■5■
「ゼッケン○○○○・・」
マイクアナウンスが聞こえ始める。
【61.5km、カヌー館】
レストステーションに到着。
関門時間も何とか一時間残している。
ボランティア学生から荷物を受け取る。
ゼッケンをコールするマイクアナウンスを聞き逃さず、
準備したランナーの荷物を一人ひとり手渡ししてくれる。
「ありがとう」
味噌汁、バナナ、スポーツドリンクを片手に芝生に向かう。
芝生は青く、リゾート気分が漂う。
疲れ果てたランナーには青い芝生は「天国」のようにも見える。
「天国」は応援の家族・友人が出迎えたり、とても賑やか。
青い芝生では半裸で仰向けに横たわるランナーなどもいる。(天国の正しい過ごし方か・・)
しかし、過去の経験からこの天国での休憩はかなりの時間のロスになる。
大急ぎで着替えを済ませて、荷物の中に手を伸ばす。
栄養ドリンク、エネルギージェルなどを摂取。
胃がムカムカするが、胃薬を荷物に入れ忘れている・・。
結局オニギリは食べられず、急いで出発。
「天国」に背を向けて「地獄」に向かう。
脚が重い・・。
しんどい・・。
【オカリナおじさん】
しばらくすると四万十ウルトラ名物オカリナおじさんが現れる。
神出鬼没のこのおじさん、
毎回オカリナを演奏しながらランナーを応援してくれている。
「ポ~~」という優しい音色が束の間の癒しとなる。
今回は何の曲だろうか?・・、聞き耳をたてる。
「いとしのエリー」
(♪笑ってもっとベイビー~)
「ありがとうございます」(もう苦笑いしかできない)
【65km地点、津大橋】
「西土佐の赤い橋」、正式名称は津大橋。
案外地元民も正式名称を知らない。
ここのエイドも学生ボランティア。
学生ボランティアの働きぶりが気持ちいい。
お腹が重くなり網代休憩所のトイレに駆け込む。
いつも空いているが何故か混雑していて並ぶ。
列の後ろに知り合いランナーが並んだ。
「少し時間がマズいですよね~」
「ギリギリっぽくなってきたね」
大きい方のトイレを済ましトイレットペーパーを引っ張ると、
10cmで無くなった・・。
予備のペーパーの外紙を剥がし、新しくセットする。
上手くセット出来なかったのか回転しない。
もう一度外したところでトイレットペーパーが紙テープのように
足元をクルクルと転がった。
びしょ濡れになったペーパーをある程度引きちぎり、
改めてセットし直した。
トイレで遊んでいる場合ではない・・。
今回も「トイレの神様」に試されている。
走り出す。
【68.6km、岩間沈下橋】
2回目の沈下橋は往復ではなく渡りきり。
目の前を小さな子供達がはしゃぐ。
沈下橋から落ちないのか気になる。
橋を渡った後の少しの上りが走れない。
ついにダラダラと歩き始める。
走ってみようと試みるが体力が全くない。
ガス欠。
体の中のガソリンが全く無い。
給食を摂れなかったツケが疲労と共に現れる。
【70km地点通過】
自分の中の第2チェックポイント。
「70km地点をちゃんと走れているか」
ダメ。走れない。
一度目の疲労のピーク。
ダラダラと歩く。
山際でココブ(アケビのような果実)を探す。
今年は気温が高いせいかココブの実は見当たらない。
【71.5km、茅生(かよう)大橋】
関門所を約30分前に通過。
知り合いボランティアに声を掛けられる、
「おい!大丈夫か!?時間ギリギリじゃないか?」
「いや~動けなくなりました」
ここまでにもうかなり時間を使ってしまった。
もう開き直って自販機で甘いジュースを買う。
歩道に座り込んでジュースを飲む。
腕に書かれた子供達のメッセージを見る。
「イカン・・、こんな事してる場合じゃない・・」
立ち上がり走り出す。
何となく甘いジュースが良かったのか走れ出す。
しかし中半(なかば)地区は長い。
中半A、中半B、に小分けしなといけない。
クネクネと曲がった細い一車線の車道が続く。
車が行き違い困難となりバックしてくる。
ランナーは脚を止めてそれを避ける。
移動応援禁止を謳っているのはこのため。
残念ながら行き違い困難車は県外ナンバーが多い。
少し陽が落ちてきて暗くなる。
リタイアバスが多くのランナーを乗せて通り過ぎる。
【76km、口屋内地区】
久し振りに民家が集う集落に入る。
「旅館せんば」の前は応援がアツい。
「ナイスランです!」
ランナーっぽい若者が声援をくれた。
応援の声は「頑張れ」とか色々あるが、
この「ナイスラン」は褒められているようで素直に嬉しい。
若者「その調子でここからはキロ5分で行きましょうー!」
思わず足を止めて・・、
「無理!」と笑う。
沿道の人達、ボランティアの人達、ランナー同志、
会話をすることで体に力がみなぎる。
声援も脚を動かしてくれるが、
「会話」は脳を直接刺激して体を動かしてくれる。
【復活】
走れる、走れる。
口屋内地区を通りすぎ、久保川地区に入る。
【79.5km、関門所】
以前この脇のトイレで嘔吐下痢をした。
何とか走って通過する。
【80km地点通過】
「11時間2分」。
残り20kmを3時間。
黄色信号は点滅しはじめた。
そしてついに「奴ら」が後ろから現れた・・
■5■
■4■
車道は日影が無くて暑い。
しかも少し上っている。
「四万十ウルトラはおおかた下り勾配」
だれが云ったかは知らないが、地元民の感覚では間違いといっても過言ではない。
山沿いの旧道が大半を占めるコースは、小さなアップダウンの連続なのである。
この2車線の直線の車道はトンネルに向かう上り、
自分の中ではここが最初のチェックポイント、
「この37km地点からの車道をちゃんと走れているか・・」
問題ない、調子はいい。
涼しいトンネルを抜けると小野大橋を渡って再び旧道に戻る。
小野の集落は日当りがよくて気持ちがいい。
橋のたもとのエイドで初めて首元に水を掛ける。
予報では最高気温27℃だった。
【40km地点通過】
「4時間33分」。自分にしてはいいペース。
【41.8km、60kmの部との合流地点】
十川大橋は赤い鉄橋。
橋のたもとのエイドからは黄色い声が飛んでいる。
このエイドには十川中学校の生徒達がボランティア参加している。
素朴な学生達の一生懸命な姿に勇気をもらう。
飛脚応援青年を発見。
彼も抽選に漏れた高知市内のランナー。
60kmの部・100kmの部、合流地点で効率よく飛脚メンバーを応援してくれる。
「冷却スプレーありますよ!要りますか!?」
そういえば、今回は全く脚が攣らない。
エイドではオニギリを探す。
しかし、見ただけで手に取れない。
朝からの胸焼けで胃の調子がよくない・・。
固形物を諦めてバナナだけ口に押し込む。
エイドには60kmの部のランナー達が駆け抜けた空気がまだある。
先を急いで出発する。
川の向こうに「道の駅とおわ」が見える。
「十和(とおわ)村」、
昭和地区と十川地区が統合した村。
市町村や学校などの統廃合は今後も続くのだろうか・・。
【42.195km地点】
ご丁寧に立て札があった。
フルマラソン×2、足す・・・やめておこう。
【44km地点、ライダーズイン四万十】
普段はライダー専用の宿泊私設だが、トイレを借りられる。
ここのトイレは100㎞の中で一番贅沢な空間だろう。
各部屋に備え付けのトイレ(前に利用した時は洋式)を貸切り出来る。
【50km地点通過】
まだエイド以外では一度も歩いていない。
6月に脚の中足骨を疲労骨折した。
7月はリハビリウォークからのスタートだった。
9月には月間300kmを走ったが、わずかな練習期間でよく50kmも走れたものだ。
この辺りから高架上を線路が走る。
コンクリートの壁を横にしながらひた走る。
エイドでは脚に掛け水をして冷却する。
大きなポリバケツになみなみと注がれている水。
この水もボランティアの手間が掛かっている。
前日夜10時から当日深夜の2時にかけて水道班が各エイドに給水に走る。
意外と知られてはいないが、ボランティアには「深夜班」があるのだ。
感謝の気持ちを持ちながら掛け水をする。
【53.8km、半家(はげ)沈下橋】
長い山道を走ってきたご褒美のように沈下橋を往復する。
欄干の無い橋の上は大自然を満喫できる癒しスポット。
四万十ウルトラの一番の名所といっていいだろう。
橋の上は業者の写真撮影ポイントになっていて、
ランナー達は笑顔でポーズを決めている。
川のせせらぎ、美味しい空気、開放感、
疲れた脚もこの瞬間だけは生き返る・・。
【半家の峠】
神様は残酷である。
ご褒美の後にちゃんと試練を用意している。
ルンルン気分で沈下橋を渡った後には第2の峠越え。
半家の峠は「みんな歩きなさい!」の号令が聴こえているかのようで、
みんな歩く。
正直、完走だけが目標の一般ランナーには、
歩いても走ってもそんなにタイムのロスにはつながらない。
【半家の落人伝説】
その昔、平家の落人が源氏からの追手から身を隠すために、
「平」の横線を移動させて「半」にして「半家」となった・・、
という言い伝えがある。
どうでもいいことを考えながら峠の上りを歩いていると、
横を歩く年配ランナーが声を掛けてきた。
「この下の線路は中村まで続くんですか?」
「いや~これは中村には行かないですね~、宇和島に行くヤツです」
最近新幹線の格好をした列車が話題になったJR予土線、
噂の新幹線を見られたランナーはいるのだろうか・・。
半家の峠はすぐに頂上を迎え、下りに入る。
この下りは傾斜がかなりキツイ。
堂ヶ森で痛かった足の爪が悲鳴をあげる。
結局、半家の峠はほとんどを歩いた。
【56.5km、第2関門】
歩きで時間を使ったが、まだ関門タイムを1時間以上残している。
エイドで給水してトボトボと走り出す。
山際は日影が多くて随分と助かる。
【60km地点通過】
「7時間40分」、黄色信号が点いた。
以前の完走時の記録よりも30分も遅れている。
疲れも隠せなくなり、
間もなく現れるレストステーション「カヌー館」が待ち遠しくなる。
レースは後半に入る・・。
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