成4年10月29日民集46巻7号1174頁(伊方原子力発電所訴訟)

 事案:四国電力は、核原料物質等規制法に基づき、内閣総理大臣に原子力発電所設置許可の申請を行い、内閣総理大臣は設置許可を行った。これに対し、近隣住民などが設置許可の取消を求める訴訟を提起した。松山地判昭和53年4月25日行集29巻4号588頁、高松高判昭和59年12月14日行集35巻12号2078頁のいずれも近隣住民らの請求を棄却した。

 判旨:最高裁判所第一小法廷も、次のように述べて近隣住民らの請求を棄却した(なお、同小法廷判決においては要件裁量という言葉が登場しない)。

 「原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の右技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかである。そして、規制法二四条二項が、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可をする場合においては、同条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適用について、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、右各号所定の基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。

 以上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである」。

 ▲専門的・技術的裁量は、主に要件裁量の段階において認められることになる。もっとも、本件の場合、内閣総理大臣に効果裁量が与えられているようにも解されるが、その前提が「原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断」にあることから、要件裁量も認められるという構造になっているのであろう。

 

 ●最三小判平成5年3月16日民集47巻5号3843頁(家永第一次訴訟)

 事案:原告が執筆を担当した教科書に対し、文部大臣(当時)が検定不合格処分や条件付合格処分を行ったため、原告が国を被告として国家賠償請求訴訟を提起した。東京地判昭和49年7月16日訟月20巻11号6頁(通称「高津判決」)は原告の請求を一部認容したが、東京高判昭和61年3月19日訟月33巻2号353頁は原告の請求を全て退けた。最高裁判所第三小法廷も原告の請求を棄却した。

 判旨:教科書検定の「審査、判断は、申請図書について、内容が学問的に正確であるか、中立・公正であるか、教科の目標等を達成する上で適切であるか、児童、生徒の心身の発達段階に適応しているか、などの様々な観点から多角的に行われるもので、学術的、教育的な専門技術的判断であるから、事柄の性質上、文部大臣の合理的な裁量に委ねられるものというべきである。したがって、合否の判定、条件付合格の条件の付与等についての教科用図書検定調査審議会の判断の過程(検定意見の付与を含む)に、原稿の記述内容又は欠陥の指摘の根拠となるべき検定当時の学説状況、教育状況についての認識や、旧検定基準に違反するとの評価等に看過し難い過誤があって、文部大臣の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、右判断は、裁量権の範囲を逸脱したものとして、国家賠償法上違法となると解するのが相当である」。

 

 ●最一小判昭和47年10月12日民集26巻8号1410頁

 事案:浄化槽清掃業を営むXは、市長Yに対してH市における汚物処理業の許可申請を行ったが、Yは不許可処分をした。Xは不許可処分の取消しを求めたが、横浜地判昭和40年7月1日行集16巻8号1434頁は請求を棄却した。Xが控訴し、東京高判昭和42年11月21日行集18巻12号1569頁は控訴を認容した。Yが上告し、最高裁判所第一小法廷は事件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「清掃法一五条一項が、特別清掃地域内においては、その地域の市町村長の許可を受けなければ、汚物の収集、運搬または処分を業として行なつてはならないものと規定したのは、特別清掃地域内において汚物を一定の計画に従つて収集、処分することは市町村の責務であるが(同法六条、地方自治法二条三項七号、同法別表第二の一一参照)、これをすべて市町村がみずから処理することは実際上できないため、前記許可を与えた汚物取扱業者をして右市町村の事務を代行させることにより、みずから処理したのと同様の効果を確保しようとしたものであると解せられる。かかる趣旨にかんがみれば、市町村長が前記許可を与えるかどうかは、清掃法の目的と当該市町村の清掃計画とに照らし、市町村がその責務である汚物処理の事務を円滑完全に遂行するのに必要適切であるかどうかという観点から、これを決すべきものであり、その意味において、市町村長の自由裁量に委ねられているものと解するのが相当である」。

 

 ●最三小判昭和29年7月30日民集8巻7号1501頁

 事案:某公立大学の学生Xらは、A教授の解雇反対を主張して教授会の会場に入り込み、退場を求められたが拒み、大声で発言を続けて教授会を流会させた。このため、学長はXらを放学処分に付した。Xらはこの処分の取消を求めて出訴した。京都地判昭和25年7月19日行集1巻5号764頁はXらの請求を認容したが、大阪高判昭和28年4月30日行集4巻4号986頁はX1以外の者について請求を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、X2らの上告を棄却した。

 判旨:「大学の学生に対する懲戒処分は、教育施設としての大学の内部規律を維持し教育目的を達成するために認められる自律的作用にほかならない。そして、懲戒権者たる学長が学生の行為に対し懲戒処分を発動するに当り、その行為が懲戒に値するものであるかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の軽重のほか、本人の性格および平素の行状、右行為の他の学生に与える影響、懲戒処分の本人および他の学生におよぼす訓戒的効果等の諸般の要素を考量する必要があり、これらの点の判断は、学内の事情に通ぎようし直接教育の衝に当るものの裁量に任すのでなければ、適切な結果を期することができないことは明らかである。それ故、学生の行為に対し、懲戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決定することは、その決定が全く事実上の根拠に基かないと認められる場合であるか、もしくは社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えるものと認められる場合を除き、懲戒権者の裁量に任されているものと解するのが相当である」。

 

 ●最三小判昭和52年12月20日民集31巻7号1101頁(神戸税関事件)

 事案:税関の職員だった被上告人3名は、組合活動において指導的役割を果たし、業務の処理を妨げたとして懲戒免職処分に付された。3名はこの処分の無効確認と取消しを求めて出訴した。神戸地判昭和44年9月24日行集20巻8・9号1063頁は3名の請求を認容した。大阪高判昭和47年2月17日訟月18巻6号899頁は神戸地方裁判所判決を一部取り消したが3名の請求は認容した。最高裁判所第三小法廷は大阪高等裁判所判決を破棄し、3名の請求を棄却した。

 判旨:国家公務員法は、「同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと(七四条一項)を定め、平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを定めている以外に、具体的な基準を設けていない。したがつて、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである」。

 

 ●最一小判平成24年1月16日判時2147号127頁①および② 

 事案:複数の事件について審理が行われ、判決が下されたが、事案はほぼ共通する。すなわち、原告らは、卒業式、入学式、創立30周年記念式典などにおける国歌斉唱の際に起立斉唱を行わなかった、国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否した、国歌斉唱の開始前または途中で退席したなどの理由で、東京都教育委員会から3か月の停職処分、1か月の停職処分、1か月分について1割の減給処分などを受けた。これらの処分の妥当性が争われた訳である。

 判旨:最高裁判所第一小法廷は、以下のように述べ、一部の懲戒処分については違法であると判断した(便宜上、二つの判決をまとめた)。

 「公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される」〔前掲最三小判昭和52年12月20日、最一小判平成2年1月18日民集44巻1号1頁(Ⅰ−54。伝習館高校事件)を参照〕。本件のような事例において「不起立行為に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては、本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となるものといえる」のであり、「不起立行為に対する懲戒において戒告、減給を超えて停職の処分を選択することが許容されるのは、過去の非違行為による懲戒処分等の処分歴や不起立行為の前後における態度等(以下、併せて「過去の処分歴等」という。)に鑑み、学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきであ」り、「過去2年度の3回の卒業式等における不起立行為による懲戒処分を受けていることのみを理由に同上告人に対する懲戒処分として停職処分を選択した都教委の判断は、停職期間の長短にかかわらず、処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き、上記停職処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法の評価を免れないと解するのが相当である」。

 また、「減給処分は、処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における本給の一部の不支給という直接の給与上の不利益が及び、将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ」ことなどに鑑みれば、減給処分を選択することが許されるのは「学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきであ」り、「例えば過去の1回の卒業式等における不起立行為等による懲戒処分の処分歴がある場合に、これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず、上記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなど、過去の処分歴等が減給処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するというべきであ」り、本件については「学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から、なお減給処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったとまでは認め難いというべきである」。

 

 ●最二小判昭和57年4月23日民集36巻4号727頁

 事案:上告人である不動産会社Xは、建設会社Aと建物の建築請負契約を締結した。Aは建築資材の搬入をBおよびCに依頼したが、車両が道路法と車両制限令に抵触するため、道路管理者である東京都Y区に特殊車両通行認定を申請した。この申請は受理されたが認定がなされなかった。この建物の建設については住民の反対運動があり、Y区は、反対する住民との間での話し合いによる解決がなされるまで車両認定を保留するという通知をし、実際に半年近くも保留された。これに対し、Xは工事の中断によって損害を受けたとして損害賠償請求を行った。東京地判昭和53年4月23日判時931号79頁はXの請求を棄却し、東京高判昭和54年11月30日民集36巻4号756頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「道路法四七条四項の規定に基づく車両制限令一二条所定の道路管理者の認定は、同令五条から七条までに規定する車両についての制限に関する基準に適合しないことが、車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ないものであるかどうかの認定にすぎず、車両の通行の禁止又は制限を解除する性格を有する許可(同法四七条一項から三項まで、四七条の二第一項)とは法的性格を異にし、基本的には裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものであることは、右法条の改正の経緯、規定の体裁及び罰則の有無等に照らし明らかであるが、他方右認定については条件を附することができること(同令一二条但し書)、右認定の制度の具体的効用が許可の制度のそれと比較してほとんど変るところがないことなどを勘案すると、右認定に当たつて、具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断を含む合理的な行政裁量を行使することが全く許容されないものと解するのは相当でない」。

 

 ●最一小判平成18年9月14日判時1951号39頁

 事案:第二東京弁護士会に所属する弁護士Xは、土地の賃貸借契約の更新拒絶を受けて明渡交渉を依頼されたが、解決金の一部を受領したにもかかわらず虚偽の報告を行い、独断で明渡について再交渉を行い、追加の立退料を受領したにもかかわらず秘匿していた、などの理由により、弁護士法第56条第1項にいう「品位を失うべき非行」に当たるとして、業務停止3か月の懲戒処分を受けた。Xは、同第59条に基づいてY(日本弁護士連合会)に審査請求を行ったが、Yは棄却裁決を下した。そこで、Xはこの裁決の取消を求めて出訴した。一審判決(東京高判平成14年12月1日判例集未登載)はXの請求を認容したが、最高裁判所第一小法廷は一審判決を破棄し、Xの請求を棄却した。

 判旨:「懲戒の可否、程度等の判断においては、懲戒事由の内容、被害の有無や程度、これに対する社会的評価、被処分者に与える影響、弁護士の使命の重要性、職務の社会性等の諸般の事情を総合的に考慮することが必要である。したがって、ある事実関係が「品位を失うべき非行」といった弁護士に対する懲戒事由に該当するかどうか、また、該当するとした場合に懲戒するか否か、懲戒するとしてどのような処分を選択するかについては、弁護士会の合理的な裁量にゆだねられているものと解され、弁護士会の裁量権の行使としての懲戒処分は、全く事実の基礎を欠くか、又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法となるというべきである。」

 ▲以上の判決では「全く事実の基礎を欠く」という文言(基準?)が示されている。

 

 ●最三小判平成18年2月7日民集60巻2号401頁(呉市学校施設使用不許可事件)

 事案:X(原告、被控訴人、被上告人)は、広島県内の公立小中学校等に勤務する教職員によって組織された職員団体である。Xは、呉市内の中学校において1999年11月13日および14日に第49次広島県教育研究集会を行うこととし、同年9月に同中学校長に対して口頭で体育館の使用許可を申し出た。同校長は一旦了承したが、呉市教育委員会委員長が以上の事実を知り、同校長を呼び出して協議し、使用許可を出さないことを決定した。Xは使用許可申請書を同市教育委員会に提出していたが、同年10月31日付で同市教育委員会は学校施設使用不許可決定通知書をXに対して交付した。その理由として、会場となる予定の中学校およびその周辺の学校や地域に混乱を招いて児童生徒に教育上悪影響を与え、学校教育に支障を来すことが予想される、とされた。Xは、呉市(被告、控訴人、上告人)に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した。広島地判平成14年3月28日民集60巻2号443頁はXの請求を一部認め、広島高判平成15年9月18日民集60巻2号471頁も前掲広島地判を支持したため、呉市が上告した。

 判旨:上告棄却。

 「学校施設は、一般公衆の共同使用に供することを主たる目的とする道路や公民館等の施設とは異なり、本来学校教育の目的に使用すべきものとして設置され、それ以外の目的に使用することを基本的に制限されている(学校施設令1条、3条)ことからすれば、学校施設の目的外使用を許可するか否かは、原則として、管理者の裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。」

 「管理者の裁量判断は、許可申請に係る使用の日時、場所、目的及び態様、使用者の範囲、使用の必要性の程度、許可をするに当たっての支障又は許可をした場合の弊害若しくは影響の内容及び程度、代替施設確保の困難性など許可をしないことによる申請者側の不都合又は影響の内容及び程度等の諸般の事情を総合考慮してされるものであり、その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討しその判断が、重要な事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものと解するのが相当である。」

 

 ●最一小判平成18年11月2日民集60巻9号3249頁(小田急高架化訴訟)

 事案:東京都知事(被上告参加人)は、平成5年2月1日付で、都市計画法第21条第2項・第18条第1項に基づき「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」を変更し、小田急小田原線の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間を複々線化し、さらに成城学園前付近を堀割式とする以外は高架式とする旨の都市計画を告示した。これに対し、沿線住民らは、周辺地域に与える影響や事業費の面で問題のある複々線化・高架化を採用したことが違法であるとして、この都市計画などを認可した建設省関東地方整備局長を被告として、訴訟を提起した。東京地判平成13年10月3日判時1764号3頁は沿線住民らの請求を認容したが、東京高判平成15年12月18日訟月50巻8号2322頁が原判決を取り消し、請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、沿線住民らの上告を棄却した。

 判旨:「都市計画法は、都市計画について、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条)、都市施設の整備に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めなければならず、当該都市について公害防止計画が定められているときは当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書き)、都市施設について、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号)、このような基準に従って都市施設の規模、配置等に関する事項を定めるに当たっては、当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると、このような判断は、これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって、裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては、当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。」

 ▲以上の二判決では「重要な事実の基礎を欠く」、「基礎とされた重要な事実に誤認がある」となっており、「全く」→「重要な」と変化している。

 

 ●最二小判昭和48年9月14日民集27巻8号925頁

 事案:原告は広島県内の公立学校長の職にあった。しかし、被告(広島県教育委員会)は、昭和34年2月21日付で、原告が学校の予算執行その他の職務執行に関し、しばしば職務上の上司の職務上の命令に違反する等校長としての適格性を欠くものと認められるとして、地方公務員法第28条第1項第3号に基づき、原告を公立学校教員教諭に降任する旨の分限処分を行った。原告は、これを違法として広島県人事委員会に審査請求を行ったが、同委員会の裁決を経ることなく、原告は分限処分の取消を求めて出訴した。広島地判昭和41年7月12日行集17巻7・8号792頁は原告の請求を認め、広島高判昭和43年6月4日民集27巻8号1061頁は被告の控訴を棄却した。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は、次のように述べて広島高等裁判所判決を破棄し、事件を同裁判所に差し戻した。

 ①「分限処分については、任命権者にある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、分限制度の上記目的と関係のない目的や動機に基づいて分限処分をすることが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることを許されず考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤つた違法のものであることを免れないというべきである。そして、任命権者の分限処分が、このような違法性を有するかどうかは、同法(注:地方公務員法)八条八項にいう法律問題として裁判所の審判に服すべきものであるとともに、裁判所の審査権はその範囲に限られ、このような違法の程度に至らない判断の当不当には及ばないといわなければならない」。

 ②地方公務員法第28条第1項第3号にいう「『その職に必要な適格性を欠く場合』とは、当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解されるが、この意味における適格性の有無は、当該職員の外部にあらわれた行動、態度に徴してこれを判断するほかはない。その場合、個々の行為、態度につき、その性質、態様、背景、状況等の諸般の事情に照らして評価すべきことはもちろん、それら一連の行動、態度については相互に有機的に関連づけてこれを評価すべく、さらに当該職員の経歴や性格、社会環境等の一般的要素をも考慮する必要があり、これら諸般の要素を総合的に検討したうえ、当該職に要求される一般的な適格性の要件との関連においてこれを判断しなければならないのである。そしてこの場合、ひとしく適格性の有無の判断であつても、分限処分が降任である場合と免職である場合とでは、前者がその職員が現に就いている特定の職についての適格性であるのに対し、後者の場合は、現に就いている職に限らず、転職の可能な他の職をも含めてこれらすべての職についての適格性である点において適格性の内容要素に相違があるのみならず、その結果においても、降任の場合は単に下位の職に降るにとどまるのに対し、免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果になる点において大きな差異があることを考えれば、免職の場合における適格性の有無の判断については、特に厳密、慎重であることが要求されるのに対し、降任の場合における適格性の有無については、公務の能率の維持およびその適正な運営の確保の目的に照らして裁量的判断を加える余地を比較的広く認めても差支えないものと解される」。

 ▲この判決では、一般論ではあるが裁量行為が違法であると判断される場合が列挙されている。

 ・制度の目的と無関係の目的や動機に基づいて裁量行為が行われた場合

 ・処分事由の有無の判断について恣意に渡っている場合

 ・考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断した場合

 ・判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えた不当なものである場合

 

 ●最三小判平成8年7月2日判時1578号51頁

 事案:外国籍のX(被上告人)は、日本国籍の女性と結婚して日本への上陸を許可された。Xは妻と別居したが、やはり在留許可を得ていた。しかし、妻がXとの間の婚姻無効確認訴訟を提起し、その訴訟の係属中に、法務大臣Y(上告人)はXの意に反して在留資格を短期滞在に変更した上で許可を行った。そして、この訴訟の控訴審判決が確定した後に、YはXの在留期間更新申請に対して不許可とする処分を行った。なお、この処分の後、妻はXを相手に離婚請求訴訟を提起している。

 判旨:「『短期滞在』の在留資格で本邦に在留する外国人から在留期間の更新申請がされた場合において、上告人は、通常であれば、当該外国人につき、『短期滞在』の在留資格に対応する出入国管理及び難民認定法別表第一の三下欄の活動を引き続き行わせることを適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかを判断すれば足り、他の在留資格に対応する活動を行わせることを適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかについて考慮する必要のないことは、一応所論のとおりである」が、本件の場合は、Xが「本邦における在留を継続してきていたが」YがXの「本邦における活動は、もはや日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当しないとの判断の下に、被上告人の意に反して、その在留資格を同法別表第一の三所定の『短期滞在』に変更する旨の申請ありとして取り扱い、これを許可する旨の処分をし、これにより、被上告人が『日本人の配偶者等』の在留資格による在留期間の更新を申請する機会を失わせたものと判断されるのであ」り、Xの「活動は、日本人の配偶者の身分を有するものとしての活動に該当するとみることができないものではない」。そのため、Xの「在留資格が『短期滞在』に変更されるに至った右経緯にかんがみれば、上告人は、信義則上、『短期滞在』の在留資格による被上告人の在留期間の更新を許可した上で、被上告人に対し、『日本人の配偶者等』への在留資格の変更申請をして被上告人が『日本人の配偶者等』の在留資格に属する活動を引き続き行うのを適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかにつき公権的判断を受ける機会を与えることを要したものというべきである」。

 

 ●最二小判昭和30年6月24日民集9巻7号930頁

 米供出個人割当通知の違法性が争われた事件で、最高裁判所第二小法廷は、結論として原告(上告人)の請求を認めなかったが、一般論として「行政庁は、何等いわれがなく特定の個人を差別的に取扱いこれに不利益を及ぼす自由を有するものではなく、この意味においては、行政庁の裁量権には一定の限界があるものと解すべきである」と述べている。

 

 ●最二小判平成8年3月8日民集50巻3号469頁(神戸高専事件)

 事案:公立の工業高等専門学校において、体育実技として剣道が必修科目とされていた。原告らは信仰上の理由から履修を拒否し、代替措置を申し入れたが受け入れられず、体育の成績も認定されなかった。学校長は原告らを原級留置処分とし、結局は退学処分とした。原告らはこれらの処分の取消を求めて出訴したが、神戸地判平成5年2月22日行集45巻12号2108頁および神戸地判平成5年2月22日行集行集45巻12号2134頁は原告らの請求を棄却した。これに対し、大阪高判平成6年12月22日行集45巻12号2069頁は原告らの請求を認容したため、学校長が上告した。最高裁判所第二小法廷は、上告を棄却した。

 判旨:「高等専門学校の校長が学生に対し原級留置処分又は退学処分を行うかどうかの判断は、校長の合理的な教育的裁量にゆだねられるべきものであり、裁判所がその処分の適否を審査するに当たっては、校長と同一の立場に立って当該処分をすべきであったかどうか等について判断し、その結果と当該処分とを比較してその適否、軽重等を論ずべきものではなく、校長の裁量権の行使としての処分が、全く事実の基礎を欠くか又は社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである」〔前掲最三小判昭和29年7月30日、最三小判昭和49年7月19日民集28巻5号790頁(Ⅰ−7)、前掲最三小判昭和52年12月20日を参照〕。しかし、本件各処分により学生が受ける不利益は極めて大きいものであり、原告らが「それらによる重大な不利益を避けるためには剣道実技の履修という自己の信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられるという性質を有するものであったことは明白である」から、学校長は「前記裁量権の行使に当たり、当然そのことに相応の考慮を払う必要があったというべきである」。結局、「信仰上の理由による剣道実技の履修拒否を、正当な理由のない履修拒否と区別することなく、代替措置が不可能というわけでもないのに、代替措置について何ら検討することもなく、体育科目を不認定とした担当教員らの評価を受けて、原級留置処分をし、さらに、不認定の主たる理由及び全体成績について勘案することなく、二年続けて原級留置となったため進級等規程及び退学内規に従って学則にいう『学力劣等で成業の見込みがないと認められる者』に当たるとし、退学処分をしたという上告人の措置は、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、その結果、社会観念上著しく妥当を欠く処分をしたものと評するほかはなく、本件各処分は、裁量権の範囲を超える違法なものといわざるを得ない」。 

 

 ●最二小判平成16年10月15日民集58巻7号1802頁(熊本水俣病関西訴訟)

 事案 熊本県水俣市またはその付近に居住し、その後に近畿地方に移住したXらが、自らの抱える症状が水俣病であるとして、Y1(チッソ)に対して民法第709条に基づく損害賠償を、Y2(国)およびY3(熊本県)に対しては国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償を請求した訴訟である。Xらは、Y2およびY3が各種の規制権限を行使して同病の発生や拡大を防止すべき義務があったのに懈怠したと主張していた。大阪地判平成6年7月11日訟月41巻8号1799頁はY1について損害賠償責任を一部認めたものの、Y2およびY3の国家賠償責任を否定した。大阪高判平成13年4月27日訟月48巻12号2821頁はY2およびY3についても国家賠償責任を一部認めた。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は、次のように述べて、Y1らによる上告を一部棄却する一方、原判決の一部を破棄し、Xらの請求を一部棄却した。

 ①Xらが「昭和35年1月以降、チッソ水俣工場の排水に関して規制権限を行使しなかったことが違法であり、上告人らは、同月以降に水俣湾又はその周辺海域の魚介類を摂取して水俣病となった者及び健康被害の拡大があった者に対して国家賠償法1条1項による損害賠償責任を負うとした原審の判断は、後述のとおり、正当として是認することができる」。

 ②「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である」〔最二小判平成元年11月24日民集43巻10号1169頁、最二小判平成7年6月23日民集49巻6号1600頁を参照〕。Y2が「昭和35年1月以降、水質二法に基づく上記規制権限を行使しなかったことは、上記規制権限を定めた水質二法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである」。Y3についても「知事は、水俣病にかかわる前記諸事情について上告人国と同様の認識を有し、又は有し得る状況にあったのであり、同知事には、昭和34年12月末までに県漁業調整規則323に基づく規制権限を行使すべき作為義務があり、昭和35年1月以降、この権限を行使しなかったことが著しく合理性を欠くものであるとして、上告人県が国家賠償法1条1項による損害賠償責任を負うとした原審の判断は、同規則が、水産動植物の繁殖保護等を直接の目的とするものではあるが、それを摂取する者の健康の保持等をもその究極の目的とするものであると解されることからすれば、是認することができる」。

 

 ●東京地判昭和38年12月25日行集14巻12号2255頁(群馬中央バス事件一審判決)

 事案:X(バス会社)は営業路線の延長を求めて免許を申請した。東京陸運局長は聴聞を行い、運輸審議会に諮問した。同審議会も公聴会を開き、原告や利害関係人などの意見を聴取して、Xの申請を却下すべしとする答申を陸運局長に対して行った。これを受け、陸運局長は却下処分をした。これに対し、Xは訴願を提起せずに直ちに出訴した。東京地方裁判所はXの請求を認めた。

 判旨:「行政庁が国民の権利自由の規制にかかる処分をするにあたつて、現行法制上なんらの手続規定がなく、またはこれが簡略なものであつて、いかなる手続を採用するかを一応行政庁の裁量に委ねているようにみえる場合でも、この点に関する行政庁の裁量権にはなんらの制約がないものと解することはできない。(中略)また、この種の処分が行政庁の裁量判断に基づいて行われる場合、処分の掌に当る行政庁は、法の趣旨からして本来考慮に加うべからざる事項を考慮(以下本件において、これを「他事考慮」という。)して処分を行つてはならないことは当然であるから、行政庁は、できるかぎり他事考慮を疑われることのないような手続によつて処分を実施する義務があり、この点においても、いかなる手続を採用すべきかについての行政庁の裁量権には制約があるのであつて、国民は、他事考慮を疑われることのないような手続によつて処分を受くべき手続上の保障を享有するものといわねばならない」。

 

 ●東京高判昭和48年7月13日行裁例集24巻6・7号533頁(日光太郎杉事件控訴審判決)

 事案:栃木県知事は、国道の拡幅のためにX(日光東照宮)の境内地について土地収用法第16条による事業認定を建設大臣に申請した。この事業によると、日光の名木太郎杉などが伐採されることになるのであるが、建設大臣は事業認定を行った。これに対し、Xが事業認定や収用裁決などの取消しを求めて出訴した。宇都宮地判昭和44年4月9日行集20巻4号373頁はXの請求を認容した。東京高等裁判所もXの請求を認めた。

 判旨:「土地収用法第20号第3号にいう『事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること』という要件は、その土地がその事業の用に供されることによつて得らるべき公共の利益と、その土地がその事業の用に供されることによつて失なわれる利益(この利益は私的なもののみならず、時としては公共の利益をも含むものである。)とを比較衡量した結果前者が後者に優越すると認められる場合に存在するものであると解するのが相当である。そうして、控訴人建設大臣の、この要件の存否についての判断は、具体的には本件事業認定にかかる事業計画の内容、右事業計画が達成されることによつてもたらされるべき公共の利益、右事業計画策定及び本件事業認定に至るまでの経緯、右事業計画において収用の対象とされている本件土地の状況、その有する私的ないし公共的価値等の諸要素、諸価値の比較衡量に基づく総合判断として行なわるべきものと考えられる」。そして、「この点の判断が前認定のような諸要素、諸価値の比較考量に基づき行なわるべきものである以上、同控訴人がこの点の判断をするにあたり、本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考慮を尽さず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、違法となるものと解するのが相当である」。本件の場合は「本件土地付近のもつかけがいのない文化的諸価値ないしは環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果右保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とをいかにして調和させるべきかの手段、方法の探究において、当然尽すべき考慮を尽さず」、「オリンピツクの開催に伴なう自動車交通量増加の予想という、本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ」、「暴風による倒木(これによる交通障害)の可能性および樹勢の衰えの可能性という、本来過大に評価すべきでないことがらを過重に評価した」ことで「その裁量判断の方法ないし過程に過誤があり、これらの過誤がなく、これらの諸点につき正しい判断がなされたとすれば、控訴人建設大臣の判断は異なつた結論に到達する可能性があつたものと認められる」。

 

 ●最二小判平成18年9月4日訟月54巻8号1585頁(林試の森事件)

 事案:建設大臣は、旧都市計画法第3条に基づき、「東京都市計画公園第23号目黒公園」(後に「東京都市計画公園第5・5・25号目黒公園」に変更)に関する都市計画の決定(本件都市計画決定)を行い、昭和32年12月21日付で告示した。この公園は林業試験場(農林省の附属機関)の跡地を利用したものであり、都市計画法第4条第5項に定められる都市施設である。本件都市計画決定は、林業試験場の南門の位置に目黒公園の南門を設けるとしており、この南門と区道との接続部分として原告らの所有に係る土地を本件公園の区域に含むとしていた。東京都が原告らの所有地に南門と区道との接続部分を整備することを内容とする認可の申請を行い、建設大臣は認可を行って平成8年12月2日付で告示した。これに対し、原告らがこの認可の取消を求めて出訴した。東京地判平成14年8月27日訟月49巻1号325頁は原告らの請求を認めたが、東京高判平成15年9月11日訟務月報50巻4号1334頁は被告の控訴を容れて原告らの請求を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、東京高等裁判所判決を破棄し、事件を同裁判所に差し戻した(なお、差戻の後に訴えが取り下げられている)。

 判旨:「都市施設は、その性質上、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めなければならないものであるから、都市施設の区域は、当該都市施設が適切な規模で必要な位置に配置されたものとなるような合理性をもって定められるべきものである。この場合において、民有地に代えて公有地を利用することができるときには、そのことも上記の合理性を判断する一つの考慮要素となり得ると解すべきである」。一方、「原審は、南門の位置を変更し、本件民有地ではなく本件国有地を本件公園の用地として利用することにより、林業試験場の樹木に悪影響が生ずるか、悪影響が生ずるとして、これを樹木の植え替えなどによって回避するのは困難であるかなど、樹木の保全のためには南門の位置は現状のとおりとするのが望ましいという建設大臣の判断が合理性を欠くものであるかどうかを判断するに足りる具体的な事実を確定していないのであって、原審の確定した事実のみから、南門の位置を現状のとおりとする必要があることを肯定し、建設大臣がそのような前提の下に本件国有地ではなく本件民有地を本件公園の区域と定めたことについて合理性に欠けるものではないとすることはできないといわざるを得ない」。また、「樹木の保全のためには南門の位置は現状のとおりとするのが望ましいという建設大臣の判断が合理性を欠くものであるということができる場合には、更に、本件民有地及び本件国有地の利用等の現状及び将来の見通しなどを勘案して、本件国有地ではなく本件民有地を本件公園の区域と定めた建設大臣の判断が合理性を欠くものであるということができるかどうかを判断しなければならないのであり本件国有地ではなく本件民有地を本件公園の区域と定めた建設大臣の判断が合理性を欠くものであるということができるときには、その建設大臣の判断は、他に特段の事情のない限り、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものとなるのであって、本件都市計画決定は、裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となる」。

 

 ●最一小判昭和46年10月28日民集25巻7号1037頁(個人タクシー事件)

 事案:行政手続法の制定に大きな影響を与えた判決として有名なものである。Xは新規の個人タクシー営業免許を申請した。陸運局長Yはこれを受理し、聴聞を行ったが、道路運送法第6条に規定された要件に該当しないとして申請を却下する処分を行った。Xは、聴聞において自己の主張と証拠を十分に提出する機会を与えられなかったなどとして出訴した。東京地判昭和38年9月18日行集14巻9号1666頁はXの請求を認め、東京高判昭和40年9月16日行集16巻9号1585頁も原告の請求を認めた。最高裁判所第一小法廷も原告の請求を認め、本件の審査手続に瑕疵があったとしてYの申請却下処分を違法と判断した。

 判旨:「本件におけるように、多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せられる」。道路運送法第6条は「抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである」。

 

 ●最一小判昭和50年5月29日民集29巻5号662頁(群馬中央バス事件)

 事案:これも、行政手続法の制定に大きな影響を与えた判決として有名なものである。前掲東京地判昭和38年12月25日を参照。なお、東京高判昭和42年7月25日行集18巻7号1014頁はXの請求を棄却している。最高裁判所第一小法廷もXの請求を棄却した。

 判旨:「一般に、行政庁が行政処分をするにあたつて、諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分をしなければならない旨を法が定めているのは、処分行政庁が、諮問機関の決定(答申)を慎重に検討し、これに十分な考慮を払い、特段の合理的な理由のないかぎりこれに反する処分をしないように要求することにより、当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期しているためであると考えられるから、かかる場合における諮問機関に対する諮問の経由は、極めて重大な意義を有するものというべく、したがつて、行政処分が諮問を経ないでなされた場合はもちろん、これを経た場合においても、当該諮問機関の審理、決定(答申)の過程に重大な法規違反があることなどにより、その決定(答申)自体に法が右諮問機関に対する諮問を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは、これを経てなされた処分も違法として取消をまぬがれないこととなるものと解するのが相当である。そして、この理は、運輸大臣による一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否についての運輸審議会への諮問の場合にも、当然に妥当するものといわなければならない」。

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また新幹線? 国鉄赤字ローカル線の二の舞になるのでは?

2017年12月20日 02時06分44秒 | 社会・経済

 私が生まれ育った川崎市には、中原区に東海道新幹線が通っているものの、駅はありません。武蔵小杉駅がすぐそばにあるのに、まさしく通っているだけです。また、中原区、高津区、宮前区および麻生(あさお)区は、リニア新幹線のルートにもなっているのですが、やはり駅ができる予定はありません。新幹線が通る政令指定都市で、駅がないというのは川崎市だけです。しかし、駅を作れという運動は聞いたことがありません。

 どうでもいい話はここでやめて、本題に入りましょう。

 2017年12月18日(月)付の朝日新聞朝刊4面13版●に「360° 我が町に新幹線 再び熱 全5ルート確定『次の計画決めるのでは』」という記事が掲載されていました。これを読んで、すぐに「国鉄赤字ローカル線の二の舞になるのではないか」と考えてしまいました。何せ、二の舞が大好きで、「二度あることは三度ある」が好きな国民性です。

 折しも、このブログに12月17日(日)0時52分31秒付で「JR九州の減量ダイヤ改正」という記事を載せました。そこではあまり強調しなかったのですが、九州新幹線でも減便する方向性が採られています(「さくら」と「つばめ」を合わせて6本とのことです)。また、新玉名駅のように、駅そのものは有人駅でもホームに駅員がいないという駅もあります。それ以上に在来線の状況がよくなく、JR九州の全駅の過半数が既に無人駅ですが、いっそう増えることとなるようです。

 北海道新幹線の営業状況も芳しくないと聞きます。もっとも、こちらは部分開業ですから何とも言えませんが、青函トンネルを含む区間で貨物運輸も行わなければならない関係で東京駅から新函館北斗駅まで4時間を切ることができなかったことは大きいようです。この4時間というのが、新幹線か飛行機かを選択するのに重要なポイントであるとも言われており、4時間を超えると新幹線に勝ち目はないらしいのです。私自身も、京阪神地区へ行くなら新幹線を選びますが、福岡へ行くとなれば飛行機を選びます。

 本題に戻りましょう。全国新幹線鉄道整備法が制定されたのは1970(昭和45)年のことです。その6年前、つまり1964(昭和39)年に東海道新幹線が開業しますが、国鉄が赤字に転落したのもその年でした。当時の鉄建公団が建設を担当した赤字ローカル線を国鉄が引受けさせられたりするなど、様々な問題があり、1970年代になると、鉄道敷設法において予定線とされた路線の建設が、予算などの関係で滞るようになります。先送りも大好きな日本国民の特性は、こういうところで生かされ、結局、巨費を注ぎ込みながらも建設中止という、或る意味で最悪の結果を各地で生んでしまいました。

 それから何十年も経つと、当時の記憶は薄れるのでしょうか。このところ、計画に留まっている新幹線路線の整備路線への格上げを求める動きが顕在化しています。今年の春に、北陸新幹線の京都〜新大阪が決まって整備新幹線の全ルートが確定したことが大きいようです。

 上記朝日新聞朝刊記事に登場するのが四国新幹線です。勿論、四国島内だけを走るのではありません。大体、大阪市から四国を通って大分市までというルートのようです。明石海峡大橋および大鳴門橋も、実は四国新幹線のルートの一部であり、大鳴門橋は新幹線の走行が可能であるように建設されていますが、明石海峡大橋は道路専用橋梁です(当初は新幹線の走行も想定されていたそうですが、変更されました)。

 四国新幹線の整備路線格上げを求める署名は12万人分程が集まったそうですが、地方公共団体はともあれ、住民はどれほど欲しているのでしょうか。JR四国は積極的な態度を示しているようです。状況からして理解できますが、自動車からどれだけのシェアを奪い返せるか、疑問が残ります。地域柄、京阪神地区との連絡については優位に立てる可能性もありますが、首都圏との連絡となると難しいでしょう。

 また、促進運動を見ていると、歴史は形を変えながら繰り返すのかもしれない、と思われてきます。国鉄赤字ローカル線についても、我田引水ならぬ我田引鉄と言われる現象があり、少なからぬ地方公共団体が建設促進の旗を高く掲げました。しかし、人口、貨物量などからして期待できる程のものではなかった上にモータリゼイションが急速に進むなどの社会情勢があり、建設にストップがかかるのは当然の流れでした。新幹線計画についても同様でしょう。

 四国新幹線の終点(?)とも想定される大分県には、東九州新幹線計画もあります。概ね、小倉駅から鹿児島中央駅までというルートのようで、日豊本線の線増と考えてもよいでしょう。国鉄時代には、東海道新幹線も山陽新幹線も在来線である東海道本線、山陽本線の線増として扱われており、別路線とは考えられていなかったのでした。

 さらに、記事には山形新幹線と秋田新幹線が登場します。どちらもミニ新幹線と言われていますが、実はどちらも正式には新幹線ではなく、在来線です。山形新幹線の福島駅から新庄駅までは奥羽本線、秋田新幹線の盛岡駅から大曲駅までは田沢湖線、大曲駅から秋田駅は奥羽本線です。しかも田沢湖線は地方交通線であり、輸送量が多い訳ではないのです。今でも山形新幹線と秋田新幹線の営業区間には「?」がつきますが、「新庄駅から大曲駅までを新幹線の区間として秋田まで延伸し、田沢湖線は在来線で残したほうが、まだよかったのではないか」と考えるのは浅すぎるでしょうか。両新幹線のために奥羽本線がズタズタに引き裂かれ、東日本大震災を受けての迂回運輸(とくに貨物)に支障が出たという話もよく耳にするのです。

 その山形新幹線と秋田新幹線については、ミニ新幹線ではなく、フル規格の新幹線を目指そうという動きが、山形県と秋田県にあるようです。山形新幹線をフル規格化した上で奥羽新幹線として秋田駅まで伸ばし、さらに羽越新幹線の実現を目指そうということのようです。

 しかし、夢は夢、現実は現実です。やはり整備新幹線の工事だけでも予算が足りないようです。北海道新幹線、北陸新幹線、九州新幹線長崎ルートの工事に3兆円以上が必要だというのですが、毎年度の予算は700億円台だというのです。これも鉄道敷設法施行時とあまり変わらない状況です。よく「バラマキ予算」と言いますが、言い換えれば「広く薄く」の予算で、メリハリが全くありません。今年度の予算では調査費が2億8000万円ほどとなっていますが、人口減少社会に新幹線を建設し、開業させるだけの意味がどれほどあるのでしょうか。

 書名などを忘れてしまいましたが、私は東京への一極集中を論じた本を何冊か購入しており、その中の1冊に、一極集中の原因の一つが新幹線であると論じたものがあるのを覚えています。高速道路についてもストロー現象が指摘されますが、それと同じようなものが新幹線についても存在するというのです。どこまで当たっているかはわかりませんが、理解できる話ではあります。たしかに、交通が便利になれば、あちらこちらに支社・支店を置かず、東京にある本社から出向けばよい訳です。日帰りが可能であれば、わざわざ東京以外の地域に支社・支店を置く必要もなくなるでしょう。ビジネスだけでなく、観光についても、どこへ行っても判で押したような観光地へ行くならば、東京のほうが面白いということになりかねません(いや、多少はそうなっているでしょう)。

 12月11日(月)に、新幹線の台車に亀裂が入って台車枠が破断寸前に至っていたにもかかわらず、異常がわかってからも運行を続けていたという事件がありました。よくインシデントという言葉が使われていますが、incidentには偶発事件という意味もあれば事変という意味もあります。accidentよりは小さいのですが、脱線事故などというaccidentにつながって死傷者が出なかったのが幸いです。新幹線の車両は在来線の車両より高速で走り、一日あたりの走行距離も長い(一年当たりでも同じでしょう)ということもあって寿命が短く、しかも高額です。線路などの施設も、在来線より高額となります。それだけのコストをかけるには、多くの乗客が見込まれるのでなければなりません。いや、見込みでは甘くなるので蓋然性というくらいの表現が適切でしょう。地元の何とかという(端から見れば意味不明の)感情論は最も危険であって、避けなければならないのです。さもなければ、開業しても利用者が少なくて「お荷物」どころかゴミになりかねないと言えるでしょう。そうでなくとも、人口減少が進んでいく日本社会です。整備新幹線に格上げされたリニア新幹線にしても、莫大な費用などをかけてどれだけの有意義な路線になるのか、見通しは不透明であるとしか言えません。

 地元の政治家や地方公共団体は未来に向けて資産を形成したいということで新幹線の整備を叫ぶのでしょう。しかし、将来の世代にとっては、朝日新聞の不定期連載の表現を借りるなら不動産ならぬ「負動産」と同じようなもので、持っていても負担になるだけなので処分したいが、そうしたくても処分できない負債になりかねません。まあ、親が作った負債を子が返すというのは、或る意味で最大の親孝行であるとも言えますから、今の世代は採算など一切考えず、やりたいことをやるのが正解なのかもしれません。

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行政法1A・行政法1B(大東文化大学)、行政法1(国学院大学)で扱った判決(5)

2017年12月20日 00時00分00秒 | 法律学

 今回は、行政行為に関する判決です。

 

 ●最一小判昭和39年10月29日民集18巻4号1809頁

 事案:東京都は、既に所有していた土地にごみ焼却場を設置するという計画案を都議会に提出した。都議会は昭和32年5月30日にこの計画案を可決した。東京都は、同年6月8日に議会の可決を公報に掲載した上で、建設会社と建築契約を締結した。これに対し、近隣住民は、本件ごみ焼却場設置場所が環境衛生上最も不都合な土地であって清掃法第6条に違反する、煤煙や悪臭などによって保健衛生上の損害を受けるおそれがある、などとして、東京都による一連のごみ焼却場設置のための行為の無効確認を求める訴訟を提起した。東京地方裁判所は訴えを却下し、東京高等裁判所も控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷も、次のように述べて上告を棄却した。

 判旨:「行政事件訴訟特例法一条にいう行政庁の処分とは、(中略)公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」。本件の場合は、東京都が私人から買収した土地の上に私法上の契約により設置されたものであり、東京都が計画案を議会に提出した行為は東京都の内部的手続行為に留まり、いずれも行政庁の処分に当たらない。

 (注意:下線は、この判決が行政「処分」の定義を示した部分である。現在の行政事件訴訟法第3条第2項にいう「処分」についても、この判決の趣旨が妥当する。)

 

 ●最三小判昭和30年12月26日民集9巻14号2070頁

 事案:かねてから賃借権に関して争いのあった農地につき、某村農地委員会がX(原告)に賃借権ありとする裁定処分をしたが、これに不服のY(被告)が上級機関である茨城県農地委員会に訴願(当時)をした。茨城県農地委員会は一旦棄却したが、Yの申出によって再審議をした結果、Yに賃借権ありという裁決を下した。そこで、XはYに対し、本件土地についての耕作権の確認および引渡を求めた。水戸地方裁判所(判決日不明。民集9巻14巻2077頁参照)はXの請求を棄却し、東京高判昭和30年12月26日民集9巻14号2078頁参照もXの控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷も、次のように述べた上で、茨城県農地委員会の裁決(これも行政行為である)が取り消されていないことを理由としてXの請求を棄却した。

 判旨:「行政処分は、たとえ違法であつても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものと解すべきところ、茨城県農地委員会のなした前記訴願裁決取消の裁決は、いまだ取り消されないことは原判決の確定するところであつて、しかもこれを当然無効のものと解することはできない。」

 

 ●最二小判昭和36年4月21日民集15巻4号850頁

 自作農特別措置法に基づく土地買収計画の無効確認を求めた訴訟である。訴訟中にこの買収計画が取り消されたため、訴えの利益がなくなったとして請求は棄却されたが、判決において「行政処分が違法であることを理由として国家賠償の請求をするについては、あらかじめ右行政処分につき取消又は無効確認の判決を得なければならないものではない」と述べられている。

 

 ●最一小判平成22年6月3日民集64巻4号1010頁

 事案:原告は名古屋市内に冷凍倉庫を所有していた。ところが、昭和62年度より平成18年度まで、名古屋市長はこの倉庫を一般倉庫と評価し、固定資産税および都市計画税の賦課処分を原告に対して行っていた。この処分に従って原告は両税を納めていたところ、同市の某区長(同市長から権限の委任を受けていた)は平成18年5月26日付で、原告所有の倉庫が冷凍倉庫に該当するとして、登録価格を修正した旨の通知を原告に対して行った上で、平成14年度から平成18年度までの5年度分については固定資産税および都市計画税の減額更正をした。さらに、名古屋市長は原告に対してこの5年度分の納付済み税額と更正後税額との差額を還付した。そこで原告は、昭和62年度から平成13年度までの分について固定資産税および都市計画税の過納金相当額等の支払を請求する訴訟を提起した。名古屋地判平成20年7月9日判例自治332号43頁は原告の請求を棄却し、名古屋高判平成21年3月13日判例自治332号40頁も控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、以下のように述べて原審判決を破棄し、名古屋高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「行政処分が違法であることを理由として国家賠償請求をするについては、あらかじめ当該行政処分について取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではな」く(前掲最二小判昭和36年4月21日参照)、「このことは、当該行政処分が金銭を納付させることを直接の目的としており、その違法を理由とする国家賠償請求を認容したとすれば、結果的に当該行政処分を取消した場合と同様の経済的効果が得られるという場合であっても異ならないというべきであ」り、「他に、違法な固定資産の価格の決定等によって損害を受けた納税者が国家賠償請求を行うことを否定する根拠となる規定等は見いだし難い」から、「たとい固定資産の価格の決定及びこれに基づく固定資産税等の賦課決定に無効事由が認められない場合であっても、公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定したときは、これによって損害を被った当該納税者は、地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでもなく、国家賠償請求を行い得るものと解すべきである」。

 

 ●最二小判昭和53年6月16日刑集32巻4号605頁

 事案:「行政法1A・行政法1B(大東文化大学)、行政法1(国学院大学)で扱った判決(1)」に掲載した最二小判昭和53年5月26日民集32巻3号689頁と同じである。

 判旨:この判決は、本件の被告会社による営業を「規制しうる児童福祉法7条に規定する児童福祉施設の存在についての証明を欠くことになり、被告会社に無罪の言渡をすべきものである。したがつて、原判決及び第一審判決は、犯罪構成要件に関連する行政処分の法的評価を誤つて被告会社を有罪としたものにほかならず、右の違法は判決に影響を及ぼすもので、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める」と述べる。

 

 ●最一小判昭和29年1月21日民集8巻1号102頁

 不可変更力に関する判決:自作農創設特別措置法に基づく農地委員会の裁決に不可変更力を認めた。

 

 ●最三小判昭和42年9月26日民集21巻7号1887頁

 実質的確定力に関する判決:自作農創設特別措置法に基づく農地委員会の買収計画および取消決定と再度の買収計画に関するもので、取消決定が確定したことにより、行政庁もそれに拘束される結果として、再度の買収計画が違法であると判断された。

 

 ●最二小判昭和25年9月15日民集4巻9号404頁

 事案:或る村の農地委員会は、Xが所有する農地を不在地主所有の農地と認定し、買収する計画を立てた。Xはこの計画について異議の申立て、さらに訴願を行ったが却下された。買収計画が県の農地委員会によって承認されたので、県知事Yは買収令書を交付し、買収を行った。Xは、訴願の却下に対しては訴訟を提起しなかったが、買収処分については訴訟を提起した。

 判旨 最高裁判所第二小法廷は、自作農特別措置法第5条の規定を参照しつつ、これに該当する農地を買収計画に入れることの違法性が買収処分の違法性でもあると述べ、原告が異議申立てや訴願を行わなかったことによって買収計画が確定的効力を有するとしても買収計画の違法性がなくなるものではないとしている。

 

 ●最一小判平成21年12月17日民集63巻10号2631頁

 事案:東京都建築安全条例第4条第1項は、建築基準法第43条第2項に基づいて同条第1項について制約を付加した規定であって、延べ面積が1000平方メートルを超える建築物の敷地は、その延べ面積に応じて所定の長さ(最低6m)以上道路に接しなければならない旨を定めている。他方、同条例第4条第3項は、建築物の周囲の空地の状況その他土地及び周囲の状況により知事が安全上支障がないと認める場合においては、同条1項の規定は適用しないと定めており、この「安全上支障がないと認める」処分を「安全認定」という。また、条文上は「安全認定」処分を行う者が東京都知事であるが、特別区における東京都の事務処理の特例に関する条例(平成11年東京都条例第106号)により、特別区長が安全認定に係る事務を処理することとされている。

 訴外Aらは、新宿区内に地上3階、地下1階の鉄筋コンクリート造りの建物を建築する計画を立て、Y区(新宿区)区長に申請した。同区長は平成16年12月22日付で「安全認定」処分を行った。これを受けてAらは建築確認を申請し、Y区建築主事は平成18年7月31日付で建築確認処分を行った。

 これに対し、この計画建築物の隣などに居住するXらが、建設予定地が安全性に欠けるなどと主張して、新宿区建築審査会への審査請求を経て、「安全認定」処分および建築確認の取消を請求する訴訟を提起した。東京地判平成20年4月14日民集63巻10号2657頁はXらの請求を却下・棄却したが、東京高判平成21年1月14日民集63巻10号2724頁は、本件安全認定についてY区長が裁量権を逸脱・濫用して行った違法なものであり、当該建築物の敷地が東京都建築安全条例第4条第1項に定められた接道義務に違反しており、本件建築確認は違法であると判断し、Xらの一部の請求を認容して建築確認処分を取り消した。Y区が上告したが、最高裁判所第一小法廷は上告を棄却した(但し、X1について控訴審判決を破棄した)。

 判旨:「安全確認」処分と建築確認処分は、元々一体的に行われていたが、条例の改正によって異なる機関が実施するものとされた経緯がある。また、「安全確認」処分と建築確認処分は「避難又は通行の安全の確保という同一の目的を達成するために行われるものである。そして、(中略)安全認定は、建築主に対し建築確認申請手続における一定の地位を与えるものであり、建築確認と結合して初めてその効果を発揮する」。また、「安全認定があっても、これを申請者以外の者に通知することは予定されておらず、建築確認があるまでは工事が行われることもないから、周辺住民等これを争おうとする者がその存在を速やかに知ることができるとは限らない」ので「安全認定について、その適否を争うための手続的保障がこれを争おうとする者に十分に与えられているというのは困難である。仮に周辺住民等が安全認定の存在を知ったとしても、その者において、安全認定によって直ちに不利益を受けることはなく、建築確認があった段階で初めて不利益が現実化すると考えて、その段階までは争訟の提起という手段は執らないという判断をすることがあながち不合理であるともいえない」。そのため、「安全認定が行われた上で建築確認がされている場合、安全認定が取り消されていなくても、建築確認の取消訴訟において、安全認定が違法であるために本件条例4条1項所定の接道義務の違反があると主張することは許されると解するのが相当である」。

 

 ●最小三判昭和34年9月22日民集13巻11号1426頁

 事案:Xが所有する農地は、自作農特別措置法による買収処分を受け、この土地が小作人に売渡処分された。Xは、これらの処分の無効確認を求めた。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、違法な行政行為が取消しうべきものであるとしても、それだけで重大かつ明白な瑕疵として無効の原因になる訳ではないと述べた。その上で、無効原因については、誤認が重大かつ明白であることを具体的な事実に基づいて主張すべきであると述べ、Xの主張を退けた。なお、重大明白の主張立証責任は原告側にあるということになる。

 

 ●最三小判昭和36年3月7日民集15巻3号381頁

 事案:Xの先代Aには養子Bがいた。XとBおよびその子Cとの間には山林などの所有権をめぐる争いがあった。しばらくして示談が成立し、AとXが所有する山林などをCに贈与し、その代償として800万円を受け取ることになった。ところが、山林所得税が課せられることを防ぐために、示談契約書に800万円の金額が示されず、Cが行った山林などの立木の処分についても、立木の売買契約書の売渡人を、実際に収入を得ていたCではなく、登記名義人のAとした。Y税務署長は、Aに対して山林所得金額および所得税額の決定通知書を送り、無申告加算税を賦課した。Xは、Aは死亡しており、Aに当該年度の山林所得が全くなかったことなどを理由としてYの処分の無効確認を求めて出訴した。福島地判昭和34年3月6日税資29号204頁はXの請求を棄却し、仙台高判昭和35年4月11日訟月6巻5号1063頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「行政処分が当然無効であるというためには、処分に重大かつ明白な瑕疵がなければならずここに重大かつ明白な瑕疵というのは、『処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大明白な瑕疵がある場合』を指す」(前掲最小三判昭和34年9月22日を引用)。「瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から、誤認であることが外形上客観的に明白である場合を指すものと解すべきであ」り、「処分成立の初めから重大かつ明白な瑕疵があつたかどうかということ自体は、原審の口頭弁論終結時までにあらわれた証拠資料により判断すべきものであるが、(中略)重大かつ明白な瑕疵があるかどうかを口頭弁論終結時までに現われた証拠及びこれにより認められる事実を基礎として判断すべきものであるということはできない。また、瑕疵が明白であるかどうかは、処分の外形上、客観的に、誤認が一見看取し得るものであるかどうかにより決すべきものであつて、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかは、処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではなく、行政庁がその怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかにかかわらず、外形上、客観的に誤認が明白であると認められる場合には、明白な瑕疵があるというを妨げない」。

 

 ●最一小判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁

 事案:原告X1の姉の夫Aは、X1およびその夫X2からの借金の担保とするために、また、自らが経営する会社の債権者からの差押えを回避するために、自らが所有する土地および建物について、X1およびX2に無断で登記の名義を変更した。Aの事業経営が不振となったため、Aはこの土地の売却を思い立ち、売買契約書などを偽造した上で土地を第三者に売却した。Y税務署長は、調査をした上でX1に建物の譲渡に関する所得が、X2に土地の売買による譲渡所得があったものとして課税処分を行い、さらに滞納処分を行った。X1およびX2は、課税処分の無効を主張したが、横浜地判昭和40年12月21日税資41号1235頁および東京高判昭和42年4月17日税務訴訟資料47号724頁は、いずれも請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、原判決を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻す判決を下した。

 判旨:「課税処分につき当然無効の場合を認めるとしても、このような処分については、前記のように、出訴期間の制限を受けることなく、何時まででも争うことができることとなるわけであるから、更正についての期間の制限等を考慮すれば、かかる例外の場合を肯定するについて慎重でなければならないことは当然であるが、一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等を勘案すれば、当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には、前記の過誤による瑕疵は、当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である」。本件の場合には「いわば全く不知の間に第三者がほしいままにした登記操作によつて、突如として譲渡所得による課税処分を受けたことになるわけであり」、X1およびX2に「前記の瑕疵ある課税処分の不可争的効果による不利益を甘受させることは」、X1およびX2「上記のような各登記の経由過程について完全に無関係とはいえず、事後において明示または黙示的にこれを容認していたとか、または右の表見的権利関係に基づいてなんらかの特別の利益を享受していた等の、特段の事情がないかぎり、上告人らに対して著しく酷であるといわなければならない」。

 

 ●最二小判昭和36年7月14日民集15巻4号1814頁

 事案:或る地区の農地委員会は、Xが所有する池沼に関する買収計画を定めた。Xはこれを不服として訴願を提起した。兵庫県農地委員会は、訴願棄却裁決を停止条件として買収計画を承認し、県知事は買収令状を交付し、本件の池沼を買収した。そして、Xの訴願は棄却された。そこで、Xは国を被告として買収計画の無効確認訴訟を提起した。神戸地判昭和26年8月10日行集2巻4号1451頁はXの請求を棄却したが、大阪高判昭和32年7月5日行集8巻7号1183頁がXの控訴を認容したので、国が上告した。最高裁判所第二小法廷は、原判決を破棄し、事件を大阪高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「農地買収計画につき異議・訴願の提起があるにもかかわらず、これに対する決定・裁決を経ないで爾後の手続を進行させたという違法は、買収処分の無効原因となるものではなく、事後において決定、裁決があつたときは、これにより買収処分の瑕疵は治癒されるものと解するのを相当とする」のであり(前掲最三小判決昭和34年9月22日民集13巻11号1426頁参照)、本件の場合は、兵庫県農地委員会が訴願棄却裁決を停止条件として買収計画を承認したのであるから、「訴願棄却の裁決がなされる前に承認その他の買収手続を進行させたという瑕疵は、その後訴願棄却の裁決がなされたことによつて治癒された、と解すべきである」。

 

 ●最三小判昭和47年12月5日民集26巻10号1795頁

 事案:法人Xは法人税について青色申告の承認を受けていたが、事件当時は解散しており、清算手続をしていた。Xが確定申告をしたところ、Y税務署長は増額更正処分を行った。しかし、その通知書には理由が書かれているとはいえ、金額が記載されているにすぎなかった。これを不服としたXは、国税局長への審査請求を経て出訴した。なお、理由については審査請求に対する裁決書において明確にされたと主張されている。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、理由付記の不備を認めて違法とした上で、理由付記を求める法人税法の趣旨からすれば、国税局長の裁決によってYの理由付記の不備という瑕疵が治癒されるとすることは、法の目的に沿わず、申告者にとっても審査手続の最中に十分な不服理由を主張できないという不利益を招くとして、更正処分における理由付記の不備は、審査請求に対する裁決によって治癒されないと判断した。

 

 ●最大判昭和29年7月19日民集8巻7号1387頁

 事案:或る村の農地委員会は、X所有の農地を小作地と認定し、自作農創設特別措置法施行令第43条によって小作人から買収の請求があったものとして買収計画を定めた。Xは訴願を県の農地委員会に提起したが、県の農地委員会は小作人による請求がなかったと認めつつも、同施行令第45条(こちらは、法律の附則に定められた日の事実を基にして、市町村のうち委員会が買収計画の可否を審議しなければならないとしか定められていない)を適用して買収計画を相当とする裁決を出した。Xはこれを不服として提訴した。

 判旨 最高裁判所大法廷は、施行令第43条による場合と同第45条による場合とで買収計画を相当と認める理由が異なるとは認められないとして、転換を認め、Xの上告を棄却した。

 ■参考:理由の差し替え:行政行為としては全く同じであるが、基礎となる事実および法的根拠を、訴訟の段階になって変更すること。最三小判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(Ⅱ―193)は、法人税の青色申告に対する更正処分について理由の差し替えを認めている。

 

 ●最二小判昭和63年6月17日判時1289号39頁

 事案:民法に特別養子制度の規定が追加されることのきっかけになった事件である。Xは産婦人科などを開業する医師であり、医師会Yから優生保護法第14条第1項の指定を受けていた。しかし、Xは実子斡旋行為を行っており、これを公表した。こうした事実などが存在したため、Yは指定を「取り消した」。Xは指定取消処分などの取消と損害賠償を求めて出訴した。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は、撤回によってXが不利益を受けることを考慮しても、その不利益を公益上の必要性が上回るような場合には、法令に直接の根拠がなくともYはXに対する指定を撤回することができると判断した。

 

 ●最三小判昭和49年2月5日民集28巻1号1頁

 事案:Xは、レストランなどの事業を営むために東京都が所有する土地を借り受けた。この土地はXの自己負担で整地されたが、程なく一部が占領軍に接収され、一部は喫茶店の敷地として利用されたが、大部分は放置された。Y(東京都)は卸売市場の用地とするため、土地の半分強についてXに対する使用許可を「取消し」た上、喫茶店の建物を残りの土地に移転することを命じた(行政代執行で実現されている)。この事件においては、使用許可を「取り消された」部分について補償金の支払いが必要か否かが争われた。東京地判昭和昭和39年10月5日判タ170号234頁はXの請求を棄却したが、東京高判昭和44年3月27日判時553号26頁はXの請求の一部を認容した。最高裁判所第三小法廷はYの敗訴部分を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:行政財産の「使用許可の取消に際して使用権者に損失が生じても、使用権者においてその損失を受忍すべきときは、右の損失は同条のいう補償を必要とする損失には当たらないと解すべき」である。また、「公有行政財産たる土地は、その所有者たる地方公共団体の行政活動の物的基礎であるから、その性質上行政財産本来の用途または目的のために利用されるべきものであつて、これにつき私人の利用を許す場合にその利用上の法律関係をいかなるものにするかは、立法政策に委ねられているところと解される。(中略)本件のような都有行政財産たる土地につき使用許可によつて与えられた使用権は、それが期間の定めのない場合であれば、当該行政財産本来の用途または目的上の必要を生じたときはその時点において原則として消滅すべきものであり、また、権利自体に右のような制約が内在しているものとして付与されているものとみるのが相当である」。これに対する例外は「使用権者が使用許可を受けるに当たりその対価の支払いをしているが当該行政財産の使用収益により右対価を償却するに足りないと認められる期間内に当該行政財産に右の必要を生じたとか、使用許可に際し別段の定めがされている等により、行政財産についての右の必要にかかわらず使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存する場合に限られる」。

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