少しばかり時間が経ってしまいましたが、ブログで近江鉄道を取り上げ、実際に乗車してみた私としては、取り上げておかなければならないでしょう。
2019年11月5日、東近江市役所で近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会(地域公共交通の活性化及び再生に関する法律に基づく法定協議会)の第1回会合が開かれました。11月6日の3時付で朝日新聞社が「滋賀)近江鉄道 廃止含めた議論へ 住民アンケートも」として報じています(https://digital.asahi.com/articles/ASMC536MJMC5PTJB004.html)。また、今回は滋賀報知新聞社による11月8日付の「存廃巡る本格議論始まる 近江鉄道沿線再生協議会」という報道(http://shigahochi.co.jp/info.php?type=article&id=A0030384)も参照しています。
(以下、近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会については協議会と記します。)
協議会の構成員は、滋賀県、沿線10市町、近江鉄道、学識経験者などです。会長には滋賀県知事の三日月大造氏が就任しました。
その三日月氏は、近江鉄道の存続を前提としない方針を明言しました。存続、廃止のどちらともなりうる訳ですが、1994年度から現在まで赤字が続いているということになると、鉄道路線の全線については存続断念という結論が導かれる可能性も高いということになります。少なくとも、路線の一部廃止という選択肢はあることとなります。
「近江鉄道の今後は?」(2019年07月31日23時31分30秒付)および「近江鉄道に関して法定協議会の設置へ」(2019年08月28日11時34分20秒付)においても記しましたが、2017年12月に近江鉄道は沿線自治体に協議を求め、翌年12月に調整会議が発足しました。しかし、存続の場合の費用負担などについて具体的な方向性がまとまらなかったため、協議会が設置されたのです。
第1回会合では、12月にアンケート調査を行うことを決めたようです。対象は、約7000人の沿線住民(どのように選ぶのか、ということなどはわかりません)、約20社の事業所、17の学校(高校、大学など)、約500人の鉄道利用者で、内容としては利用実態や今後の運営に関する意向などとなっています。2020年2月までに結果がまとめられた上で、3月に第2回の協議会が開かれるとのことです。おそらく、このアンケート調査の結果が、近江鉄道の全鉄道路線の存廃に関する議論の鍵(少なくともその一つ)となるでしょう。そして、第2回の協議会で存続か廃止かの大筋が決定されるようです。
ただ、気になることもあります。アンケート調査を1回行っただけで十分なのかということです。三日月氏も同じ趣旨を述べたそうですが、アンケート調査とは別に乗降客数の調査を行う必要もあるのではないかと思われます。私が一度だけ利用した際にも、路線、というより区間によって、利用客数に相当の差があると感じたからです。近江鉄道自身が、本線、多賀線、八日市線という正式の路線とは別に、彦根・多賀大社線(本線の米原〜高宮および多賀線全線)、湖東近江路線(本線の高宮〜八日市)、水口・蒲生野線(本線の八日市〜貴生川)および万葉あかね線(八日市線全線)という愛称(?)を付けており、詳細はわかりませんがおそらく利用実態に即した区分であると考えられるでしょう。本線を3つに分割しているところが暗示していると思われます。
また、本当かどうかわからないのですが、協議会では厳寒期の乗客が少ないというような意見が出されたそうです。北海道などとは違うのかと考えましたが、そうであるかもしれないし、学校が冬休みに入ってからの時期を指しているのかもしれません。中学生や高校生の乗客をかなり見かけましたので、生徒の利用は多いでしょう。ただ、減少傾向にあることも否めないものと思われます。
さて、協議会は、あくまでも予定ということではありますが、2020年度の前半に「新たな運営形態や自治体の財政負担など」について合意し、後半には地域公共交通網形成計画を作成し、2022年度に「新たな運営形態に移行する」という方針をとるようです(あるいは提案されただけかもしれませんが)。これは、近江鉄道の鉄道路線の存続の方向性が決まった場合のことでしょう。全線存続・全線廃止の選択ではなく、一部の路線・区間の廃止という選択もあります。但し、一部廃止とする場合、存続路線にも影響が出かねない点には注意を向けなければなりません。
「近江鉄道全路線乗車記(3)」において記したように、潜在的な通勤利用需要や通学利用需要はあると感じています。ただ、それが現実のものにならないところでもあります。福井鉄道福武線など存続事例の検討も必要となるでしょうし、のと鉄道能登線など廃止事例の検討も必要となるでしょう。
とくに、廃止を選択した場合の影響について注意深く検討する必要があります。堀内重人氏の『鉄道・路線廃止と代替バス』(2010年、東京堂出版)などにおいても指摘されているように、鉄道路線を廃止してバス路線とした場合、かえって乗客が減ってしまう例も少なくないからです。あるいは、京福電気鉄道越前本線および三国芦原線のように、列車衝突事故を契機として長期間休止の後に廃止されることとなってから、沿線の道路が渋滞で麻痺し、えちぜん鉄道に両線が譲渡された上で営業が再開されたという事例もありますし、のと鉄道能登線のように、廃止されたことによって沿線の通学事情が極端に悪化した事例もあります。存続、廃止のいずれを選ぶにしても、話は単純に終わらないということです。
近江鉄道の今後は?:2019年07月31日23時31分30秒付
近江鉄道に関して法定協議会の設置へ:2019年08月28日11時34分20秒付
近江鉄道全路線乗車記(1);2019年11月02日22時40分25秒付
近江鉄道全路線乗車記(2):2019年11月03日06時00分00秒付
近江鉄道全路線乗車記(3):2019年11月04日00時00分00秒付
★★★★★★★★★★
以下は余談のようになりますが、近江鉄道本線に関する別の構想について記しておきます。
滋賀県のサイトには、2015年9月17日付で「びわこ京阪奈線(仮称)鉄道構想」というページがあります(https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kendoseibi/koutsu/20098.html)。これは何かというと、びわこ京阪奈線という、米原駅から京都府南部の関西文化学術研究都市までの鉄道という構想で、滋賀県のサイトでは京都府側に想定されている終点が具体的にどこであるかは明示されていないもののJR片町線(学研都市線)に接続する、というものです。なお、近畿運輸局のサイトで参照できる第8回近畿地方交通審議会の答申(2004年10月8日。以下、2004年答申)に付けられている参考資料ではJR片町線の京田辺駅が終点と書かれています。
もう少し具体的に記すと、起点の米原駅から途中の貴生川駅までは近江鉄道本線を、貴生川駅から信楽駅までは信楽高原鉄道信楽線を利用します(勿論、改良は必要です。とくに信楽線は単線非電化で全線一閉塞ですので)。そして信楽駅から京田辺駅までは純粋な新線となります。
この構想そのものは1989年に生まれたようで、当初は「湖東・大阪線(仮称)鉄道建設期成同盟会」といい、1995年に「びわこ京阪奈線(仮称)鉄道建設期成同盟会」と改称されています。しかし、信楽線の歴史を見ると、実は鉄道敷設法(大正11年4月11日法律第37号)の別表第76号にある「滋賀県貴生川ヨリ京都府加茂ニ至ル鉄道」の一部であるので、形を変えて再生した計画であるとも言えます。
同盟会の現在のメンバーは、滋賀県、彦根市、近江八幡市、甲賀市、東近江市、米原市、日野町、愛荘町、豊郷町、甲良町および多賀町です。よく見ると近江鉄道の沿線自治体であることがわかります。一方、京都府側の自治体は参加していないようです。
1996年には、大阪湾臨海地域開発整備法に基づき、びわこ京阪奈線が滋賀県関連整備地域整備計画の中に位置づけられます。そして、2004年答申においてびわこ京阪奈線が構想路線(「その他提案のあった路線」)とされます。しかし、答申路線とは位置づけられていません。つまり、「京阪神圏において、中長期的に望まれる鉄道 ネットワークを構成する新たな路線」として建設を積極的に進めるべき路線とは評価されていないのです。
2004年答申の「路線評価一覧表」において、びわこ京阪奈線(近江鉄道米原〜JR京田辺、91.8km)は次のように評価されています。
費用対効果(30年):0.65
費用対効果(50年):0.70
採算性:B
ここで、費用対効果は次のように定義されています。
費用対効果=B(便益)÷C(費用)
B=(利用者便益)+(供給者便益)+(環境等改善便益)
C=〔建設投資額(工事費+用地費+車両費)〕+(維持改良費)
利用者便益:総所要時間の変化、総費用の変化、快適性の変化
供給者便益:当該事業者収益の変化、補完・競合路線収益の変化
環境等改善便益:道路交通混雑の緩和、道路交通事故の変化、走行経費削減、道路交通騒音の変化、窒素酸化物・二酸化炭素発生の変化)
[念のためにお断りをしておきますが、以上の定義などは2004年答申を引用したものです。但し、窒素酸化物および二酸化炭素の部分のみ修正しました。]
その後に新たな評価は行われていませんので、2004年答申が現在も生きているということになります。当時でも低い評価でしたので、現在であればさらに低くなるでしょう。近江鉄道の鉄道路線の存廃が議論されるようでは、びわこ京阪奈線構想は名実ともに破綻した、ということを意味します。実質的には15年前に、名目的には2018年か2019年に、ということになるでしょう。
もし、びわこ京阪奈線を実現し、それなりに利用価値の高い路線とするならば、全線電化複線ということになるでしょう。もっとも、終点側で接続する片町線の木津駅から松井山手駅までは単線区間であり、京田辺駅もこの単線区間に含まれているのですが、1989年に電化がなされています(松井山手駅も同年の開業です)。びわこ京阪奈線は90kmを超える路線ですし、片町線への直通運転をするか否かは別として大阪市方面への交通経路ともなりえます(逆に、関西文化学術研究都市への連絡で終わるようでは存在価値が減ります)。単線非電化で交換待ちのために何分間も停車するような路線では意味がありません。近江鉄道本線および信楽線の高速化も必須です。
同盟会がどこまでびわこ京阪奈線の具体像を描いているのかわかりませんが、規格の低い新路線を作る必要性など、全く存在しないのです。